‘SOUL’ カテゴリーのアーカイブ

個展「東日本」2021

2021 年 2 月 11 日 木曜日

「東日本」
小池アミイゴ 2011年3月11日からの展覧会
2011年3月8日(月) ~ 17日 (水) _日曜休み

open : 12:00 ~ 19:00 _最終日17:00マデ

space yui (スペース ユイ)
〒107-0062 東京都港区青山3-4-11ハヤカワビル1F
http://spaceyui.com
TEL:03-3479-5889
12:00 ~ 19:00 (Last day ~17:00)
日曜休み _Closed on Sundays

東日本や日本、台湾の客家の美しき風景や花、人の暮らしの記録。

*在廊等の情報は逐次こちらで更新してまいります。

東日本で出会った景色や花や人の暮らし。

東日本に出会ったからこそ見ることの出来た日本。

そうした視線が導いてくれた台湾の客家人の暮らしや文化。

それらの経験が与えてくれる今自分が生きる場所。

答えを求めず歩いた10年は、今はもう次の10年を目指し進んでいます。

その歩みを支えるグイッと踏み込むことの出来る足場のような絵を、
愛しきみなさんと共有出来る展覧会を創れるよう尽力します。

2011年3月11日。
日本遭受了史無前例的災難,稱為“東日本大地震”。


我在“東日本(higashi-nihon)”遇到的風景,鮮花和人們的生活。

自從認識”東日本(higashi-nihon)”以來,我可以看到日本的美麗外觀。

從這次經歷中,我享受了台灣客家人的美好生活和文化。

我意識到“你現在住在哪裡?”

在走了10年而不問答案之後,我的目標是未來10年。

我們希望這個展覽會為您邁向未來十年提供幫助。



光明学園で花の絵の展覧会

2021 年 1 月 15 日 金曜日

世田谷区梅ヶ丘にある都立光明学園のギャラリースペースを使った
花の絵の展覧会が始まりました。

題して、
小池アミイゴ花の絵の展覧会「小池花店」梅ヶ丘支店
光明でてんらん会のDMをわたしたら、
みんな「2階なんだ…」と淋しい顔するので、
こいつはここでやらなきゃだ!と思ったのだ。

去年の夏から冬にかけて子どもたちとセッションを重ねた
光明学園での壁画プロジェクト。

肢体不自由な子どもたちが通う学校で、
やれること、やるべきことをやって、
「やってよかったね〜!」と声掛けあえて、

「実は年末に花の絵の展覧会があるんですよ」と、
学校関係者に展示のDMを渡すと、

「あ、成城学園でやるんですね!」と喜んでもらい、
しかし、
「ああ、2階なんですね。」「エレベーターとかついてないですよね、、」と、
寂しい顔されちゃってね。。



そりゃそうですよ。
子どもたちとあれだけ密に関わり絵を描いて、
「よい壁画できたね!」なんて言うも、
自分の展覧会に来てもらうにはあまりにもハードルの高い2階への階段、、

花の絵などという他愛も無いものなんだけど、
それでも今一番見てもらいたいのは一緒に絵を描いてきた子どもたち!

くはーーー!!
アートだイラストレーターだなんて言葉の上に胡座かいてる場合じゃねえ。

「じゃあ、光明学園で展示しますよ!」と。

光明学園の新校舎には車椅子でも安心安全に利用することの出来る、
緩やかで長いスロープが1階から3階まで造られていて、
去年から子どもたちの作品を展示するギャラリーとして利用されていて、


その一部を利用させていただき、
花の絵を展示できることになりました。

壁画の時もそうだったけど、
情熱のPTA会長さんとその仲間たち、そして判断の早い校長先生、
その他、子どもたちのセッションを通して信頼関係を高めてくださった先生方、
みなさんの力が結集された形で実現。

『都立学校』という現場でボクのような部外者の展覧会が、これだけの規模で、
こんなん出来るのか!?

前例とかまったくわからないけど、
ただ必然を言葉にして交換していったらこんなん出来た。
です。

なにより、
子どもたちの作品と自分の絵が自然と寄り添う空間。

ああ、もう、これからの展示って、
すべてこんな形で作るべきじゃないかって思えるほど美しい。

そして、子どもたちがこの試みでなにかを得ることと共に、
この現場に関わる人たち、
日々子どもたちの教育と介助に奮闘する皆さんがなにを思い、
感じ、考えてくれるかだなあ〜。

迷惑に思う人もいたっていいと思う。

ただ、自分は目に見えるものを作る仕事をしているので、
前例の無い現場であろうと、まずは目に見えるものを届け、
そこから会話を始めてゆきたいんよね。

世の中安易に作れる書類作成ソフトのおかげで、
まずは体を動かし確かめるべきことでも、
大量に文字がタイプされた書類の指示待ちなんてこと多すぎやしないだろうか。

でもそこに花の絵がひとつでもあれば、
かしこまった言葉では無く、生きるのに足る言葉で、
生きるのに必要な考えの交換がスムースに出来やしないだろうか。
なんてね。

今回きっと、自分が作ったものの中でもとびきり美しいものが作れたように感じています。

それは、
肢体不自由と言われる子どもたちが安心安全な気持ちで移動出来る、
緩く、長く、美しいスロープが造られたことの上にあります。

そんな場所があったから、ボクと学校の皆さんの前向きな会話が生まれた。

逆もしかり。

ボクが他愛も無い花の絵を描き続けてきたので、
都立高校で展示する会話を作れた。

今から10年、20年未来に向けて、
ちょっと面白いことをやれているような。

ただ残念なのは、
都立高校で、COVID-19感染拡大もあり、
一般の方は見ること出来ません。。

その分は、3月の個展で出来る限りのことをやろうと思いつつ、
こうした展示、病院でやれたらいいな〜。
てか、やらねば!
です。


118ヶ月め

2021 年 1 月 11 日 月曜日

今日は2011年3月11日から3,594日
513週3日
9年10ヶ月
118回めの11日です。

Facebookにアクセスしたら、
2013年1月に撮影した蠟梅の花の写真が上がってきました。

家のキッチンの窓辺に一輪挿しにしていた蠟梅の花の開花。


震災から1年10ヶ月め、
8年前の自分はこの花になにを見たのだろうか?

当時描いた風景や花の絵を見返してみると、
今作っているものと比べて混乱や迷いを感じるものばかり。

そもそも何を見れば良いかの視線が定まっておらず、
しかし、見るものから何かは感じていたんだろうな。

自分の「わからない」には気づいていたはずだけど、
「わからない」は分からないまま、ともかく絵は描いておかなくちゃって、
勢いにまかせ描いた花や風景の絵は、やはり自分らしい弱い顔してる。

ボクはこの蠟梅の花を見たあと、
何度めかとなる東北へのフィールドワークに出るのだけど、
そこで出会った人が「被災」というものの輪郭を明快にしてくれ、
そこからゆっくりと関係性を深めることで、
さらなる人との出会いを手にしてゆけた。


そうすることで少しだけ自分の絵というものが形になり、
そうすると今度は絵が新たな人との繋がりを作ってくれる。

2014年の2月には2度めの開催となる「東日本」という展覧会を作ったけど、
それがスタートラインとなって生まれたことは多く、
それは「あれから10年」と言われる今も続いていることだし、
たとえば、新型コロナの感染拡大などという事態の中での行動の指針にもなってくれている。


8年前に家で見た蠟梅の花は、
なにがあろうと繰り返す命の循環なんてものを確認させてくれたと共に、
ボクに「人に会いにゆけ」ということを伝えてくれたのではないか、
などと思う「あれから10年」と言われる今。


今は人に会いにゆくということがはばかれる状況ですが、
ならば、あの時の自分を振り返り、
あの時は言葉に出来なかったこと、
絵にしきれなかったことなど形にしてゆく時だろうな。

良いものをしっかり作ってゆき、
愛しき人たちとの再会がより美しいものなればいいなと願うのです。



あれから10年。
「被災者」とは「困難を共有出来る友人」であると勝手に思い始めていて、
その考えはここからさらに10年先の未来に続いてゆくイメージでいます。

2021明けましておめでとうございます。

2020 年 12 月 31 日 木曜日

あけましておめでとうございます。

が、
「おめでとう」という言葉が上手く出せない気持ちであります。

「おめでとう」と心から言えるよう、
抗い難い困難に覆われた世界の中で自分の日々はどうあるべきだろうか?
抗い難い困難に負けることなく考え続ける1年にしようと思います。

2月10日に自作の絵本が刊行されます。

3年数ヶ月をかけて作ってきた1冊。

男の子がおとうさんと声をかけあって行う小さな冒険の物語は、
東日本大震災以降出会ってきた美しきものを血肉にし、
2018年春に自身の父を失う経験も挟み、
コロナ禍での生き方なんてことも考え抜き、
しかし、ただただ子どもが居て良い場所として作りました。

2月10日から3月2日まで原画展を神保町のブックハウスカフェで開催します。
その後もこの物語を必要とする人のもとへ、
これまでのように”身近に”ってことは出来ないかもしれないけれど、
1人ひとり手渡しするつもりで届けてゆこうと考えています。

そうすることで生まれる会話にこそ、
こんな時代を生きる力が埋まっているのだと信じています。


3月8日からは6回目の開催になる個展「東日本」を青山のspace yui で開催。

2011年3月11日に考えたこと。
その後に出会ったこと。

それは10年たった今でも表現がまったく追いついておりません。

描けていないものばかりです。

その「出来ていない」を見つめることで、
次の10年を生きる、
10年後をより生きやすいものにする、
そんなことを実現するようなものを作ってゆくための現場にします。

自分の力不足を受け止めつつ。
しかし、やれることをやってゆく2021であろうと考えております。


116ヶ月め

2020 年 11 月 11 日 水曜日

今日は2011年3月11日から3,533日、
504週5日
9年8ヶ月
116回目の11日です。

アップした絵は、東京都世田谷区にある公立特別支援学校。肢体不自由者のための教育機関として日本最古の歴史を有する、都立光明学園の子どもとのコラボから生まれた花の絵です。

ボク1人の力では生まれ得ない「なにか美しきもの」に感動。
この感動は世の中をちょっと良い方に変えてゆく力になるんじゃないかと、
壁画完成まであと少しの今の言葉を綴っておこうと思います。

きっかけは今年の元旦。
行きつけの店で隣に座った方が、この学校のPTA会長さんを勤められている方で、お子さんのことも含め、福祉とは、教育とは、表現とは、愛だの恋だの酔いに任せて語ったことから、ボクと光明の子どもたちとで何か出来たら面白いね!なん盛り上がったことから始まりました。

が、その後新型コロナ感染拡大で足踏み。

夏が始まるころ、あらためて校長先生はじめ学校関係のみなさんとミーティング。
コロナで何も出来ないって状況を突破したい意思が集約されたのでしょう。
来年取り壊しとなる旧校舎の壁面に壁画を作ろう!と、発想は一気に飛躍。

そこには、ボクが暮らす街で出来ていること、
地域と学校とPTAと関係企業と子どもたちとボクとで制作している壁画という「見えるもの」「シェア出来る発想」があったことが大きかったと思います。


学校業務を終えた後、わざわざ梅ヶ丘から代々木八幡まで壁画を見に来てくれた校長先生はじめ教職員の皆さん。
その熱心な姿勢に、肢体不自由と言われる子どもたちとどこまで出来るのか、不安を伴うプレッシャーを感じた、なあ〜。

が、そうした感情は教職員さんたちとの何気ない会話がほぐしてくれる。
子どもたちと日常を過ごすプロの力に、甘えるところは甘えれば良いと実感。

事前に美術担当の先生方とのワークショップを開催させてもらい、
ボクが子どもたちの何に感動してこんなことを続けているのかを共有出来たことも、その後の現場での力になったはずです。

ともかく一歩一歩、必要な会話を積み上げ、しかし、蹴散らしていいものは蹴散らせる。
そんなことが可能な関係性の足場造りをまず。

そして子どもたちとのセッション。

歩けない、立てない、手が思うように動かせない、発語が思うようにいかない、病弱で病院での療養を続けざるを得ない、などなど、子どもたち1人ひとり目に見てわかる違いがあり、その上でさらに1人ひとりの個性や表現の違いを壁面に集約させる。
って、どうやるんだろう??

ともかく、壁面に立てぬ子どもたちとは、10メートルと5メートル2枚のキャンバスを用意し、
出来ないことを出来るようにするのでは無く、
出来ることを出来るだけ表現してもらうセッションからスタートしました。

最初は破壊でいいやってね。
見た目大きな破壊でも、小さな点1つでも、子どもたち1人ひとりの「出来る」はめちゃくちゃパワーあることを確認。


そのうち気持ちの良い「なにか」が見えてくる。
そうなるまで待つ作業。

「布の上にペンや絵の具で描こう!」
そう伝えた瞬間に、実は「自由」というものに拘束がかかる。
だったら、絵の具を一本絞り切るくらい好きにやったらいいぜ!
だ、なあ〜。。

アクリル絵の具”リキテックス”でご協力のバニーコルアートさん、
心強いっす。。

光明学園の授業時間で行う作業です。

1コマ45分で中学生のクラスから小学校低学年のクラスに変わり、
次は高校生がやって来るとか、、
いつもは子どもたちが飽きるまでお付き合いするボクのスタイルは、
この現場で行うことが出来ません。


しかも、1人ひとり出来ることが違う。
(これに関しては、健常と呼ばれる人も同じなのだが〜)

1コマ数名から十数名まで、参加人数はバラバラな中、
1人ひとりの個性にも健康状態にも注視しコミュニケートする45分。
そんなのを、1日に4回繰り返しす日もありました。

45分はうっかりしていたら戸惑っているだけで終わってしまう長さです。

でも、自分か彼らが生むものに先回りした価値を求めない限り、
一瞬一瞬に目の前で起こることは、とてもエキサイティングな喜びに溢れたものとして、心の中に飛び込んできます。

そしてボクもやりながら学んでゆく。



体に不自由のある子どもたちには、マンツーマンで先生が付きます。

日頃から子どもたちと接している先生方の介助は素晴らしく、
ボクが代わりにやれることはごく限られたものでしかありません。

もしくは、なにかひと言コミュニケートする場合も、
先生の翻訳のような行動を待つ場合もあります。


そんな先生方が大きなキャンバスの前で子どもたちを支える姿は、
基本、子どもたちを背後から支える形になります。

場合によっては複数の先生方がチームとなり、
支える人とコミュニケートする人との役割分担をしながら、
子どもたちをキャンバスに向かわせる態勢とります。


じゃあボクの仕事はなんだろう?

もしくは、介助を受けて筆を動かす子どもたちは楽しいだろうか?
そんな興味から、子どもたちと同じ視線の高さまで自分が降りていったら、
いや〜、世界が広がっていったなあ〜〜!

キャンバスに頬を付けたところから見るキャンバスの荒野のダイナミックな風景!
彼らはこんな風景を見ながら、そこで出来ることを真剣に、もしくは楽しい目つきして、出来る限りやろうとしている。


正直、先生の手助けが過剰に入る瞬間なんてのもあって、
その直前まで子どもがとてもいい顔してたりしたら、
「待ちましょう!」なんて叫び気味に伝えたりの失礼をしていた俺。

いや、でも何度「待ちましょう!」を言ったか。

あとは「ゆっくり、ゆっくり」とか「出来ないこと無理しなくていいよ〜」とか。

体の自由が効かなくても、たとえ指先がちょっと動かせるくらいであっても、
子どもが自分で見つけた表現の喜びを、ちょっとでも形にすることが出来たら、そこからどれだけの感動が得られるか!

今までものすごい数の子どもとの現場を作って来て、
そうしたことを頭でわかっているつもりでいて、
しかし、光明学園の15メートルキャンバスの9回のセッションで、
明快に気付かされた。


セッションの最初の方で、15メートルの中でボクがコミュニケーションを焦って描いてしまった女の子の顔が、最後のセッションまで所在無く放置されていたのだが、色ぬりの範囲を徐々に徐々にと広げてきた1人の女の子が、最後に塗る方向を変え、ボクが描いた顔に赤い絵の具をベタ。
さらに皿から絵の具をボタボタボタ〜と垂らし「やり切った!」て顔を見せた。

その瞬間作品が完成したという実感がドバッと湧いてきたのですよ。


5mキャンバス

すごいな〜、子どもたちの力。

そうしたことを、視線を子どもたちと同じ高さに置くことで共有する喜び。

アートなんてものに求められることは、まずは視線の共有なのではないだろうか?

そして、「介助」「コミュニケート」「共有」
この3つのワードから見える子どもたちの風景の違い。
その違いは悪いことでは無く、発想を前に進める力だ。

そして作業は屋外へ。

高校生とのリアルな壁の前での壁画制作。

・この前を歩く街の人がハッピーになる壁画にしたいこと。

・そのためには、自分で描きたいというものを思いっきり表現する必要があること。

・しかし、学校の勉強では無いから、上手いとか下手のジャッジは無いこと。

・ならば、オシャレであるとか、カッコいいとか、自分が元気になれる言葉で絵を描けばいいぜ!

みたいな呼びかけの元手を動かしてもらったら、
やっぱりハッピーなものが生まれました。



が、時間が足りず放課後、そして日を改めての3度のセッション。

初日は休んで、最後の日だけ参加した女の子が、
なかなかすぐにアプローチ出来なくていて、
先生方は「好きなもの描いていいんだよ」なんてお声掛けしてくれてたけど、
ボクは「無理してやる必要ないよ」とただ待っていたら、
細い筆に黄色い絵の具をつけて画面にポチっと。


5メートルくらいの幅の中に黄色いポチひとつ。

が、それが一気に画面に命を吹き込むような、絶妙なポチで。

いいね〜!って伝えたら、

「はあ、そうですか」と、ちょっと安心した表情で答えてくれた。

そこから、壁全体を制圧するような作業が始まるんだよ。

子どものポジティブなマインドが生むものは、なんちゃーないタッチ1つであっても全て美しい。


俺は何に立ち会っているのだろうか。

が、さらに、
学校にも通えぬ病弱な体質で、コロナの影響もあり人との接触が極端に限られる生徒さんとのセッションが待っているのだ。

「会うことの出来ぬ子どもたち」とどのようにコミュニケートするのか?

自信などまったく無いが、ともかく手紙を交換するように、絵を交換して作品にしてみようと。

まずはその旨をはっちゃけたビデオレターを撮影し子どもたちに伝える。
(先生方もだんだんとワルダクミ体質になってくれている!)

で、そよ風分教室(成育医療研究センター病院に入院)の子どもの元に先生方が赴き(今はコロナの影響もありオンライン)学習指導するグループには「自分の好きなものを言葉で伝えて〜」と。

そしたら、
良く消毒された紙にドラなんちゃらやピカなんちゃらやエバなんちゃらや、ラーメンやら鍋焼きうどんやら、、
はい、全部ボクがモノクロのシルエットで描きましたぜ!


裏面にひと言ふた言メッセージを添えて送り返してやったら、
うわ!

なんか見たことないタイプの絵になって帰ってきたぜ!


それとは別に、なにやらカラフルな絵が届けられる。

“病訪”と言って、各地に散らばっている病院に先生が赴いて学習指導をする、
もしくは”在訪”と言って、自宅で療養しながら学習をする、
(でいいのか?分類が業界用語すぎて把握しきれないかも)

そんな子どもたちには、
「気合の線一本を描いてくれれば、そこから発想を広げて絵になるかも〜」
なんて投げかけだったのだが、

気合の線と一緒に色まで着いたのが突きつけられた。

むむ、どれも素晴らしく完成しちゃってるじゃん!




で、裏を見るとビッシリ、
どんな思いでこれを描いたか、何が出来て何が出来なかったか、
ビデオで見たアミイゴという人は変な人だと思ったなどなど書かれている。


これは先生が子どもたちの手となりという作業ではあるけど、
そんなん26枚も送りつけてきやがって!
愛死にしてしまうぜ、、
その前に泣いてるぜ、、

しょうがねえ、アトリエで1人子どもたちが描いているものを見ていたら、
地球の重力から解放されたように宙に咲く花が見えた。

そうか、しょうがねえ、と、全ての絵に花を描きこむ。

それが自分勝手なものにならぬよう、
コロナ自粛の春に描いた100点の花の絵を広げた中でね。


会うことのできぬ子どもたち。
しょうがねえ、俺は思いっきり絵で語るのだ〜〜
むむ??
なんだか風呂に浸かった後のような気持ちになったぞ。
そして生まれた花の絵。

冒頭の絵も含め、なんだか見たことの無いものが生まれたぞ〜
それはとてもセクシーで美しい。

「肢体不自由」というワードの中から、
「セクシー」なんて言葉が浮上してきた作業は、
あと数人の子供とのセッションを経て、
11月30日に壁画として完成させます。

ボクはイラストレーターを名乗り活動を続けていますが、
その目的は、世の中のみんなが自分の意思でものを考え、
自分なりのハッピーを形作る手助けになるものを創ること。
なんだろうな〜と。

そうしたことは、震災以降の10年弱の中で、目に見える形として実感してきて、
そうしたものを必要としている人も視野に捉えていて、

そうすると、今までのイラストレーションのあり方って変えて考えて行く必要があって、
もちろんこれからもイラストレーターとしてイラストレーションの制作は続けてゆくけど、
イラストレーションという発想を社会にシェアし、使ってもらうようなことも必然的にやってゆかねばならないのだと考えています。

それがどんなスタイルなのか、まだわからないけど、
でも、光明学園の皆さんが暑い中わざわざ代々木八幡まで壁画を見に来てくれ、
そこで自信の学園で行うことに確信を持ってくれ、コロナの状況を突破するシステム構築の元、関わる皆さんがちょっとずつスキルアップを達成しながら、壁画制作を実行したということ。

そこにはほとんどボクが筆を振るってこさえたものは無いのだけど、
なんだか美しものに出会え、関わる人の良い顔に出会えるものが生まれていることが、うれしいなあ〜。

あらためて、
こういうことって、福祉や学校という現場に限らず、必要としている場所はあるんじゃないだろうか。