114ヶ月め


今日は2011年3月11日から3,472日、
496週
9年6ヶ月
114回目の11日です。

熊本県で7月4日の発生した豪雨被害。
その被災地3カ所の保育園の子どもたちと絵を描いてもらいたいとの要請を受け、PCR検査陰性を確認直後、熊本に飛びました。

日本の沢山の自治体を繋ぐ”応援村“の『77億人えがおプロジェクト』の要請で、
くまモン夢学校“企画として開催のワークショップ。


小山薫堂さんが企画を牽引する中、松任谷正隆さんとのディスカッションの中で生まれた『77億人えがおプロジェクト』は、コロナ禍の中人と人の関係が希薄になりが世界を、こどもたちが描く笑顔の絵で元気にしてゆこう!という発想のもと動き出しました。


すでに2,000点ほど集まっている「笑顔の絵」は、ユーミンの名曲「守ってあげたい」に載せ、ミュージックビデオとしてNHKで放送される作品になる予定です。

が、
こんなタイミングで行って良いのか?
豪雨被害から2カ月弱のタイミングで迷惑ではないか?
もしくは、いただいたテーマ「笑顔」が子どもたちにとって先回りし過ぎではないか?
中には笑顔どころじゃない子どももいるんじゃないか?
そんなエクスキューズが頭を駆け巡ります。

東日本大震災以降絵を描くことを通して接してきた子どもたちから学んだことは、子どもたちの今をただただ抱きしめてあげる。

そんなだったので、
今回も「なにが生まれるかわからないけどいいですか?」との考えをご理解を頂いた上でのセッションとなりました。

現場では自分から自身の体調チェクをしてもらうようお願いし、感染予防を徹底。(「もうしわけないですが、体温計らせてください」のようなお心遣いの言葉をかけてもらうことが多いので、まずは自分から。)


そうした原則を足場に子どもたちと向き合ってみたら、
「今来ることが出来て良かった」と思えるセッションとなりました。

3日間で巡った球磨村、人吉市、芦北町の保育園。

それぞれのエリアの豪雨被害の惨状は、
たとえば福島県いわき市豊間で見た風景、
たとえば、岩手県宮古市鋤ケ崎で見た風景、
もしくは、熊本県益城町で見た風景と重なる
「壊滅」という言葉しか浮かばない風景でした。


ここで生まれ、豊かな自然環境の元 4年、5年と元気に育ち、
しかし、7月4日の夜に恐怖の夜を経験したした子どもたち。

保育園の先生方がしっかり向き合い、守ってきたんだろうね、
俺のような外部の異物が乱入しても、まずはしっかり向き合ってくれ、
笑顔も投げてくれ、
じゃあ絵を描くよ!となれば、グイグイの前に進んで行く。


が、アウトプットされる絵には、洪水の恐怖が絵具と混ぜこぜになって表現されているのも感じる。

が、オープンなコミュニケーション重ね続け、彼らが動かす手の勢いを加速させてゆくと、そうした「なにか恐ろしきもの」が「なにか美しきもの」へと昇華させちゃうのが、本来子どもが持ち合わせる力なんだろう。



笑顔を描くというお題を超えた、黒く塗り込められたりA4の紙の美しさ!


別の現場では、絵の具で黒く塗った手を紙に叩きつけるようにして塗っていた男の子がいて、でも「やりたいことはとことんやったらいいね!」見守り、その勢いのある表現に美しさも見つけられて、
でも一応先生に「彼はなにかあった?」と聞いてみると、
洪水の夜にものすごい恐怖の体験をした子なんだって。


が、絵を描き終えてしまえば笑顔爆発させた元気でいい子に戻っている。



しかしBOY、君はいつもいい子でいる必要は無く、
憤る気持ちがどうにもならなければ、また絵の中で暴れれば良いよ。

紙を叩く手が人に向かってはつまらない。
しかし、紙に向かえばそれが君のアート。


そして、こんなワイルドなセッションを経験した保育園の先生たちは、
これからも君のアートに付き合ってくれるはずだぜ!



笑顔も恐怖もどちらも子どもたちの表現。
そのどちらも否定するすることなく、受け止めることの大切さ。

何より、描いた笑顔の絵以上に、心と体を振り切って描いた子どもたち1人ひとりの笑顔こそが、本来オトナたちが子どもたちと作って行くべきものなのだろう。


子どもたちの描く笑顔に癒されている場合では無く、子どもたちが笑顔でいられるよう目の前にあるやるべきことやってゆかねば。



しかし保育園の先生たちの愛に溢れた尽力を目の当たりに、俺もまだまだやらなー!と思えた熊本子どもセッション。

芦北の保育園では、1階の広い保育室が被災して使えず、しかし復興に尽力する親御さん達を助けているという避けられぬ理由もあり、2階のスペースをフルに活用し保育を行っていました。



園長先生に発災時から今まで、そしてこれからも続くであろう苦労話しをうかがい。その全てが子どもたちを守るということに向かっていることを知り、ただただ胸を締め付けられるばかり。
東京で(東日本の現場なども知りながらも)ぼんやりとしてしか感じられなかった被災は、ひとりの話をうかがうだけでその輪郭を確かにし、想像を超えた実像を心に叩き込んできます。


しかしメディアはどうしても「大規模な絵」を求めてしまうわけで、
そうしたことを批判する以前に、静かな心でひとりの言葉に触れるようなことをしてゆかねばと、あらためて痛感。

子どもたちに笑顔を描いてもらうというファンタジーのような企画だっけど、
ボクは笑えぬ子どもたちもいるであろうことを想像し、彼らのリアルにだけフォーカスしコミュニケートした。
そうして見えたものこそ、未来笑顔を創る力になるはず。

現場を繋ぎ構築してくださった皆々様、ありがとう。

どこの現場でも、車で現場を去るボクたちに手を振り続けてくれた人たち。
また会いに行き、ありがとうを伝えます。

その前に、お世話になった球磨村、人吉市、芦北町、そして津奈木町へラブレター

使い道あったら使ってみてください。

人吉ではボランティアセンターとなっているホテルに寄って、色々お話を聞けたのだけど、コロナで外部からボランティアの受け入れが出来ない中、県内の学生のネットーワークを構築して、かなり素早いボランティア組織を形成した実行力に関心。
ほんと、誰かにお伺いを立てるなんてこと以前に、目の前の困難は誰かが排除しなくちゃって、これはリアルに命の問題。

で、やはりこういう現場に駆けつける人たちは、なんつーか人として色気があるんだよね〜。


そんな現場で気仙沼で会ったお兄さんと再会。
だよな、俺たちはこういう場所で再会する仲間なんだよなと、お互エールを送りあい、次の台風を心配し、別れました。


鈴木テル子さん。


伊豆七島のひとつ、神津島の 神津島村郷土資料館 に展示されていた小さな絵に釘付けになりました。

描かれている女性がイキイキとして綺麗。
衣装が丁寧におしゃれに描写されているが、
合わせてフィジカルな表現も確かでとてもセクシー。

もちろん色も綺麗だし、
自然と人が織りなす構図が素晴らしい!


作者は鈴木テル子さん。
その名前を知らぬでいた作家さんは、
人形作家としても素晴らしい作品を遺しています。

もう他界された方ですが、
その足跡が記されていました。

鈴木テル子

大正10年-1921年3月22日 東京深川に生まれる

大正12年 (2才)関東大震災で京都へ引っ越す

昭和 6年  (10才) 交通事故に遭い障害を持つ

昭和 7年 (11才) 両親の郷里、神津島に帰る

昭和13年 (17才) 人形作りを開始

昭和19年 (23才) 母親死亡

昭和23年 (27才) 父親死亡

昭和24年 (28才) 第一回現代人形美術展入賞

昭和26年 (30才) 本格的に作画を開始

昭和38年 (42才) 島の娘を題材にした絵葉書発行

昭和54年 (57才) 大島老人ホームに一時入所

昭和59年 (62才) 大島老人ホームに正式入所

(没年は個人的に確認出来ていない)

11歳で神津島に渡り、その後大島の老人ホームに入所するまで、一度も神津島を出ない生活の中で創作を続けてこられたとのこと。

若くして負った障害やご両親の早逝といった喪失は、
すべて島の女性たちの風俗を描写するエネルギーに変えられたのでしょうか。

しかし、そうした彼女の境遇を知らくても、
遺された作品が今もイキイキと目の前で呼吸を続けていることに感動するのです。

なんだろうね、実際は厳しい労働のはずなんだろうけど、
描かれている女性たちはみな、地球の重力から解放されたようにフワッとエレガントな姿でいる。

ここでアップしているのは、資料館で了承を得て撮影した写真と、
島内の公設の物産販売のコーナーで売られていたポストカードです。


ポストカードは昭和38年に一度作成されたことがあったそうですが、そうしたものの原画が見つからず、昭和が終わるくらいの時期に再度描き下ろしてもらい、現在販売しているポストカードを作成したとのこと。

彼女を知る人に尋ねると、彼女の作品は体系的に管理されていないとのこと。
遺された作品がどれだけあるのか?その辺もわからないでいるそうです。

ボクはどうしてもイラストレーター目線で絵を見てしまうのですが、
鈴木テル子さん、やはりすごい!
もはや恋愛の対象のようでさえあり、
もしご存命だったら、会いたかったなあ〜。。


テル子さんの作品、神津島だけじゃなくて、日本の宝として多くの人に見てもらいたい。
そのためにもデジタルアーカイブ化だけでもしておけたらなあ〜


誰かやらねば!

自分がやるか。


75年目の8月15日

113ヶ月め

今日は2011年3月11日から3,441日
491週4日
9年5ヶ月
113回めの11日です。

コロナの状況が続く中、家にいる小五の息子と戦争について語ることの多い夏休みを過ごしています。

75年前の8月9日、もし予定通り小倉に原爆が落とされていたら?
自分が生まれてこなかった可能性を想像し凍りつく10歳に、なにを語ればよいのだろうか、戦争を直接経験していない自分が試されることです。

ただ、何万人という数字は途方もなく受け止め難いものだけど、
親しい1人を失うということから遡って想像出来ることはある。

2011年3月11日の経験から語れることはあり、
自分が作るものもそんな足場に立ったものであろうと願っています。


そして、やはり「ひとり」という単位から想像を働かせていったイラストレーションの仕事です。

オンラインフォーラム 
がんと生きる ~こころとからだ 私らしく~
2020年9月5日(土) 13時~15時45分

オンラインによるライブ配信:無料
↓詳細、視聴申し込みフォーム
https://www.npwo.or.jp/info/16849
必要とされる方はぜひご視聴ください。

制作の方向性としてクライアントから届けられたのは、
「がん患者さんは実は強いのです」という言葉。

自分の経験を振り返り、
がんで先に逝ってしまった友人と交わした言葉、
今もがん治療中の友人たちと交わした会話、
カミさんのがん闘病の側で感じたことなど、
「強い」を先回りして語ることはボクには出来ないなあ〜。

1人ひとり病状も環境も経済状況も違う中、
「がん患者はこうあるべき」的なことに追随して苦しくなってしまう人はいないだろうか?

もしくは、
被災された方に向けられた「がんばれ」という言葉や、
無邪気に語られる「被災者から逆に元気をもらっちゃいました」のような言葉から考えたこと。

そして、実際にがん治療を続ける友人との会話からいただいたインスピレーションから、タンポポとシロツメクサの花の絵を描きました。

が、この絵が正解ということでは無く、「がんと生きる」という”強い”言葉を優しく抱きしめるようなものにしなければと、イラストレーターのエゴはタンポポの根元に埋めてしまい、協力を頂いたデザイナーとディスカッションを重ね、情報をスムースに伝えることに粛々と取り組みました。

正解の無い仕事ですが、ある人にとっては生活に寄り添うものであればいいなと思うし、ある人にとっては踏み潰していっていいものだと思う、そうした幅は確保しつつ、
製作中に交わしたコミュニケーションは、これかも続けてゆくべきものだという確信を得たことは大きなことです。

生活を彩るなにか華々しきものを提供するイラストレーションという仕事ですが、
イラストレーションという仕事を通して、関わる人たちが想像し語り、より良き社会を作る力を創造する。
今はそんなことを考え、仕事をしています。

もしくは、ソーシャルディスタンスが求められる社会の中にあって、人ひとりの存在も社会の環境の一部であるという考え。
そこから導く一枚の絵はどんなものだろうか?
つねき考え続ける夏です。

「こぐまと星ハーモニカ」

表紙や挿絵を担当した子どものための物語
おはなしのまど 8「こぐまと星のハーモニカ」
7月17日に刊行されます。

「こぐまと星のハーモニカ」
赤羽じゅんこ(著/文)小池アミイゴ(イラスト)
発行:フレーベル館  84ページ定価 1,100円+税
ISBN9784577049228
CコードC8093
フレーベル館「こぐまと星のハーモニカ」ページ

赤羽じゅんこさん作の物語をいただき、
「ああいいな」と思い、
息子の学校が休校となった3月初頭から作画を始めた数十点の絵は、
10歳の息子が家にいたからこそ描けたように思います。

主人公の小学生ゴウくんが、友だちとの喧嘩でモヤモヤ過ごす夏の日の夜、
とつぜん現れたこぐまは、ゴウくんと同じくモヤモヤを抱える存在。

だからこそ仲良くなれたふたり(?)は、夏の時を思いっきり楽しみます。

読み進めてゆくと、すっと子どものころの夏の匂いが蘇るような、
そんなお話し。

ほんと、良い時に出会えた物語だと思いました。

世の中コロナで大変だけど、
もしかしたら、だからこそってこともあるか?

さて、
では”こぐま座”との関係は、
ハーモニカはどんな活躍をするのか?

その辺はぜひこの本を手にとられて、
お子さんと一緒に読んで確かめていただけたらです。

きっと今こういうものが必要なのだろうと、
これもこの春を一緒に過ごした息子から教えられるたような気持ちで、
表紙の絵は思いっきり可愛く描いてみました。

それをさらにデザイナーさんがキラッキラに仕上げてくれて、
ほんと嬉しい一冊として生まれてくれました。


編集担当の渡辺さんは、
この物語に対する熱い想いをザクッと伝えてくださってから先は、
ボクを夏休みの時に放り込んでくれたような編集をしていただき、
最後に実に的確な指摘をしてくださるとと共に、
ボクの制作意図も全面的に信頼くださり、
一冊を気持ちよく完成に導いてくれました。

ああ、気持ち良い仕事!

そんなボクの気持ちも伝わればいいなと願っております。

peace!!