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116ヶ月め

2020 年 11 月 11 日 水曜日

今日は2011年3月11日から3,533日、
504週5日
9年8ヶ月
116回目の11日です。

アップした絵は、東京都世田谷区にある公立特別支援学校。肢体不自由者のための教育機関として日本最古の歴史を有する、都立光明学園の子どもとのコラボから生まれた花の絵です。

ボク1人の力では生まれ得ない「なにか美しきもの」に感動。
この感動は世の中をちょっと良い方に変えてゆく力になるんじゃないかと、
壁画完成まであと少しの今の言葉を綴っておこうと思います。

きっかけは今年の元旦。
行きつけの店で隣に座った方が、この学校のPTA会長さんを勤められている方で、お子さんのことも含め、福祉とは、教育とは、表現とは、愛だの恋だの酔いに任せて語ったことから、ボクと光明の子どもたちとで何か出来たら面白いね!なん盛り上がったことから始まりました。

が、その後新型コロナ感染拡大で足踏み。

夏が始まるころ、あらためて校長先生はじめ学校関係のみなさんとミーティング。
コロナで何も出来ないって状況を突破したい意思が集約されたのでしょう。
来年取り壊しとなる旧校舎の壁面に壁画を作ろう!と、発想は一気に飛躍。

そこには、ボクが暮らす街で出来ていること、
地域と学校とPTAと関係企業と子どもたちとボクとで制作している壁画という「見えるもの」「シェア出来る発想」があったことが大きかったと思います。


学校業務を終えた後、わざわざ梅ヶ丘から代々木八幡まで壁画を見に来てくれた校長先生はじめ教職員の皆さん。
その熱心な姿勢に、肢体不自由と言われる子どもたちとどこまで出来るのか、不安を伴うプレッシャーを感じた、なあ〜。

が、そうした感情は教職員さんたちとの何気ない会話がほぐしてくれる。
子どもたちと日常を過ごすプロの力に、甘えるところは甘えれば良いと実感。

事前に美術担当の先生方とのワークショップを開催させてもらい、
ボクが子どもたちの何に感動してこんなことを続けているのかを共有出来たことも、その後の現場での力になったはずです。

ともかく一歩一歩、必要な会話を積み上げ、しかし、蹴散らしていいものは蹴散らせる。
そんなことが可能な関係性の足場造りをまず。

そして子どもたちとのセッション。

歩けない、立てない、手が思うように動かせない、発語が思うようにいかない、病弱で病院での療養を続けざるを得ない、などなど、子どもたち1人ひとり目に見てわかる違いがあり、その上でさらに1人ひとりの個性や表現の違いを壁面に集約させる。
って、どうやるんだろう??

ともかく、壁面に立てぬ子どもたちとは、10メートルと5メートル2枚のキャンバスを用意し、
出来ないことを出来るようにするのでは無く、
出来ることを出来るだけ表現してもらうセッションからスタートしました。

最初は破壊でいいやってね。
見た目大きな破壊でも、小さな点1つでも、子どもたち1人ひとりの「出来る」はめちゃくちゃパワーあることを確認。


そのうち気持ちの良い「なにか」が見えてくる。
そうなるまで待つ作業。

「布の上にペンや絵の具で描こう!」
そう伝えた瞬間に、実は「自由」というものに拘束がかかる。
だったら、絵の具を一本絞り切るくらい好きにやったらいいぜ!
だ、なあ〜。。

アクリル絵の具”リキテックス”でご協力のバニーコルアートさん、
心強いっす。。

光明学園の授業時間で行う作業です。

1コマ45分で中学生のクラスから小学校低学年のクラスに変わり、
次は高校生がやって来るとか、、
いつもは子どもたちが飽きるまでお付き合いするボクのスタイルは、
この現場で行うことが出来ません。


しかも、1人ひとり出来ることが違う。
(これに関しては、健常と呼ばれる人も同じなのだが〜)

1コマ数名から十数名まで、参加人数はバラバラな中、
1人ひとりの個性にも健康状態にも注視しコミュニケートする45分。
そんなのを、1日に4回繰り返しす日もありました。

45分はうっかりしていたら戸惑っているだけで終わってしまう長さです。

でも、自分か彼らが生むものに先回りした価値を求めない限り、
一瞬一瞬に目の前で起こることは、とてもエキサイティングな喜びに溢れたものとして、心の中に飛び込んできます。

そしてボクもやりながら学んでゆく。



体に不自由のある子どもたちには、マンツーマンで先生が付きます。

日頃から子どもたちと接している先生方の介助は素晴らしく、
ボクが代わりにやれることはごく限られたものでしかありません。

もしくは、なにかひと言コミュニケートする場合も、
先生の翻訳のような行動を待つ場合もあります。


そんな先生方が大きなキャンバスの前で子どもたちを支える姿は、
基本、子どもたちを背後から支える形になります。

場合によっては複数の先生方がチームとなり、
支える人とコミュニケートする人との役割分担をしながら、
子どもたちをキャンバスに向かわせる態勢とります。


じゃあボクの仕事はなんだろう?

もしくは、介助を受けて筆を動かす子どもたちは楽しいだろうか?
そんな興味から、子どもたちと同じ視線の高さまで自分が降りていったら、
いや〜、世界が広がっていったなあ〜〜!

キャンバスに頬を付けたところから見るキャンバスの荒野のダイナミックな風景!
彼らはこんな風景を見ながら、そこで出来ることを真剣に、もしくは楽しい目つきして、出来る限りやろうとしている。


正直、先生の手助けが過剰に入る瞬間なんてのもあって、
その直前まで子どもがとてもいい顔してたりしたら、
「待ちましょう!」なんて叫び気味に伝えたりの失礼をしていた俺。

いや、でも何度「待ちましょう!」を言ったか。

あとは「ゆっくり、ゆっくり」とか「出来ないこと無理しなくていいよ〜」とか。

体の自由が効かなくても、たとえ指先がちょっと動かせるくらいであっても、
子どもが自分で見つけた表現の喜びを、ちょっとでも形にすることが出来たら、そこからどれだけの感動が得られるか!

今までものすごい数の子どもとの現場を作って来て、
そうしたことを頭でわかっているつもりでいて、
しかし、光明学園の15メートルキャンバスの9回のセッションで、
明快に気付かされた。


セッションの最初の方で、15メートルの中でボクがコミュニケーションを焦って描いてしまった女の子の顔が、最後のセッションまで所在無く放置されていたのだが、色ぬりの範囲を徐々に徐々にと広げてきた1人の女の子が、最後に塗る方向を変え、ボクが描いた顔に赤い絵の具をベタ。
さらに皿から絵の具をボタボタボタ〜と垂らし「やり切った!」て顔を見せた。

その瞬間作品が完成したという実感がドバッと湧いてきたのですよ。


5mキャンバス

すごいな〜、子どもたちの力。

そうしたことを、視線を子どもたちと同じ高さに置くことで共有する喜び。

アートなんてものに求められることは、まずは視線の共有なのではないだろうか?

そして、「介助」「コミュニケート」「共有」
この3つのワードから見える子どもたちの風景の違い。
その違いは悪いことでは無く、発想を前に進める力だ。

そして作業は屋外へ。

高校生とのリアルな壁の前での壁画制作。

・この前を歩く街の人がハッピーになる壁画にしたいこと。

・そのためには、自分で描きたいというものを思いっきり表現する必要があること。

・しかし、学校の勉強では無いから、上手いとか下手のジャッジは無いこと。

・ならば、オシャレであるとか、カッコいいとか、自分が元気になれる言葉で絵を描けばいいぜ!

みたいな呼びかけの元手を動かしてもらったら、
やっぱりハッピーなものが生まれました。



が、時間が足りず放課後、そして日を改めての3度のセッション。

初日は休んで、最後の日だけ参加した女の子が、
なかなかすぐにアプローチ出来なくていて、
先生方は「好きなもの描いていいんだよ」なんてお声掛けしてくれてたけど、
ボクは「無理してやる必要ないよ」とただ待っていたら、
細い筆に黄色い絵の具をつけて画面にポチっと。


5メートルくらいの幅の中に黄色いポチひとつ。

が、それが一気に画面に命を吹き込むような、絶妙なポチで。

いいね〜!って伝えたら、

「はあ、そうですか」と、ちょっと安心した表情で答えてくれた。

そこから、壁全体を制圧するような作業が始まるんだよ。

子どものポジティブなマインドが生むものは、なんちゃーないタッチ1つであっても全て美しい。


俺は何に立ち会っているのだろうか。

が、さらに、
学校にも通えぬ病弱な体質で、コロナの影響もあり人との接触が極端に限られる生徒さんとのセッションが待っているのだ。

「会うことの出来ぬ子どもたち」とどのようにコミュニケートするのか?

自信などまったく無いが、ともかく手紙を交換するように、絵を交換して作品にしてみようと。

まずはその旨をはっちゃけたビデオレターを撮影し子どもたちに伝える。
(先生方もだんだんとワルダクミ体質になってくれている!)

で、そよ風分教室(成育医療研究センター病院に入院)の子どもの元に先生方が赴き(今はコロナの影響もありオンライン)学習指導するグループには「自分の好きなものを言葉で伝えて〜」と。

そしたら、
良く消毒された紙にドラなんちゃらやピカなんちゃらやエバなんちゃらや、ラーメンやら鍋焼きうどんやら、、
はい、全部ボクがモノクロのシルエットで描きましたぜ!


裏面にひと言ふた言メッセージを添えて送り返してやったら、
うわ!

なんか見たことないタイプの絵になって帰ってきたぜ!


それとは別に、なにやらカラフルな絵が届けられる。

“病訪”と言って、各地に散らばっている病院に先生が赴いて学習指導をする、
もしくは”在訪”と言って、自宅で療養しながら学習をする、
(でいいのか?分類が業界用語すぎて把握しきれないかも)

そんな子どもたちには、
「気合の線一本を描いてくれれば、そこから発想を広げて絵になるかも〜」
なんて投げかけだったのだが、

気合の線と一緒に色まで着いたのが突きつけられた。

むむ、どれも素晴らしく完成しちゃってるじゃん!




で、裏を見るとビッシリ、
どんな思いでこれを描いたか、何が出来て何が出来なかったか、
ビデオで見たアミイゴという人は変な人だと思ったなどなど書かれている。


これは先生が子どもたちの手となりという作業ではあるけど、
そんなん26枚も送りつけてきやがって!
愛死にしてしまうぜ、、
その前に泣いてるぜ、、

しょうがねえ、アトリエで1人子どもたちが描いているものを見ていたら、
地球の重力から解放されたように宙に咲く花が見えた。

そうか、しょうがねえ、と、全ての絵に花を描きこむ。

それが自分勝手なものにならぬよう、
コロナ自粛の春に描いた100点の花の絵を広げた中でね。


会うことのできぬ子どもたち。
しょうがねえ、俺は思いっきり絵で語るのだ〜〜
むむ??
なんだか風呂に浸かった後のような気持ちになったぞ。
そして生まれた花の絵。

冒頭の絵も含め、なんだか見たことの無いものが生まれたぞ〜
それはとてもセクシーで美しい。

「肢体不自由」というワードの中から、
「セクシー」なんて言葉が浮上してきた作業は、
あと数人の子供とのセッションを経て、
11月30日に壁画として完成させます。

ボクはイラストレーターを名乗り活動を続けていますが、
その目的は、世の中のみんなが自分の意思でものを考え、
自分なりのハッピーを形作る手助けになるものを創ること。
なんだろうな〜と。

そうしたことは、震災以降の10年弱の中で、目に見える形として実感してきて、
そうしたものを必要としている人も視野に捉えていて、

そうすると、今までのイラストレーションのあり方って変えて考えて行く必要があって、
もちろんこれからもイラストレーターとしてイラストレーションの制作は続けてゆくけど、
イラストレーションという発想を社会にシェアし、使ってもらうようなことも必然的にやってゆかねばならないのだと考えています。

それがどんなスタイルなのか、まだわからないけど、
でも、光明学園の皆さんが暑い中わざわざ代々木八幡まで壁画を見に来てくれ、
そこで自信の学園で行うことに確信を持ってくれ、コロナの状況を突破するシステム構築の元、関わる皆さんがちょっとずつスキルアップを達成しながら、壁画制作を実行したということ。

そこにはほとんどボクが筆を振るってこさえたものは無いのだけど、
なんだか美しものに出会え、関わる人の良い顔に出会えるものが生まれていることが、うれしいなあ〜。

あらためて、
こういうことって、福祉や学校という現場に限らず、必要としている場所はあるんじゃないだろうか。



息子の学校が休校になったので。11週め。

2020 年 5 月 19 日 火曜日

2020年5月11日

休校71日め。
家庭学習用の教材を受け取りに息子と一緒に久々学校へ。
その途中、コンクリートの壁に沿って揺らめいていたユウゲショウの花を描きました。
何気なく「ユウゲショウの花」なんて語っていますが、その名前を知ったのは今日。
ユウゲショウはそのまま「夕化粧」と書く色っぽい名前。
そんな花を見るのに足を止め、かわいいね〜なんて言っているオッサンとその息子。
ボクらのTOKYO2020はこんな姿であります。

帰って昼メシを食べた後、昨日に続き強烈な文章作成やメールが重なり、
(毎月11日のブログも書きました> http://www.yakuin-records.com/amigos/?p=14474 )
ヒマを持て余す10歳はベッドの上でのたうちまわっている。
これはマズイ、なにか映画でも見せるかとDVDコレクションを漁る。
(PCは仕事で使い中でストリーミング使えず、、)

あった!これだとブルースブラザースを再生。

ダメだ、面白すぎて俺が仕事にならん!

明日がんばろう。


2020年5月12日

息子の学校が休校になって72日め。
お向かいさんから頂いた昼咲き月見草を描きました。

今日はさらにお茶に呼ばれ、三密を非常に気にされながらも、
お抹茶を丁寧に点てていただきました。

小五男子、茶器に興味を持ち、茶を点てる音に耳をすませ、菓子の食べ方に気を使って、抹茶を綺麗に呑んで、「けっこうなおてまえでした」などとさらり言えちゃうだ。
誰だ?キミ。

お向かいさんから頂いた「音もご馳走よね。」これから生きるための宝にします!

そうした直後でサッカーのリフティング。
やはり端正な姿でボール蹴れててなあ。
いいなあ、お茶の時間。

が、
日中やることが無いと、やはり布団の上でのたうちまわるは小五の必然。
仕方ねえと、今日はサウンドオブミーュージックをDVDで鑑賞。
名曲の数々に鼻歌で答え、マリアや子どもたちのしでかすことに爆笑する。
そうか、こんな映画の楽しみ方があったんだ〜!
と、10歳から学んでばかりなのだ。

そのせいか、昼咲き月見草の絵も、なんだかおおらかなものになった。


2020年5月13日

休校73日め。
母の日に買ってきた日々草を描きました。
昨日、大分県の山の方に住んでる友人と電話で話して、
そういえば、その土地に初めて行った12年前も日々草の花を見たなあ。
その土地で生きる人たちから、色んな生きるアイデアもらったなあ。
なんて思って筆を走らせたら、自分としては割と晴々しい青に出会えたかも。

息子は担任からの電話の「何か困ってることないか?」の問いに
「別にありません」だって。

で、午後一まで学校から出された時間割で学習して、
その後今日はピングーのビデオ。

これは俺が2000年に3枚組のDVD BOXで買っておいたもので、
息子は物心ついてから今まで、何度もこれを見ている。
ウチは特にSwitchとか買って無いから、
ともかくあるもの繰り返し見てる。

そしてその顔がとてもいいんだよ。
ほんとこのDVD買っておいてよかった!

ピングーが日本で放送されてた1993年、
ちょうど実家が火事になった時で、なんやかやストレスあったはずだけど、
ピングーにめちゃくちゃ癒されてたんだぞー!と息子に伝えてみると、
わかる、だって。

ピングーの動きなど一通り真似した後のいつものリフティング、
息子、とてもバランス良し!

ピングーに育てられた10歳。将来は何になるんだろう?

2020年5月14日


休校から74日め。
カラッと晴れた1日。柑橘類の花の季節もそろそろ終わるかなと、大家さんの庭の柚子の花を描きました。

「柚子」は昨年の台湾取材で1番耳にした言葉だったかも。
日本の柚子と台湾の柚子の違いは、そのまま日本と台湾の文化の違いってくらい面白かった。

で、今日。
台湾で知り合った方がFBで、勤める学校の子どもたちと大きな絵を描いているところをポストしていたので、「いつか一緒に描こうと!」とコメントしたら、子どもが描いた灯台の絵で返事してくれ、嬉しいなあと。

台湾では何人もの子どもが、学校に籍を置くも通わず家で勉強するホームスクールを実践しているのに出会って、その1人ひとりがとても魅力的な子どもたちで、その子たちの作る未来を想像しては、ハッピーな気持ちになって。

今家にいる息子に対しても、コミュニケーションから生まれる積極的な学びのチャンスがあればなんとかなるんじゃないかと、大らかな気持ちでいられています。

で実際、ステイホーム2ヶ月半の時の中で、今日なんか息子さんの顔つきが思いっきり大人っぽくなったなあと。
この時間の中でも発見したり掴んだことが、明らかに顔に現れているだろうと。

これは親バカもあるかもだけど、それ以上にイラストレーターとしての目が教えてくれてるはず。

そんな息子くん、本日のリフティングチャレンジ一気に3回更新の連続14回!
そりゃ得意な顔になるか。
ボクは朝からこの時間までメールしなきゃならんことがあって、フラフラ。
が!実写版映像研を見逃し配信で息子とみて、一気に気合入る。
将来ステイホームを思い返すと、映像研の3人のシャカリキを思い出すはず。

そして、
あれだけ綺麗だった東京の空気も、ここ数日はちょっと以前に戻りつつあるみたい。

2020年5月15日


休校75日め。
息子がコロコロコミックを買いにゆくのに付き合い、久々の代々木上原。
途中、街の良心と呼びたいくらい綺麗にしているレース編み工房の前に咲く西洋ヒルガオの花を描きました。

ホントはもっとオフな緑と白で、息子とかわいいね〜なんて言って名前を調べていたのだが、
描く時にたまたまディアンジェロが流れていて、
いや、普段絵を描く時はルビンシュタインのピアノを流すくらいしかしていないだが、
今日はなぜかD様で、そうするとどうしても筆がスケベなことを考えてしまうのだろう。

そんなやましさに溢れた絵になったです。

そんなやましい今日、息子は学校の課題で選挙ポスター制作。

思考が先行して身体がついてゆかないタイプの小五男子、
紙の前でおじ蔵さん化してしまっている。
で、しょうがねえ、目に見えるもの作るのだから、まずはなんでもいいから目に見えるものを書いて吐き出して、その中から選んでゆきゃーいいぜ!それを俺らの世界じゃサムネイルって言ってなあ、などと職人言葉のアドバイス。

そうして落書きを始めた息子さんの世界が、選挙とはかけ離れるも、いいんだよね〜。

無欲の間、とでも言えばいいのかな。

副産物好きの俺はそれでもう充分なのだが、一応、今度はそこから選んだモンをこう四角く書いた枠の中に気持ちよ〜く感じるように置いてってみねえ。
それを俺らの世界じゃラフって言うんだがな、まあそんなこたーどーでもいい、ともかく目が楽しくて、テメエが伝えたいことが秒でわかるようにすりゃーいいんだぜ!などと伝えるも、
そこから先はどうにも学校や世間てえもんに巻かれてやらにゃ〜ならんことなんだな。

仕方ねえ、今日の落書きは宝もんとしてとっておいてやらーな。

などと語る俺は、息子とのリフティングの最中にかかってきたラフの戻しに、路上で界面活性剤のなんたるかを三十分も語ったのだった。
ふう、、

2020年5月16日

休校76日め。
先日一輪だけ咲いているのを描いた、ベランダのダールベルグデージーがここ数日で一気に咲いて、茎が耐えられず横倒しになったところに雨。
これは描いておがなきゃだ。
そんなそこそこ雨の1日、家に家族と閉じこもり、YouTubeで はしだしょうこさんが配信する唄など聴いていたら、「にじ」なんていう雨にまつわる家族の思い出曲も歌っていたのも、描いたきっかけかもね。

息子は学校の課題、日本の地形を白地図に描いて行くのに四苦八苦。
ボクは昨日に引き続き界面活性剤のなんとるかを調べて、イラストレイデッドする作業に四苦八苦。

なぜ洗剤で衣類の汚れが落ちるのか、今後はボクに尋ねてみてください。とてもわかりやすくお教え出来るはずですよー。

ちなみに、汚れは力ずくで落とすのでは無く、水と油双方の言い分を聞き、お互い納得の上で落ちてもらう。なんてことです。
人間社会ではそんな聞く耳は機能しているかな?
とても心配。

その他大切な連絡を何人もの人と交わしたり、昨晩のPTAのzoom会議のまとめの連絡だったり。今は何かをジャッジする間も無く、やはり聞く耳のコミュニケーションが優先される俺、てかこれからもそうだろう。

2020年5月17日


休校77日め。
大量描き込みを前に資料作成のため大量コピーで、よく晴れた日曜のお昼前、わびしくコンビニへ。

途中、ご近所の奥さま方が丹精込めて育てているパブリックガーデンで、可憐に美しく咲き誇る花をしばらく眺め、ああ今日はこれを描くのだろうと思い、コンビニコピーを始めようとすると、女の子が慌てた目でコピー機に向かって来たので、順番を譲る。

しばらくコンビニの外です待っていたら、工事現場に広々と敷かれた雑草予防のシートから1株だけ顔を出しているゴギョウと目が合う。

ああ、やっぱり俺はこっちだと、
根性ゴギョウの花を描きました。
いつもは描かぬ影なんかもつけちゃってさ。

ほんと、こんなんばかりに目がゆくから、どうにも金の巡りは悪いのだが、しかし、自粛の春から初夏にかけて広がった足元の視野は、きっとこれからの人生をうずらぼんやり明るく照らしてくれるのだろう。

あとは終始あくせく作画の準備と大量のメール連絡。
の合間に息子とリフティングチャレンジ。

んぬぉあっ、、新記録まであと1回の44連続、、
なぜあと1回が粘れぬ、、

しかし体を動かした分、晩めしは美味かった。
が、その後もなんやか、、


110週め。そして、息子の学校が休校になったので。10週め。

2020 年 5 月 11 日 月曜日

今日は2011年3月11日から3,349日
478週3日
9年2ヶ月
110回目の11日です。

先日宮城県気仙沼の唐桑からと長崎県諫早からお手紙頂きました。
震災後知り合いになった人と、震災後の義援の心を支え合った人。
コロナ禍にあって、ボクや家族のことを気遣ってくれ、
それぞれ直面する厳しい現実の中でのやりくりについてなど、
丁寧に綴ってくれた手紙です。

思いやりのある丁寧な言葉の交換でしか解決出来ないこと、
創造出来ない未来があること、震災からの年月で身を以て知り、
今は東北の多くの友人から頂く気遣いの言葉に生かされているボクです。

こうして得た良きマインドは、それを必要とする人に手渡しして行かねばです。

そんなこと考えていたら、Stay Home アイコン、47都道府県分作ってしまいました。
これらはグーグルドライブよりダウンロード出来ますので、
必要とされる方は自由に発想されお使いくださいませ。
https://drive.google.com/open?id=1mRKqvLmTqmOqJX2n……j3_koS4n-p

ちなみに、今回アップしているのは唐桑と諫早のアイコン。
どちらも美しい土地。そして愛しい人との思い出。
みなさん、ほんと元気でまた会いましょう!

そして、息子の学校の休校は10週め。

2020年5月4日

休校64日め。
お向かいのおば様が庭で育てている茶花を摘んできて、息子に見せてくれたのを頂いたので、花瓶に生けて描きました。

しらん
白花しらん
さんずあやめ
ふたりしずか
なるこゆり

控えめな色の花ばかり、
とても清々しい風景です。

その他、

なつえびね
ほうちゃくそう

聞いたことの無い名前の花ばかり。
このまましぼんでしまわなければ、明日も描いてみようかね。

物心ついた頃からご近所さんに挨拶をさせている息子のおかげで、
地域がとても近しいものになってます。

お向かいさんは息子の学校の先輩。
空襲で焼けた校舎の前の青空教室で学んだのは小学一年生の時。
いつも目にしている庭木は、空襲の焼失から逃れたものだって。

そんな方が息子に温かな心遣いを下さるありがたさ。

東北で、沖縄で、台湾で、お年寄りのありがたさに触れてきて、
しかし、東京だってちゃんと付き合い言葉を交わせば、
そこには貴重な経験をされてこられた豊かな人生に触れることができる。

今は厳し時だけど、そんな中でも新たな価値観は掘り出して行けるねっ!
てか、行かなくちゃ。

昼前の雨が上がると、かみさんが外の空気が気持ちいいから出ておいでと息子を呼ぶ。

ボクはなんだか疲れがドドドと押し寄せてきて、
ちょっと横になっていたのだけど、ガマン出来ず外に出て、
日課の息子とのリフティングチャレンジ。
身体ヘロヘロのはずが記録更新44回!
両足交互でも22回を記録。

なるほど、少し体の力が抜けてるくらいが良いのか。

息子はアリや毛虫を追いかけたり、
植え込みで見つけて小さな巻貝の正体を調べたり、
そうそう、録画しておいた学校未来少年コナン」は家族みんなで盛り上がって見たり。
学習以上に学び多き日々なのだ。
・インスタ> https://www.instagram.com/p/B_xMuJsFYbW/

2020年5月5日

休校65日め。
日課のリフティングチャレンジの際に見つけたご近所さんの庭に咲くシャリンバイの花を描きました。

シャリンバイ、別名モッコクモドキ。
沖縄でテカチ、奄美でテーチ木と呼ぶそうで、バラ科の植物。
奄美では大島紬の染料をこの木の葉から作るそうな。
しかも、葉っぱは湿布のようにして使われ、硬い幹は槌などに用いられるって、とても有難い木なんだ。
などということを、小学5年と調べて覚えている。

今日の午後はしばらく会えていない息子の同級生たちとzoomミーティング。
子どもの日だね〜。

しかし、PCの画面に最大21名の五年生の顔が並ぶと、可愛くもあるが、
ともかくみんな勝手にわちゃわちゃ話して、、

で、オレが隣で何か言うと「とーちゃんは関わるな」バリア張り巡らされ、、
この学年、思春期の兆候がなかなか見られない珍しい世代らしく、しかし、そろそろそんな芽生えもありや、無しや。

ともかく子どもっぽいけど素晴らしいヤツら。大好きだぜ!

と併せて、zoomに参加しない人の、出来ない人などにも思いっきり想像力を働かせててゆかなくちゃぁね!

今日は1日の間で三度、NHKの筋肉体操に出会ってしまい、
それぞれフルセットやってみたら、
今はかなり足腰ワナワナしちゃってます。

が、これから一気にやってゆかねばならぬ仕事ばかり。
頑張らねば。

2020年5月6日

休校66日め。
いつもサイコーの現場を共にしている編集者から、ポピーの花が咲いている写真が送られてきてので、ポピーの花が唄われている曲「アマポーラ」の詩を、10年ちょっと前に僕が身勝手に訳したものを返信。

PCのあっちとこっちでフフフなんて笑い、
ならばと、そんな気持ちのまま描いてみました。

訳詞は後半を手直し、
10年ちょっと前よりさらにいい加減な人間になれていることに、イエイ!

・インスタ> https://www.instagram.com/p/B_2YxbLF5Ph/

午後は雷雨の東京渋谷区。
いつものリフティングはお休みにして、昨日に続き筋肉体操。

そして息子家庭学習の隣で、大量のラフ制作。
のつもりが「キングダム」にハマる親子。
でもまあ仕事はなんとかはかどったかな。

夕方に上海から電話をもらい、
COVID-19に関連してたイラストレーションの展覧会など提携してゆこうと
アイデア交換。

今必要とされること、
アフターコロナで必要とされるであろうこと、
必要としている人に確かに届けられるよう脳みそハードワークさせなきゃね!

1枚の絵やイラストレーションの力、
馬鹿みたく信じています。

あらためてアマポーラ。
息子も楽しんで描いてくれたみたいだけど、
朗読は晩めし直前で早口。

腹が減ってはしかたねえ。
これも生活だ。

2020年5月7日

休校67日め。
家の階段下の物置の隅っこの暗がりで咲いているオニタビラコの花を描きました。
5月に入り草木が一気に育ち始め、物置前もシダやツタやドクダミなどがワサワサし始め、そろそろ草刈りしとかなきゃと。息子にも手伝わせようとしたら、この花かわいいね〜!と。
こんな薄暗がりで、小さくも鮮やかな花咲かせちゃってさ。しかし名前は鬼田平子。

ちなみに小鬼田平子は春の七草のホトケノザ。

で、鬼子さんは残してゴミ袋いっぱいに草を刈って、その後大家さんの庭木を一通り見て、柚の花を発見したり、そろそろディジーが開花しそうなことに気がついたり。
そんな時間が息子の鼻歌の「イエローサブマリン」や「明日があるさ」で彩られている楽しさ。

ほんと、日陰のオニタビラコのような一家であるぜ。

などと呑気にしてるも、日本各地の友人の窮状も聞こえてきて、今できることしたり、アフターコロナには花の絵を送って展覧会でもしてもらい、三密を避けながらもドカンと集客してもらえるよう、とりあえずしみったれた花の絵を描いたり。

大声でいい事叫ぶような表現もあるだろうけど、その辺の日陰に静かに咲くも、確かな根を伸ばし1人ひとりと繋がってゆくような表現は、持続可能な関係構築の力になることを、震災以降の経験から身に染みて知っている。

事前に目的めいたことは言いたかないが、小さな声が聞こえなくなるのは嫌だから、自戒の念を込めて言葉にしておく。

ちなみに、いつもはインスタとの連動だけど、インスタはこの絵のヘナチョコな魅力が伝わらないので、こちらはフル画角でポスト。

2020年5月8日


休校68日め。
ベランダで咲いたダールベルグデイジー、去年に続き開花、しかしとりあえず一輪だけ。その一輪が日陰から日の当たる場所に茎を伸ばしている姿がカッコ良くて描きました。
明日以降もっと咲くかな?

今日は息子の矯正歯科日で、3週間前と同様に家と渋谷の先の往復を2人で走ったり、立ち止まって草木を見たりでした。

名前を知らない花に出会うと、いちいち調べて、
ツタバウンラン
トキワツユクサ
マメグンバイナズナ
コマツヨイグサ
ムラサキゴケ
なんて言葉を知り、

何故か穂を実らせていた大麦にとりついているてんとう虫とその餌になる小さな虫を観察したり、
シロツメクサとムラサキツメクサの違いを確認したり、
毎年見ているツバメの巣がどうなっているか気にしたり、
アスファルトから生えているノゲシがどうなっているのか心配したり、
人との接触を避けた道は飽きることなく、そして東京の空気は相変わらず綺麗で、
夕日を浴びた風景の美しさは、ほんと生まれて初めて見る東京の姿であるなあーと感激。

そしてあらためて、コロナで鬱っとしてる世界で代々木八幡の壁画のブラッシュアップしておいて良かったと実感。

が、この日の1番の出来事は、家のドアにへばりついていたカメムシ。
この大きさのものをここで見るのは初めてなので、息子と大いに盛り上がる。

と、良い詩が閃いた!

一気に書き上げ息子に渡すと、あまり気が乗ら
ない、
「屁」の描写が嫌なんだって。

俺にとってはサイコー傑作だったのだがーーー!

ちなみに、zoom会議のこと書いてるけど、これはそれをけなしたりしてるのでは無く、あくまでもカメムシとの関係を語るツールとしてでありますよ〜。

・インスタ> https://www.instagram.com/p/B_7h61XlE5K/

2020年5月9日


休校69日め。
昨日の息子の矯正歯科の帰りに見たシロツメクサを描きました。
白い花を見ることは、鏡を覗くのに似た感じがします。
その日どんな心持ちであるのか、
それによって白い花は表情を変えてくる。

その辺はあらためて、息子との詩の朗読に反映できたらいいな。

そしてシロツメクサ。

これは特に特別な心持ちで臨まなければなりません。
東日本大震災発生直後からの興奮状態の荒熱を冷ませてくれ、
自分のサイズで続けてるゆけることを、
風に煽られながらもフワリ指し示してくれた大切な花と人との記憶。

あれから年月を重ねた今思うのは、
もっと優しく穏やかなものが描かなきゃと、
もっと強く逞しく根を張らねばということ。

そうして、偉ぶること無くペラペラと、さらに軽やかに生きる。
絵も生き方も、まだまだだなあ〜。

が!
毎日のリフティングチャレンジ、
今日は右足記録更新手前の43回。両足交互で記録25回!
息子は綺麗に11回で記録更新。

2020年5月10日

休校70日め。
母の日、本来は赤いカーネーションを描くべきですが、想像力が枯れぬようにと白いの描きました。

今日は1日机にかじり付いていなくちゃならないようなことばかり。
やるべきことが出来てるのかどうか心配だけど、と
もかくやるべきことやらねば。

夕方に息子と近所の花屋さんへ。帰りに息子同級生の家族と久々の再会。
え?えーと、もしかして、
「はい、〇〇です。」とマスク越しだけどしっかり自己紹介する小学5年生女子。
久々会ったけど、大きくなったね〜!
奥さんかと思ってしまったよ、、

息子の身長133センチ。
彼女は147センチ。

『よその子とゴーヤは育つのが早い』とは
博多華丸・大吉の名言だが、
うん、実感。

しかし嬉しいなあ、子どもたちの確かな成長。
休校はまだ続くけど、ほんと元気でまた会おう!

・インスタ> https://www.instagram.com/p/CAAt7GylJQx/

息子の学校が休校になったので。9週め

2020 年 5 月 5 日 火曜日

2020年4月27日


息子休校57日め。
近所の花屋さんの店頭で風に揺れていたネモフィラの花を描きました。
うーん、見た印象と違うかも。
そもそもいつもなら描かないタイプの横文字ちゃんの話。
しかし、この花屋さんはどんな時も変わらず街に向かって端正な姿を示してくれている。
そんなんが嬉しくて、有り難くて、リスペクトを込めて描いてみました。
この花屋のある三叉路には、やはり街の誇りであるパン屋があって、街の人間交差点であるコーヒー屋があって。
そんなみんなの頑張りは、街で生きる人たちにとっての灯台のようなものなんだと思っている。
今日はそんなお店のスペースをお借りして動画撮影。
家に籠らなきゃならないオトナにも子どもにも、家で絵を描く楽しさを伝えられたらいいな。
イラストレーションってものがこの世にあることを知ってもらい、もっと楽しんでもらえたらいいな。
なんて願ってやってみたけど、語ろうとしていたこと全ては語れず、、
至らぬところは編集の力に頼るしか無いぜ、、
こうしたことは本来人と向き合いやることを原則としてやってきたこと。
そもそも異常に照れ屋なオレがなんで人と向き合ってきたのか。。
諸々自己矛盾を抱えながらも、ひとつ言えるのは「カッコつけてる場合じゃない!」
もちろんギスギス言葉の投げ合いなどしてる場合でも無く、自分の手元で出来ることはなんでもやってゆかねばと、その後も何人かの人と言葉を交わした1日。
息子は学校から出された時間割で家勉に明け暮れ、ガクッと寝落ち後、いつもより大きな寝息を立てて寝ている。
この世代にも大きな負債がのしかかってくる未来。
自分の生きる道は自分で切り開いてゆける人になってもらわねばならないし、それでも困難に行手を阻まれたら、例えば、たった1本でも紙に思いっきり線を描いた喜びの記憶が有れば、それは困難なを乗り越える力になるんだろうと、自分の拙い経験からでしかないが、確信的に思っているのです。

などと熱く語ってしまったが、明日花を描くためのボードが無い。
通販で購入済みだが、現場の手が回らぬそうで届かない。
しょうがねえ、過去作を潰すして描くのだ。


2020年4月28日


休校58日め。
近所の薔薇を描き、しかし、夕日が綺麗だったのでコレではダメだと思い、
潰して、描いて、潰して描いて、わけわからなくなったところで晩メシでした。

いつも描いている木のボードのストックがなくなり、仕方ねえ、
過去にオレンジページの肩こり解消特集の際、ミレーの落穂拾いのパロディで曲がった腰をストレッチしている農夫を描いた絵を潰しました。

その辺のスタートからして熱量高すぎたかなあ、、

そして改めて、薔薇のような花より、その辺に咲いているペンペン草みたいなのが性に合っているのだと気づき、夕日以前の絵でも良かったのではと気づき、覆水は盆に帰らぬことも、今日の夕日は今日だけのものなのだととも気がついた、有り難き1日だつたと、自分に言い聞かせています。

息子は学校から示された時間割りで勉強しているので、今日も詩の時間は作らず。
これもまた仕方ない。その分夕日が綺麗だったのだ。

2020年4月29日


休校から59日め。
1日バタバタとしてしまったので、3年前の5月に初めて行った会津若松で見たムラサキツメクサの絵をアップ。

この季節の会津の色彩の、てか、光の美しさに対して、俺の絵は全く追いつけていない、、何が足りないのだろうなあーと考えていたら3年経っている。

ただ、この3年で深まった福島とのご縁、出会った多くの皆さんから得たもので、今生かされているいる自分てものもある。

だからやはり美しいものを作ってお返ししてゆきたいのだが〜〜、、
そんなこんなは全て日々の積み重ねの先にしか無いのだ。

息子は日々色んな情報を手にし、理解できぬものはなんでも聞いてくる。
たとえば、トランスジェンダーは男性と女性以外の性別なのか?
もしくは、北方領土はどうしてこうなってしまったのか?
それに対して必死こいて答えます。
わからぬことがあれば一緒に調べます。
それでもわからなければ、考え続けようと話します。
今日は界面活性剤について調べ倒しました。
そんなわけで日々あっという間に過ぎてゆきます。

そんな中、小山薫堂さんのスタッフと必死こいて構築したプロジェクトが動き出しました。
会いたい人に会えない今、手紙を書いて送ったらどうだろうかって企画  
#手紙にしよう
https://andpost.jp/project/tegami.html
くわしいことは後ほど。
リンク先に飛べる人は、まずは掲載された絵を楽しんでみてくださいね〜


2020年4月30日


息子休校60日め。
4月30日、ベランダの復活咲き菜の花がこの4月の希望だったなあと、さらに成長した姿を描いておきました。
(インスタだと全体を見てもらえず残念、、)
色んな花の名前を覚えた息子、今日はカタバミがかわいいね〜と。オヤジとの会話をそのまま詩にしてみました。
朗読では「ばみ」の部分をしっかり発音した方が伝わるぜ、なんてアドバイスするも、そんなのわかってるって顔するばかり。
もはや師匠だね。
リフティング練習中に通りがかった同級生のお母さんに「大人っぽくなったね〜!」なんて言われるが、そりゃそうだろう、家ではカーチャンに続く地位。
学校に通っていたらまだ子どもでいられるのだかなあ〜。
もしくは、俺が聞いていたコリーヌ・ベイリー・レイに興味を持ち、ならば彼女の前夫が亡くなった直後のアルバムも聞かせると、なんか切ないねえだって。
もしくは、台湾の客家の若者たちの音楽に興味を持ち、そのリズムが気持ち良いとかね。
学校の「学習」は心配かもしれないけれど、2020春ならではの学びが将来どんなふうに生きて来るか楽しみ!
iPadに入っていた昆虫冒険ゲーム、バクダム2のストーリー展開に涙している10才くん。

インスタ> https://www.instagram.com/p/B_m9sRBFYEv/


2020年5月1日


休校61日め。
そして5月。夏蜜柑の花が咲きました!
2週間ほど前に白い蕾を見つけてから、息子に変化してゆく香りをかがせたりしつつ、今か、今かと待ちわびて今日。
開花したのは三輪ほどだったけど、ともかく開花の喜びに取り乱した一気描き。
これからさらに花が開くのを追って描いて行くつもり。
今日は休校がさらに5月31日まで延長となり、気持ちをリセットしなければと思っていたら、息子がロボットを作るって。
10歳だと今まで以上に技術的なアドバイスが出来る。
カッターの上手い使い方とか、ボンドの適宜な貼り付け時間とか、水張りテープの活用とか、絵の具の塗りやすい水分量とか、どうしてもベランメイな職人口調で語ってしまうも、本人は映像研の浅草氏に心酔しているので、なんだかとてもコミュニケーションがスムース。
で、そんなやりとりを超越した、10歳のデザイナー資質を感じさせる引き算のクリエイティビティに、初夏の笑みがこぼれちまうわいねえ。
ロボくん、いい顔だあ〜。


はじめアトリエに息子を招き入れ、それぞれの仕事をしていると、俺にも良いインスピレーションが湧いてきて、3ヶ月ほど触っていた絵が一気に「絵だ、」と俺に呟かせるフェーズに駆け上がった。
そんな輝かしき気持ちのまま黄金のロボットくん、夕陽に晒して見たら、なんだか切なく美しかった。
ところで、経済活動が極端に抑えられているからだろう、東京の空気がとても綺麗なことを肌で感じた2020年5月1日。
そんなもん感じてる場合では無い人ばかりの今だが、しかし、この空気の気持ちよさは、こここら未来を生きるための何かの基準として記憶しておけたらいいなと思った。

インスタ> https://www.instagram.com/p/B_pf0oslomX/

2020年5月2日


休校62日め。
息子と昼メシを買いに近似のアルゼンチンサンド屋へ。
昨日気がついた「今の東京は空気が綺麗で、目に入る草木が美しく見える!」ことから、家からわずかの距離だけど、道端で目に入る草花の名前を呼びながら歩いてゆくと、アゲハを発見。
これくらいのことを思いっきり喜んでくれる息子。
その視線を追いかけることで、俺が見過ごしてきた美しき構図を多数発見。
そして、アゲハが蜜を吸うこの花の名前を知らぬことを知る。
今日はRCサクセッションというバンドをやっていた忌野清志郎さんという人の命日であることを教える。
そうそう、清志郎さんはこの街の坂の途中にも住んでいたんだ。
その人がどんな人だったかの問いには、
人が無関心でいることを許せなかった人。
そう伝えてみた。

朗読は、今日ばかりは親のエゴだ。
ごめん、息子。
インスタ> https://www.instagram.com/p/B_sWK4-FoEf/

2020年5月3日


休校63日め。
風の強い日曜日。ベランダでポチポチ咲いている野イチゴの花が吹き飛ばされそうだったので、これは描いておかねばと、狭いベランダで強風に争い筆を走らせませた。

この花、なんだか息子っぽいなって、放って置いても次の年また鼻を咲かせてくれて、毎年ささやかな喜びを届けてくれる花のありがたさ。
この後花がひとつ散ってしまったのだが、、

今日は寝起きから出来る限りメール連絡。
いろんな人の今に触れておくことで、いろんな人とのコミュニケーションを豊かにつないでゆく力に変えられたらいいなと。
そうしたことで1日の半分は過ぎてしまうも、焦ったってしょうがない。

窓の外からグルグログラグロみたいな鳴き声が聞こえてきて、これはカラスなのか、それともなにか他の生き物なのか、そんな家族となんちゃーない会話で、ほぼ呼吸できる。
が、季節が晴美から初夏に変わ流タイミングで、鳥たちのの鳴き声が変わること語る俺の顔は、ちょっと偉そうではなかっただろうか。。

でも、この季節の明け方に「好きだ!好きだ!」連呼する小鳥がいること、「ギリギリギリギリギー」とネジを巻くような音を立てる小鳥がいること、みんな知ってるだろうか?

オレは知っている。


息子の学校が休校になったので。8週め

2020 年 4 月 28 日 火曜日

2020年4月20日

休校50日め。
カミさんが宮城県塩釜の千賀ノ浦産のワカメでスープを作ってくれたので、
生産者さんである共栄丸水産さんのSNS見たら、塩竈神社の塩竈桜開花のポストに出会い、
2013年春に共栄丸さんと描くことを約束した塩竈桜を描くことに。

しかし、描くの難しい!!

「描いて」て言われたから、塩竈まで見に行ったんだけど、
あまりの豪華さに圧倒された7年前のGW。

いつも描いているのが、その辺に勝手に生えているような花ばかりで、
こんな豪華な花を描くマインドが揃っていない、、

そもそもこんな「この世のものとも思えぬ美しいもの」を
誰にでも「しおがまざくらだ!」と思わせる術を持ち合わせていないのだ、、

だから、どう描いたら良いのかの答えが分からない。

ただ、描かないでいれば失うものばかりだろう。

今までの価値観じゃ語れぬことばかりの今、ともかく描いてみた。

そんなだから、息子が学校で教科書をもらってくる日だってこと、忘れていたよ〜〜、、


2020年4月21日

学校休校から51日め。
昨日1日雨に濡れてた釣鐘水仙を描きました。
別名シラー・ヒスパニニカ、もしくはシラー・カンパニュラータなんて名前もあるみたい。
元々は自生種として、ヨーロッパやアフリカの温帯地域に分布していたとのこと、見た目以上にタフな植物のなのだろうかね。

ともかく、雨に打たれている姿がセクシー。

カミさんの務める保育園も休園になり、息子ケアは1人でやっていた時より分散されるが、もはや1人でやっていた1ヶ月ちょいの感覚が、日々変わってゆくコロナの状況で上書きされて、遠い昔のことのよう。

ともかく必要な人とのコミュケーションを重ねていると、1日はあっという間。

みんな初めての経験の中で不安も恐れも戸惑いもあるだろうから、
ともかくひと言ひと言を大切にしたい。
のだが、このスピード感に振り切られぬようしがみついてゆかねばでもある。

そんな中、息子とのテレビ体操だったり、リフティングの練習の時間はめちゃくちゃ気分転換になり、救われる〜。

今日も通りすがりの方とたくさん挨拶を交わしたし、
リフティングも新記録の37回。
よしっ。

2020年4月22日

学校休校から52日め。
息子と学校に教科書を取りに行く道端に咲いてたノゲシの花を描きました。
花も描いたけれど、その逞しい茎や葉も描かねばと思わせるノゲシ。
田舎に暮らしていた時は「その他大勢」の雑草のひとつとして、
まったく意識を注がずにいたのだけれど、東京で出会うと「よくぞここで逞しく生きているなあ!」と。

外来種とは言え、かなり古くから日本に入って来たみたいだし、
タンポポと同じく食えるらしいし、
だからといって、スゲー豪華でも、スゲー可憐というわけでもなく、
ここに居て当たり前みたいな顔をしているのが、
ミッド・コロナな今、何故か頼もしく思えるのだ。

新型と言われるものも、いつか当たり前になる時が来るのだろう。
そう言えるよう、やることやっておかねばだね。

そんな今日は、上海からの電話で中国でのコロナの今を知り、
夜は息子の親御さんたちとzoom呑みで子どもたちのことを情報共有。
信頼おける人たちとの会話で共通していたのは『大切なのはコミュケーション』そのためにやれることはやってみる。
システム構築を待ってでは手遅れになることばかり。
うん。

2020年4月23日

学校休校から53日め。
近所の石段の途中に咲いているハナダイコンの花を描きました。
子どもの頃はほとんど見なかったはずだけど、
27年前の3月に群馬の実家が焼け、
東京から駆けつけた時、駅の土手に咲いているのを見て、
初めて記憶に留めた花。

なのでこの花を見ると、東京と群馬を往復した日々を思い出す。

バブル崩壊直後で、家族のケアで仕事どころでもなく、
その年の収入は150万円くらいだったはずだけど、
焼け出された家族のことを1番に考え、
自分は絵を描くことや音楽に生かされ、
しかしどうやって生きていたのだろう、、
ともかく無我夢中で今ひとつ記憶が定かでない。

ただ、空を見上げたり足元の花を見たりすることで繋ぎ止めていたものはあり、それは今に繋がる。

今息子にその辺に咲く花の名を教えているのは、
そんな経験からなんだろうなあ。

通り雨の後、家の前は眩しい西日に包まれ、
息子はリフティング記録更新8回!
10歳の「うおー!やったーー!」の雄叫びに
今は生かされている。


2020年4月24日

学校休校から54日め。
夕方に学校再開が数日伸びる連絡が入り、
ボクも先日描いたヤマボウシがハナミズキであったことで、
あらためて路上のハナミズキを観察して描きました。

夜の街に揺れるハナミズキ、色っぽいです。

デビュー前夜の一青窈さんは、ボクが主催していたCLUBイベントで、深夜にピアノ伴奏だけのハナミズキを歌っていた。

9・11直後、ボクの周りのシンガーは脊髄反応的に唄を作り、
ボクの作る場所でうたっていた。
世に出た曲もあれば、ボクたちで大切にし続けている曲もあるが、
表現出来る場所があることの意義を確信し、
その時の経験はそのまま今も生かしている。

カミさんが仕事に出た今日は息子との時間ガッツリ。
公倍数とはなんだと聞いてきたのが始まりで、
公約数、最大公約数、自然数、などの違いを調べたり。
日課のリフティングは新記録9回で、
トーチャンは記録更新出来てないねぇと生意気口を叩く。
くそー!

向かいのおばさまにLINEの使い方を教えたりしていたらもう晩めし。

カミさんが鹿児島の友人に注文した、豆腐や薩摩揚げやガンモが美味くて、
明日は鹿児島を描こう。

風呂から上がってきた息子が、切られた桜の木を思い出したと泣き出した。
休み注文何度かこうして桜の木を思い出して泣いている。

今日の詩は、息子が生まれたばかりの頃に作ったものを加筆。
最後の方が間違えているけど、まあいいや。
insta> https://www.instagram.com/p/B_XlLyXFRpY/

2020年4月25日

息子休校から55日め。
前回描いてから13日後のベランダのワスレナグサを描きました。
今日は花がいつく咲いたとか、花がひとつ散ってしまったとか、
日々のワスレナグサをめぐる息子との会話がありがたい。

だからまた描かなくちゃと、絵具をベランダまで持ち出して描いてみると、
いつも以上にスッと描けてしまった。

こういう絵は世間からスルーされちゃうんだけどね、
このなんでもなさは絶えず目指すことであり、
もっと言っちゃえば、人にとって水や空気のようなもの、
描いたことさえ忘れてしまうような絵、
そんなんを作れるようになりたいんよね。

4月最後の土曜日、
息子はオンラインのプログラミング講座があったので、詩の朗読はお休み。

サッカーのリフティングは、ついに10回!
やったーー!と住宅街に響き渡るオッサンと息子の声。
が、オレがビデオを回すと上手くゆかない、、

まあそんのヘッポコも含めての毎日。

家は子どもの居場所であることが1番。
学習のような達成の現場との線引きを、
日々オナラ混じりの会話で確認し合っている2020春。
いや、もはや初夏。
明日の東京は25度まで気温が上がるそうな。


2020年4月26日

休校56日め。
2月20日に池袋で買って、
池袋の絵のセッションでみんなで描いた菜の花の切り花。
家で花が散るまで飾って、その後プランターに挿しておいたら、
ここ数日で新たな芽をつけ、本日開花。

うれしいねえ〜!

菜の花が咲くことは、こんなにもうれしいことなんだ。

2月20日に描いた絵は21日にインスタとFBにポスト。
その時書き殴った言葉で今を乗り切っている自分があるかも。
https://www.facebook.com/amigo.koike/posts/2728894740497321

その時一緒に描いた仲間たちも、それぞれの場所で描き、ファイトしている。

よーーっし。

リフティング、今日はオレが記録更新38回。
insta> https://www.instagram.com/p/B_cr3RPFeuS/