88ヶ月め


今日は2011年3月11日から2,679日
382週5日
7年4ヶ月
88回めの11日です

こうやって毎月日数をカウントしてきて、
しかし、
大阪北部地震に遭われた方は、
2018年6月18日からの3週間ちょっとを、
振り返る余裕もなく今を奮闘されているであろうこと。

西日本豪雨に遭われた方は、
ここ数日なにかを考える余裕も無く、
恐怖と不安の時を過ごされていること。
もしくは、
2018年の七夕の夜が「恐怖と不安」で語られるであろうこと。

ボクはボクの想像力が追いつかないでいることにイラつきながらも、
今この瞬間困難に置かれている1人ひとりを想像し、
ボクのようなものでも誰かの力になれる瞬間があることを信じ、
いつもと変わらぬ毎日を大切にして過ごしておきます。

その前に、東日本に思いを寄せた絵を描いておきました。
なにか役に立つようなことがあればご自由にお使いください。

大きなデーターで必要な方はメッセージいただけたらです。

こんな絵を思いついた背景には、
関西で暮らす友人がボクのFBのポストに寄せてくれたコメントがあります。

お蔭で雨あがりました。
青空が、夕焼けが、俯いていた人々の顔をこんなにも上げさせるって知らなかった。

東日本大震災発生直後の宮城県塩釜の生産者さんは、
時が来て漁を再開した際、見上げた空を以前と変わらずカモメが飛んでいる姿に、
自身のなんたるかを確認したようなことを、ボクに教えてくださいました。

雨もあがり、見回せば自身の無力に押しつぶされてしまいそうな現実が、
洪水の水以上に押し寄せてくるのではないかと、
やはり足りぬ想像力を働かせてそう思います。

ただ、1日のどこか、わずかな時間でも空を見上げる余裕が生まれたらいいなと。

そんな簡単に思えるようなことでも、1人でいては叶わぬ場合もあります。

もしわずかでも心に余裕を見つけることの出来た方があれば、
身近の方へのちょっとした声掛けを大事に、
一緒にちょっと空を見上げてみる、そんな時間が生まれますよう、
こんな絵がそんなちょっとしたことに役立ってくれたらいいなと願っております。

大変暑い季節です。
被災された方も、それを助ける方々も、どうぞご自愛のほど。
ボクもやれることやってゆこうと思います。

先日は去年に続き「よよぎえほん」
渋谷区の”かぞくのアトリエ”主催で長野県茅野市の今井書店の高村志歩さんの講演、
『絵本でのびる子どもの力』がありました。

親が子どもと絵本を介し交わすコミュニケーションの「甘やかな記憶」
そうすることで子どもが手にすることが出来る想像力と言葉の力。

自然災害に遭ったお子さんが受けた恐怖を、
一気に晴らすことは難しいことなんだと承知しています。

ただ、生活の中のちょっとした時間で、
名作と言われる絵本を親子で共有することが出来たら、
お子さんの心はその時間分救われるんだと思います。

それがどんな「ためになる本か」なんてことはどうでもよく、
しかし、美しい絵と言葉の綴られた、
親と子の間で豊かな会話が生まれるものであったらいいなと。

高村さんの講演を聴きながら思いました。

高村さんはさらにこう続けました。

「母なる者の手を持った大人たち、子ども達に深い物語を届けましょう!」

子育てというものがお母さんひとりの力では叶わない時代にあって、
子どもに関わる大人がどんなマインドを持ち、子どもになにを与えたらいいのか、
端的に語っていると思います。

これは自分の仕事にも関わっていること。
今この瞬間なにが必要されているのか、
たえず耳をすませ、自分の中に落とし込んでゆこうと思います。

以下身近な場所の出来事をちょっと。

ボクが暮らす街にある20メートル×4メートルの壁面2面を、
息子の通う小学校の生徒全員とボクとで描くことになり、
先日は、小学校のオヤジグループで掃除を下地塗りを行いました。

息子の小学校のPTA会長sさんの発案で、
後々は学校カリキュラムの中でも時間をとっていただき、
このエリアの町会のみなさんや、
壁面に関わる電鉄や渋谷区や東京都、
画材総合卸しのバニーコルアートさんなどのご協力のもと、
それがみな並列に置かれるような関係性で、
渋谷区のある街に子どもたちの故郷を創るイメージ。

素晴らしい壁画を生まれることと共に、
それがどんなコミュニケーションのもと生まれたのか、
壁画完成の後、そんなコミュニケーションのあり方を「とみがやモデル」と名付け、
それを必要とされる地域にシェアしてゆくことまでも目標にしています。

壁画は2019年末あたりを目指して、ゆっくり姿を変えながら描かれてゆきます。

代々木八幡駅、山手通り高架下の20メートルの壁2枚、
その前を通り過ぎるみなさんに楽しんでいただけたら幸いです。

もしくは、
今の白い壁の前で写真をパチリ。

ハッシュタグ
#八幡白壁 #とみがやモデル
インスタにポストしてみてください〜


そんなこんなで、ここ数ヶ月地域の先輩方とコミュニケートすることが多く。
地域のお祭りで「提灯絵付けワークショップ」なるものまでやっております。

以前は、代々木八幡の例大祭になると、
街中にズラ〜〜っと提灯が並んだのですが、
徐々に、徐々によ減ってゆき、今はほとんど提灯が並びません。

ならば、地域の子どもたちが絵をつけた提灯が並んだら、
それは子どもと地域の先輩方を結びつけるとともに、
やはり、楽しいよね〜〜!って。

とりあえず実験的に始めています。

こんなアイデアがうまくいったら、
東北や西日本の小さな街とかにも持ってゆけたらいいな。

そう出来るようにも、
まずは自分の足元から。

88ヶ月めの自分。
足場がしっかり見えてきました。

EEL 15th Anniversary Tシャツ


中目黒に旗艦店を持ち、全国のセレクトショップで大人気のブランドEEL
その15周年記念のTシャツ3種類を作りました。

Easy Earl Life をンセプトに、
くつろ着から仕事着まで、その人らしさに寄り添う服を作ってきたEEL

ボクの周りでお店をされている方やフリーランスで働く人にも人気が高く、
ある意味ボクたちの街着とも言える服。

15周年の今回、服のコンセプトに基づいて「HOME」と「TESHIGOTO」を投げられ、
加えて、ここ数年の人気ライン「OFRANCE」との3種類。


「HOME」は昨年じっくり歩いた熊本の水俣の街で出会った風景をモチーフにしました。

「TESHIGOTO」(手仕事) は寿司屋のおじさんの手元を描写。


ものづくりに勤しんでおられる方は、
これを着てさらに手仕事魂を高めてもらえたらです。

MADE IN USA なボディのTシャツは
白、黒。グレーと用意され、それぞれ5500円

さらに、
トートバッグにも展開。


大きさや持ち手の長さなど、
カスタマーファーストに考えられた一品!

さっそく家でも使っています。

と、もともと春から売られていたのだけれど、
ボクの方でまったく発信する暇が作れず今に至る。

が、お陰さまで大好評とのこと。
通常EELでは行わない追加発注もかかり、
今年の夏いっぱい販売してゆくことのと。

イラストレーターのグッズ展開って非常に難しいと認識している中、
こうやってきっちり売り上げにもコミットできた服飾のプロとの仕事、
とてもうれしいです。

そんなEELとは8月の終わりの方でさらなるコラボ企画を進めています。
詳細決まりましたらお伝えいたしますので、
その際はちょいとおしゃれして中目黒まで足を運ばれてみてくださいね〜!

EEL HP > http://eel-co.jp


しかし、今原画を見返してみたのだが、
随分たくさん描いたなあ〜〜

ネコちゃん、凛としてかわいいし、
ボツ案も愛しい。

これは黒磯の街並みを切り取った絵。

そして、
草食系なガンズアンドロゼス

これは個人的にTシャツにしたいなあ。

LOVE OSAKA

使える人使ってみて〜
ちょっとした声掛けのきっかけにでもなればいいかな。

大阪、好きな人多すぎです。。

正方形も作りました。

ブラッシュアップ版。
大阪の友人たちの顔を思い浮かべていたら、
手の位置のアイデアに至りました。

87ヶ月め

今日は2011年3月11日から2,649日
378週3日
7年3ヶ月
87回めの11日です。

千葉県袖ケ浦市のブランディングを市の若手職員のチームと行っています。

去年にお話をいただき、今年の5月から夏にかけて彼らとセッションを繰り返し、
袖ケ浦市をどう見てもらうのか、どこを伸ばしてゆくのかを導き出し、
3枚のポスターを製作し世に問う作業です。


東京湾アクアラインが出来たことで、「対岸」の東京とのアクセスが俄然よくなった袖ケ浦市。
人口は6万ちょっとだけど、京葉工業地帯に含まれ豊かな税収を得ながら、
東京や千葉のベッドタウンとしても発展を続けているとのこと。

目を転じれば緑豊かな丘陵に囲まれ田んぼや畑が気持ちよく広がっている土地。

先日取材もかねて行ってみたのですが、
お年寄りがのんびり公園を散策されている姿が微笑ましく、
見学させてもらった保育園の子どもたちは、元気だったなあ〜!

ただ、袖ケ浦に暮らすみなさんには土地の魅力を語る決定的な言葉が無い?

市の若手グループとのミーティングでも、
みなさんそれぞれ理想や志のある言葉を語ってはくれるのだけど、
心にグサッと刺さってくるものが無い。

そこで今あらゆる現場でやっている「絵を描くワークショップ」急遽開催。

個人の「たのしかった袖ケ浦」の経験をシンプルな言葉と絵で語るのだけど、
これがもう、ざっくざっくの宝の山だったのです!!

詳しいことはまだ発表できませんが、
市の魅力を端的に語る言葉(コピー)や
イラストレーターのボクにも思いつかなったポスターの構図なんてものが
いくつも浮上してきたのです。

東京(中央)やグローバルの価値観を無理やり地方に落とし込まなくても、
これだけ情報に溢れた時代に、丁寧に読み取ろうとする努力がなされるかぎり、
その土地に暮らしてきた人や働く人の中に答えは埋まっています。

この仕事を実りあるものに昇華させることで、
このような試みを必要としている場所に届けてゆきたいです。

このブログではなにがなんだかわからないでしょうが、
それでもなにか必然を感じらた方は、どうぞご遠慮なくお声掛けください。

ボクは最終的に楽しく美しい絵を描き、
それが絵としてみなさんに楽しんでいただいたり、
もしくは、ポスターや冊子や名刺なんて現場で活躍させたりが出来たらいいのですが、
それがよりローカルに暮らす人の必要とされるものであるために、
ちょっと遠回りであっても、このようなコミュニケーションの現場を創り続けてゆくつもりです。

今日は、昼前いっぱいで息子の小学校のPTAの作業で、
家庭への配布物の校正やデザインのアドバイスをしていました。
(そんなわけでこのブログも日付をまたいだ今作成しているのです、、)

一般にこのような書類は、仕事に特化したソフトを用いられて作成されるのですが、
そうなるとどうにも管理する側の発想のものが出来てしまうなと。

家庭でも忙しくしている親御さんたちが、本当に必要とする情報に行き当たるまでに、
A4やA3のペーパーをくまなく読まなければならない、、そんなことが多々あります。

そんな状況が気になっていたので、
今回思い切ってそれを手にする人目線で情報の整理をしてみました。

そうしてみたら、
いや〜、気持ちの良い配布物に仕上がったなあ〜〜!!

てか、管理する側も伝えたいことが実にシンプルに的確に伝わるではないか!!

ペーパーにはごく簡単なイラストレーションを、やはりごく小さくあしらい、
あとは必要な情報を順を追って的確に、スムースに目で追ってゆけるよう、
文章のレイアウトを変えていっただけなのですがね。

ほんとちょっとした部分で絵やデザインを生かすだけで、
人と人のコミュニケーションに余裕が生まれるって実感。

今は「ああ言った」「こう言った」とか、
「あれを言っちゃまずい」「これは言わないでおこう」とか、
人とのコミュニケーションが息苦しいものに感じてしまうかもですが、
まだまだまだまだ絵やデザインの活躍の余地はあり、
それを活用することで得られる人生の豊かさってものを求めてゆきたいし、
これからも恐れずあらゆる現場で活用してゆこうと思っています。

そうそう、先日は小山薫堂さんのオフィスに併設されたカフェで、
希望者や小山さんのスタッフさん向けに、

そして、カミさんの勤める保育園のスタッフ向けに、
ワークショップを開催しました。

とてもシンプルな表現をするだけの時間ですが、
シンプルだからこそ滲み出るそれぞれの場所、人の特性が見えて、
だからこそ、ちょっと恥ずかしいような真面目な話も真剣に語れてしまったり、
人との距離がグイと近づく経験を重ねています。

その経験は、またボクに絵を描かせるし、
それがまた次の場所へと導いてくれるようです。

っと、
今回はかなりバタバタな11日の日記になってしまいましたが、
ともかく確かな一歩で進んでゆかねばです。

はるのあまくさ


4月19日から23日までの5日間、天草に行ってきました。

昨年8月に、やはり5日間滞在した天草。
http://www.yakuin-records.com/amigos/?p=13236

夏の天草の魅力に触れ、ならば春の天草も知りたいと願い、
前回お世話になった天草市役所若手職員とのコミュニケーションも密に、
ボクがイラストレーションを提供した天草市役所職員の名刺で発生したギャランティの一部を還元するイメージで、
今回の天草行きを実現させました。

ボクの目的は、
・春の天草を感じること。
・市役所若手職員とのワークショップ
・天草の子どもたちとのワークショップ
・牛深のハイヤ祭り

加えて、天草市職員が用意してくれたのは、

・イルカウォッチング
・かかし祭り視察
・天草キリシタン館でキリシタンの歴史学習
・ハイヤ祭り前夜祭観覧
・ハイヤ踊り参加
・牛深での熊本県高森町との交流会参加
・市長さんへご挨拶
・副市長さんへご挨拶
その他などなど5日間シームレスなスケジュール。。
ハタチから30代前半の若手職員、
なかなかのハードワークを課してきますね〜!
イエイ。

去年は台風の影響で利用できなかった天草エアを利用し、
福岡空港から30分ほどのフライトで天草へ。

有明海、諫早の干拓地、島原雲仙、そして天草。

熊本県天草地方だけど、東シナ海と不知火の海に挟まれた天草は、
沖縄から奄美、鹿児島、長崎と連なる海の交易路の拠点というイメージ。

面白いな、天草。

天草空港に降り立つと、なにやらいい匂いがします、春の天草。

『採りたてのタケノコの皮を剥いだ時に香る瑞々しくも甘い匂い』ってイメージ。

海の近くにまで迫る山を見上げれば、
他の土地ではあまり目にしたことのない柔らかな緑。
黄色っぽく見えるところは、マテバシイなどの開花時期ってことなのか?

ともかく『緑の甘い香り』というものを初めて味わったボクです。

この香りに出会い、
春の天草を知ってみたいと思った直感は間違いじゃ無かったと確信。

「天草」の名前の由来を調べてみると、
・古事記に出てくる「天両屋(アマノフタヤ)」という島が天草のとことで、そこから転化した。
・天は海士(あま)の意で草は民草という意味。
・九州を中心として海浜に居住し、漁を生業として居た民族の島だったことからついた名ではないか。
・島に牧馬が多くいたため「うまくさ」→「あまくさ」に変化していった
・天草郡教良木に甘草が多かったため

などとあったけど、

たとえば、
その昔に船乗りが海の長旅の果てに春の天草に着いて、
この緑の甘い香りを嗅いだとしたら何を思っただろうか?

想像は尽きないなあ〜、天草。

そしてこの香り、天草滞在の5日間を通し、
山間の土地ではもちろん、街中でも海沿いでも感じ続けたのでした。

で、天草に着いた直後で天草市役所若手職員とのワークショップセッション。

去年の夏の天草アテンドは、
この小山薫堂さんのゼミ”N32″のメンバーによるものでしたが、
特に若い人たちは思いっきりカッチリとアテンドしてくれて、
それはそれで有り難かったのだけど、

大切なのは、これから天草の未来を創造してゆく彼らの、
職業を超えたところで感じる人となりってものが魅せてくれる天草だなと。

そんな「人に魅せる」ためのコミュニケーションの突破口として、
今回一緒に絵を描こうと提案しました。

結果、

ごくシンンプルな表現で描かれた「天草の甘い思い出」の絵、
その一枚一枚から、彼らに染み付いた天草の魅力をたっぷり感じることができました!

詳しいことは割愛させてもらいますが、
彼らの意識に通底する天草の海の色の美しさに出会い、
これはなにか素晴らしいものが作れるんじゃないかって確信を得ました。

で、なんつったって、ワークショップセッション終了後のみんなの湯上りのようは表情。
ボクの本当の天草は、彼らの笑顔からスタートするんだと思いました。

打ち上げ、呑んだな〜〜。。

2日目はイルカウォッチングなどなどから始まり。
もちろん、イルカとの出会いはたまらなくキュートなことなんだけど、
実は、イルカウォッチングに関わる人たちがそれ以上にキュートで、
そのユルさや大らかさが、やはり天草ならではと思えたり、
中国からの観光客がドバドバ参加した際の売り上げはどれくらい?
なんていう計算にクラクラしてみたり。

イルカちゃんたちも、この天草の人たがあってこと、
ハッピーにウォッチングされているんだろうね!

で、夜は天草の南端”牛深”のホールで、
牛深ハイヤ祭りの前夜祭「輝けハイヤの競演」観覧。

*牛深ハイヤ祭り
http://ushibuka-haiya.com

かなり疲れて眠かったのだけど、
いや、おもしろかったなあ〜〜!!

正調の本ハイヤ節だけじゃなくて、
ロックアレンジや和太鼓を入れたもの、
で、なんつっても古の宴会芸としてのハイヤを再現したもの。

すべてに通して言えるのは、
演ずるみなさん笑顔であること。

ハイヤ節とは、牛深に寄港した船乗りたちをもてなすために牛深の女性たちが歌い始めた唄です。古くから天然の良港であり豊かな海産物の産地でもあった牛深港は、日本各地に寄港する北前船などのシケ待ちの港としても賑わっていました。その酒宴の席で歌われ、江戸時代に全国へと広がったハイヤ節は、全国のおけさや甚句などのハイヤ節系統民謡のルーツとされています。

「祭り」というと「神様」と紐付けして、
ある意味地域をまとめ上げる機能のものって考えでいたけど、

牛深のハイヤは神様不在の「笑顔のおもてなし芸」だってことの面白さ!

面白いから日本全国に広がっていって、
場所によっては土地の神様が紐付けされて権威を纏うこともあっただろうけど、
牛深のハイヤはあくまでも大らかに、はじめましてのボクでも楽しませてくれちゃう。

ある市の職員さんとお話しさせてもらった際、
「ハイヤ踊りのYOSAKOIソーラン化を考えている」とうかがい、
「それはやめてください〜〜」と嘆願。

笑顔のおもてなしダンスであるハイヤ踊りは、
威圧的自己陶酔ダンスなイメージなYOSAKOIソーランでは無く、
これからも朗らかに大らかに続いていってもらいたいなあ〜

このマインド、今の日本が本当に必要としているものだと思うし、
そもそも、ソーラン節もルーツを辿ればハイヤ節なんだよね〜

牛深の方々〜、
ハイヤはハイヤとして今こそ日本列島を練り歩いちゃってくださいよー!


春の天草3日目は、牛深の公民館で子どもワークショップ。

牛深ハイヤ祭り当日ということで、参加者あるのか心配したけど、
来ましたね〜!天草ディープな牛深っ子。

古い公民館という素晴らしいシチュエーションに、
仕切りは市役所ヤングチームでも最ヤングな女子2人。

元気はつらつ過ぎな子どもたちに、
ソフトにフレッシュに対応してくれ、
結果、想像をはるかに超えた伸び伸びとした線と色彩が広がりました。

ネットを触れば日本中、てか世界中でほぼ均一な情報に触れられる時代にあって、
牛深の子どもたちは(崎津から参加の子どももいた)、独特の感性を持っているイメージ。

ボクがなにか与えるなんて以前で、世界の中でも稀有な感性を持っていて、
それをオトナが気づき、大切にしていってもらえたら、
20年後には『世界に誇れるささやかな文化』なんてものが醸造されてはいないだろうか。

そんな期待をしてしまえた子どもたちのエネルギーに出会えた現場でした。

この日牛深に来る前に、天草の大きなショッピングセンターに寄ってもらいました。

その利便性と共に、
土地の独自な文化を均一化させてしまうイメージもある巨大なショッピングセンターですが、

ハイヤ踊りや子どもたちとのワークショップを経験して、
天草はショッピングセンターの利便性と独自の文化を
社会の中で共存させゆける底力があるように思いました。

いや、ぜひそうしていってもらいたいな〜、天草。

この日も、観光ガイドに載っていない、なんでもない風景にグッときっぱなしのボクです。

このなんでもなさをキープすることは、大変なことなんだと、
自分の生まれ育った土地を思い、実感しています。

しかし、失われたものを取り返すことはさらに大変。

いや、どうしたってささやかでなんでもない風景なんてものは、
失われてゆくのでしょう。

ただ、それを愛した心持ちを失わないでいることで、
生かしてゆけるものはあります。

なんてことを、春の天草はボクに一生懸命語らせようとします。

そんな思いを抱いたまま、
夜は牛深のハイヤ祭り取材。

のつもりが、
市の職員さんに呑まされ「踊りますよね!」「ね!」と押し切られ、
踊りましたよ、ハイヤ踊り。

ハイヤの絵を描きたくてきたんだが、
踊ってしまいましたよ。。

でも、踊ってよかった!
1時間半の町内踊り歩きで足腰筋肉痛だが、
なるほどこれが牛深のハイヤ!

誰でもウエルカムで踊らなソンソン、
ヨイサー、ヨイサー

う〜〜〜ん!庶民から生まれた
『生きてる限りなんもかもあるさ、だからクヨクヨする前に踊っちまいましょー!』という哲学。
素晴らしいなあ〜〜。

牛深、アイルランドにもニューオリンズにもリオにも直結してるなあ〜。

あ、踊っていたので写真ありません。。

絵を描くためには、また行かねばだ、牛深。

で、そのまま牛深と熊本県高森町との交流会参加、深夜まで。
またまた呑んだなあ〜〜〜。。。


で、春の天草4日目。

昨晩の酒が、、と心配しながらも、
ハイヤ祭りの1つのクライマックス、
漁船のパレードに参加させてもらいました。

海の無い群馬と海のある千葉の暴走族の違いが、よーく分かった。
いや、海に生きる人々の誇り、素晴らしい!

春の天草の海の風、気持ちよか!!

こんな経験をさせてもらって初めて
天草の人たちが語る「天草のここを見て!」を実感として掴むことが出来ました。

と同時に、
生活の中になんでもなく存在する人の作る小さな風景ってものに、
さらにグッときてしまったです。

うん、どっちも天草。
素晴らしい!

そして牛深から本渡に移動。

ここが本来一番の目的、本渡の子どもたちとのワークショップ。
天草一番の繁華街であったアーケード街”銀天街”で
空き店舗になっている元化粧品屋さんが現場です。

当初「定員20名」で、
ちょっとくらい増えても大丈夫なんて話をしていたけど、

天草に着いてから予約がどんどん増えている連絡が入り、
その度に画材の買い出しとかに奔走、、
結果、予定の倍以上の子どもたちが集まりました。

天草の子どもたち、放っておいても力を出せる子たちです。

この辺、ここ1年で向き合ってきた都会の子どもたちとちょっと資質が違う。

で、もちろんこれだけ人数いたら、めちゃくちゃふざける子も、
アプローチがなかなか出来ない子もいるんだけど、
その個性が明快に見えるということでも、天草素晴らしいなと。

ボクのやってることは教育じゃ無いので、
絵が描けない子は無理して描くことはなく、
この状況で自分の居場所を見つけてくれたらまずはOK。

そうできるためには、
ボクだけでなく、見守っている親御さんがどう子どもたちに接するかが大切で、

これは福島の柳津でワークショップでも語ったことだけど、
オトナは子どもたちに自由を与えるんじゃなくて、
子どもたちが自由になれる現場を造ることが大切なんだなと。

子どもたちがダンゴムシのようなカッコして絵に没頭している限りは、
ただ見守っていれば良くて、
興味が薄いようであれば、まずは次のアクションを待っていれば良いし、
飽きてしまったら、しょうがないと思ってもらえばいいし、
ただ、みんなが描いているのを妨害するような行動があれば、
それよりもっとカッコいいことがあることを確認しあってくれたらいいな。

そんな考えでやってみたら、
やっぱすごいのが生まれちゃうんだよね。

写真の絵は「アミイゴさん」だって、、

こんなん、オトナが描かせようとしても描けるものじゃない。

そして、ハイヤ踊りの絵!

素晴らしいなあ〜!

この部分、綺麗に撮影して、天草のポスターとかなにかに利用したらいいね!

っと、、よく見るとチョイチョイ版権で言われちゃいそうなキャラが、、

でも、ほんとこんな力強いものは、社会で共有してもらいたいし、
育てていってもらいたい。

で、ヘロヘロに疲れてワークショップ終了。

天草のワルイ子ちゃんたち、すごかったよ〜〜〜!!!

で、
あらためて今回最大の成果は、
8月に出会って色々良くしてくれた天草市役所若手職員チームN32のみんなが、
夏には出会えなかった笑顔を見せてくれたこと。

市役所職員、市民の下僕としてキッチリとした仕事をしなくちゃなりません。
が!人を幸せにする施策を考え出す際は、笑顔の発想でいてもらいたいな。

それは独りよがりの笑い顔じゃなくて、
広い視野で見て出会った地域の大切なもの1つ1つが生んでくれる笑顔。

清く正しく質実剛健に、がしかし、しなやかにセクシーに寛容的に。
春の天草にはそんな多様性を受け止める力を感じたのです。

打ち上げ、
呑んだ〜〜〜。。。

カラオケも行ったなあ、、

天草5日目は朝イチでフライト。
天草エアで熊本空港トランジット、午後の羽田へ。

家から乗り換え4回で天草かあ〜〜。

天草のみなさん、ありがとう!
と語る前に、
もう「次どうします?」なんて連絡が届く。

この軽さ、日本を救うぜ!

俺の絵でポロシャツ作ってるし、
その売り上げでまた俺を天草に呼ぶって言ってくれちゃってるし。。

ところで、
銀天街で営業を再開した「まるきん」のたい焼きとコーヒー。

たい焼きっていっても、ほぼ洋菓子。
それもかなり上品な味わいで、コーヒーによく合う!
疲れた体と心にしみました。

「は る の あ ま く さ」

声に出してみると、
なんだかほっとしますね!

そんなこんなのきっかけ作り、
小山薫堂さんありがとう!!

天草のみなさん。
LOVEです!!!

「はるはあまくさ」
日本の常識に変えてゆきますね〜!