‘カフェばか紀行’ カテゴリーのアーカイブ

「セツブレンド」

2017 年 4 月 23 日 日曜日


15年くらい前になにかの雑誌に寄稿した「セツブレンド」というカフェを巡るエッセイ。
細部を手直しして掲載してみます。
写真は2015年11月10日。
「めぐみめぐる」という展覧会初日の朝、ランニングでタンバリンギャラリーに向かう途中で撮影。

『セツブレンド』

午前11時
「ガガガガ ガ ガー」とミルの働く音が聞える

午前11時15分 
鳴らされる鐘の音
3階のアトリエまで登ってきたコーヒーのにおい

季節は5月にしておく

ボクらは痩せっぽちのモデルから視線を外し
親指と人差し指と中指の間で火照った鉛筆を置く

2階のロビーへ

人とすれ違うのがやっとの階段は建物の西側にあり
窓に中庭の大きなポプラの樹が演出する木漏れ日が差すのは
午後1時を過ぎたころから

セツモードセミナーはまだ春の名残の朝の冷ややかさの中にある

階段は最後の4歩で右にカーブ
その先にコーヒーに並ぶ人の姿が見える

デッサンの合間に置かれた30分のコーヒーブレイク

コーヒー  100円
カフェオレ 100円

その隣りには
『下品な缶コーヒーはセツに持ち込まないでください』
と書かれた張り紙が見える

セツモードセミナーの通称『セツブレンド』

長沢節が「コレ」と指定したブレンド
長沢節が「コレ」と指定した深めの焙煎

両手の平で包んで余るくらいの大振りなミル
30センチの背丈のホーローのポットに移されたお湯
手鍋イッパイに温められたミルク

白髪のH先生の淹れた一杯がボクのお気に入り

バイトちゃんの落としたヤツはマズくて飲めたもんじゃない

コーヒーは人なんだと知る

ロビーは吹き抜けのギャラリーになっていて
大きくL字にとられた2階フロアの手すりはヒザほどの高さしかなく
『そこに座って足を投げ出すのがセクシー』とは長沢節の目論み

ボクらはそんなワルダクミとは関係無く
ひとりとひとりの心地よい距離を保ちながらコーヒーを口にする

ボクはロビーから外へ

中庭にはザクッと植えられた草花が野草のような顔をして
どこかから降ってくる初夏の風に煽られ揺れている

その影だか光だかがセツモードセミナーの壁の白さに揺らめいて
ボクらの揺らめく孤独と共鳴したり相反したりを繰り返す

そんな曖昧たる輝きに目を細め
珈琲をまたひと口

揺らめくボクら1人ひとりの孤独は珈琲の苦さと甘さに支えられ
確かな像を結び、かける。

ボクらは孤独であることを好ましいものとして受け入れ始めている

孤独でなければ気づくことのできぬ自分以外の孤独があることを
一杯の珈琲が教えてくれている

30分は30分のまま
再び鳴らされた鐘の音にかき消され
ボクらは30分前よりきっちり孤独になって
痩せっぽちなモデルの前に立ち
再びその痩せっぽちな線を追った

「弱いから好き」

1999年6月
長沢節はボクらにそんな言葉を残して逝く

ボクらはそんな言葉と引き替えに
100円のセツブレンドを失った

73ヶ月め

2017 年 4 月 11 日 火曜日


今日は2011年3月11日から2,223日め
6年1ヶ月
73回目の11日です。

3月17日から19日は
2年ぶりの岩手県の宮古へ。

小さな映画祭の企画のひとつとして、
ボクが描いた宮古の風景を中心とした絵の展覧会の開催や、
子どもたちとのワークショップやパネルディスカッションへの参加が主な目的。

描いた絵は、震災から6年と1週間後の朝の宮古湾。

閉伊川が宮古湾に流れ込むあたりの汽水域で、
水の流れが複雑な上に気まぐれな春風が細かい波を立たせ、
実に豊かなな光の表情を見せてくれました。

自分では「全く描けていない」状態ですが、
こんな風景を見せてくれた宮古で出合った人たちのことを思い、
今描けるものとして遺してみます。

そんな愛しさと表裏一体となり、
複雑な思いにも呑まれ続けた今回でした。

盛岡から106号線の山道を100km弱行くと宮古。
そのほとんどの場所で復興道路(?)の大規模工事に出会いました。

宮古へはバスでも電車でも車でも行ったことがありますが、
そこまで連なる自然の豊かさにも、
そこに道路や線路を通した人の執念にも畏敬の念を持ち続けてきたボクです。

初めての宮古
http://www.yakuin-records.com/amigos/?p=7333

2度目の宮古
http://www.yakuin-records.com/amigos/?p=8965

3度目の宮古
http://www.yakuin-records.com/amigos/?p=10098

4度目の宮古
http://www.yakuin-records.com/amigos/?p=11168

しかし、
2年前に宮古まで足の記憶がバッサリ削ぎ落とされてしまうような道路工事の圧倒的な迫力。

後で宮古の方に話を聞いたところによると、
今までは盛岡から車で2時間かかる「辺鄙」な宮古だったところ、
震災後視察に訪れたなにか偉い人が「もっと早く着くように」と考え、
1時間で盛岡と宮古が行き来する道路工事にGOサインが出たそうです。

その破壊力の凄まじさ、

だけじゃないな、

なんだろ?

もやもやする風景の違和感、、

寝不足の頭がさらにぼーっと、ある意味思考停止な状態に陥りながらも、
結局バスの車窓からの風景を見続けていました。

で、そうか!
これは台風10号の被害からの復興工事も並行され行われているんだってこと、
川沿いに沿って斜めに立ってる樹木や、
その根本に絡みついてる流木などを見て気がつきました。

震災の津波による無慈悲な破壊の風景。
それと変わらぬ、
もしくはそれ以上の破壊を閉伊川流域にもたらした台風10号の被害。

東京ではきちんと報道されていなかった自然災害のディテールを、
バスの車窓からというへなちょこな環境からではありますが、
見て知ることが出来ました。

自然の美しい風景を呑み込んでゆく新たな道路の工事。

そこに切なさを感じるのは、
この土地で生きていないボクの無責任な感情でしかありませんね。

なにかひとつ起これば、
甚大なる被害を受け入れざるを得ない土地での暮らし。

そこに生きる人にとって本当に大切なものはなんだろうか?

ともかく止まった思考をなんとか動かすことをしてゆかねばです。


宮古に着くと映画祭の現場へ。

宮古市の文化による復興支援プログラムチーム”ほっこりみやこ”主催の映画祭、
「みやこほっこり映画祭」

地元の有志や各本面で活躍する人たちが集い作られたコミュニティーシアター、
東北太平洋沿岸部で唯一の映画館だった「シネマリーン」を失ったことを受け、
造り酒屋であった東屋さんの築100年以上の蔵をリノベして造られた映画館、
その名も「シネマ・デ・アエル」を中心とした表現とコミュニケーションの現場です。

・シネマ・デ・アエル
https://cinemadeaeru.wixsite.com/cinema-de-aeru

わさわさわさわさ、人が蠢く感じで映画館が、ギャラリーが生まれている真っ只中に飛び込み、
ボクもギャラリーで絵の設営。

東京に暮らすボクが、震災後の宮古に「たまに」足を運んで、
かっこいいこと言っちゃったりもして、自分勝手に描いた絵です。

喪失の記憶なんてものがそう簡単に癒えるものでは無いこと、
ちょっとは理解しているつもりなので(その痛みはわかるはずないのだが、、)、
ほんとにプレッシャーのデカイ現場です。

専門的な知識や技術を持った方の手が入ってる現場とは言え、
やはり有志にの手によるワークショップ的手法で作られた空間。
目に見える不備もあります。

が、それがなんとも人間臭くて、
こういう展示って、ボクは基本孤独を持って取り組むのですが、
なんだろね、ずっと誰かと会話しているように設営を進められ、
結果、宮古の蔵の中ならではこその展示空間を創ることが出来ました。

あとは足を運んでくださる1人ひとりのもの。

多くのことを現場のスタッフさんに委ね、
会期を通して展覧会が育ってくれたらいいなと思いました。

今回映画館として上映されたのは、
「みんなのアムステルダム国立美術館へ」
https://cinemadeaeru.wixsite.com/cinema-de-aeru/news

そして、
宮古の津軽石地区の盛合家が遺していた昭和初期の暮らしの記録の映像
「盛合家の秘蔵映像」

なぜ??
なぜオランダの国立美術館が再建されるというドキュメンタリー映画を、
宮古なんていう土地で、せっかく1本の映画を上映するというのに、
なんでこんな一般的でないものをチョイスするの??

だよね、普通に考えると。

寝不足もきわまり、これは途中で寝ちゃうかもです、なんて言い訳をした上で見はじめたら、
面白い!
なんだこの映画、結局一度もコクリとすることなく見てしまった。

人が蠢き、なにか巨大なものを再建しようとしている。
映像の美しさが、古い蔵という装置の空気感とも宮古の北国の春の空気とマッチして、
ボクにとっては思いっきりエンターテイメント。

で、国立美術館の下が自転車専用道路として解放されているのを、
新装された施設ではどう扱うのか?

館長や建築家や行政やサイクリスト協会などなどの思惑が交差し、
スッタモンダの末、館長の辞任なんて事態の上、凡庸な折衷案に着地する。

ほんと面白い人間ドラマだった。

それと『昭和初期の今は失われてしまった田舎のコミュニティの歳時記的映像』の併映。

こちらは映像を止めては、お客さんとして集まっている地元のお年寄りに、
その場面の説明を記憶の中から掘り起こしてもらったり。

主催者のセンス、というか一種狂気じみた発想を感じる現場。

で、こんなソリッドなセンスの現場に「ほっこり」ってことば使うかぁ??
面白いとこに来ちゃったぞ!
です。

ボクがお願いされたトークセッション、
テーマは「アートによる地域作り」みたいな感じで、
同席させていただいたのは青森県立美術館などで活躍されてきた立木祥一朗さん。

 
「はじめまして」

だったけど、
氏が手がけた青森での奈良美智さんの展覧会、
吉井酒造煉瓦倉庫を使いボランティアスタッフと共に運営した
「Yoshitomo Nara + graf: A to Z」の話が聞きたくて、
特にどんなコミュニケーションで現場を作っていったか質問したら、

「狂気のひとりと出会う」

みたいな話に行き着いて、面白いかったなあ〜〜

これ一般的には勝手なコンプライアンスがかかって言葉にされないのだろうけど、
「ひとり」との出会いに内容される狂気じみた必然、
そんなのが面白くて、なによりもクリエイティブで、
ボクもそこを信じてやってきたことがデカくて、
立木さんなんて言ったらもう立派な経歴の持ち主なんだけど、
2人の間では「楽しい」が加速し、現場にそれが一気に広がっていったのがわかった。

そうそう、ボクも立木さんも「狂気のひとり」であるってことだよね。

う〜〜ん、これはやはり本格的に面白い現場だ!

ということで、夜の飲み会でその真実にせまってみたら、
これがやっぱとても面白かった!

なぜ「ほっこり」なのか?

それに強烈なアゲンストをぶつけるデザイナー。

受けて立つオーガナイズ側の有坂さん。

その有坂さんの考えに思いっきり共感。

ここではボクの考えに変えて言葉にしちゃうけど、
それは震災後に確かになってきたボクの価値観とも言えるけど。

カッコいい言葉で「わかってる」人を集めてる場合じゃなないぞ。

「ほっこり」に子どもやじーちゃんばーちゃんまでもが集まってくれる。
しかし、そこにあるものの質は高い。

カッコいいこと言ってなにか素晴らしげなものを啓蒙してゆくんじゃなくて、
今ある場所を風通しよいコミュニケーションのもと確認し、
そこから必要な未来をたぐり寄せてゆく。

そのためにも、もはやボクも「ほっこり」じゃなくちゃダメだーー!!
と実感した夜の狂気の酒席。

取材での同行者がふた組あったけど、
残念、ここは見ていないのだ〜〜〜、、

東京にもどり有坂さんからいただいたメッセージ

絆ブームがようやく終わったと思ったら、今度は「未来」という言葉がいろいろなところで溢れて、とどまってゆっくり考えること、復興に向けて進歩的でないことがなんとなく言いづらいような空気を感じています。また被災した地域の子供や若者ににこれからのことを聞くと、地域への貢献や担い手としての自覚や責任を口にすることが多く、それは良いことなのだけれど、少なくとも想像の上では自分の思うままの人生を創ることができる自由を、自ら否定してしまっているような考えを聞くことが多くあります。

うん。

東北の子どもたちは、シャイで、
しかし、きちんと段階を踏んでコミュケートすると、
そも心にはとても豊かな色彩を持っていて、
それが、もともと物事をしっかり考える気質や粘り強さと出会うことで、
東北人ならではの美を創造してゆけるんだろと思っていて、

先回りして未来を語っちゃう前に、
ボクのようなものがお手伝い出来ることはあるなと思ったし、
出来たら、これは余裕あったらってことかもしれないけど、
焦らずボクが恋した宮古だったり東北の魅力を再確認していってもらいたいな〜

東京にもどると、スタッフとして入っていた19歳の学生さんが、
彼女が暮らす「盛岡の魅力ってなんでしょう」なんてことをfacebookで投げかけていて、
多くの人がそれに真摯に答えているのに出会って、
うん、こういうイベントの意味はちゃんと若い人に手渡されているなと。

懇親会の席でボクが語ったダジャレをひとつ。

「シネマ・デ・アエルは、死ぬまで会えるということで、今後とも宜しくお願いいたします!」

そんな人間交差点を離れ、これまで絵にして来た場所、
まだ描くことの出来ないでいる場所をフィールドワーク。

現在造られている防潮堤の高さのイメージを言葉にすると、
新幹線の高架くらいの高さの壁が湾をぐるっと囲むってイメージ。

鳥はいいなあ〜

3度目となる田老地区にも足を運んでみました。

田老の駅に着き、同行の取材者から感想を求められましたが、
すみません、なにも答えられません。

簡単に言葉にしてはいけないことがあるなと。

それは震災後のわりと直後にここに来た時の風景と同じく、
防潮堤建設の始まった今の風景がボクに思考停止を求めてきたのでしょう。

言葉にすることで、
ボクは自分の言葉に縛られものを見てしまいます。

ボクは言葉で先回りする以前で、
その場所の距離感や気温、通り過ぎる風の質感を体を使って測り、
一歩出すごとに足の裏から頭の先に抜ける振動の変化を心に刻み
工事現場の音と波や海鳥の鳴き声のセッションに耳を澄ませたり。

そして、
美しさとは出会い頭にやってきます。

美しさの際に置かれたものは、
ただ見るだけにしておきます。

漁師のおっちゃんと一言二言

ここは住むには最高の場所だよ。

でも、歳とっちゃったからね、、

なんであんなもの造るのかね?

津波が来たらまず逃げることなんだよ。

昔の人が知恵を働かせ置いた逃げ場としての高台の神社。
そこから俯瞰した田老の港が思いがけず小さく見えて、
ちょっと心が動き出した。

そうしたら地面にへばりついて咲いている花を見つけました。

まあ、季節もあるのだけれど、
3度目の田老ではじめて花を見た。

いや、これはきっと漁師のおっちゃんが見せてくれたんだろね。

それだけじゃない、
宮古で食べたなんでもないものがみんな美味しくて、

こういったものを守ってゆくことの大変さを考え、
しかし、それ以上にその美味しさに触れるからこそ、
ボクのようないい加減な存在の者でも見えてくるものがある。

「被災地を応援」なんてことは出来ないけど、
その土地や人を愛することの炎を絶やさぬよう、
喜びをもって続けてゆけることは、見つけようとすればいくらでも見つかる。


アムステルダムの美術館の自転車専用通路の凡庸な折衷案と、
巨大防潮堤反対に対する「海の見える窓」の設置の近似値。

ボクがやるべきことは、少なくともそういうことじゃないよね!

なんてことを確信的に突きつけてくれた
あれから6年の春に宮古で出会った愛しき狂気の群像、
その1人ひとりがうれしい。

いや、実際キレイゴトばかりじゃないし、
大変なことばかりだろうけどね、
ほっこり愛と狂気を温めてゆきましょう!

今回この場所にボクを呼び込んでくれた田代さん。

あらたなスタートラインを見せてくれてありがとう。

またね〜!

ブーーッと県北バスは106号線を盛岡へ。

来るときは殺伐としたものばかりキャッチしてしまった風景だけど、

いやいや、
まだまだ深く美しいぜ、岩手!

またね〜、宮古

またね〜、盛岡

次の日ボクは熊本へ。
そのことに関しては追ってお伝えいたします。

そんな旅から戻ると、
やりきれぬ喪失の報がいくつか届く。

あれから6年の春。
ともかく今は絵を描きたい!

大阪池田のLargoでの展覧会はじまりました。

2017 年 2 月 20 日 月曜日


大阪池田のアートスペースLargoでの展覧会「東日本」と「とうだい」の原画展
2月18日より始まりました。

水曜日が休廊日で3月5日までの会期になりますが、
2階と3階のギャラリー空間をとても美しく仕上げられた自負しておりますので、
みなさまぜひ足を運ばれてくださいませ。


ラルゴさんでの展覧会開催はこれで3度め。

2013年の1度目の「東日本」の巡回
http://www.yakuin-records.com/amigos/?p=9168
2014年の2度目の「東日本」の巡回と「ちいさいトラック」原画展
http://www.yakuin-records.com/amigos/?p=10452
2015年3度目の「東日本」は巡回させず今回。

前回から2年8ヶ月。
「あれ、そんなに時間が経っていたっけかな? 」などと思うほど
毎回とても印象深い経験と人との出会いを与えてくれる場所。

今回もオーナーの遠田さんご一家、
とりわけお母様から絶大なるご厚遇をいただいての開催。

単に青山や横浜の巡回ではなく、
2017年2月の大阪池田にふさわしい展覧会にしなければと、
2015年の作品を交えた51点の作品で空間を創りました。


初日にはオープニングパーティーの代わりに「とうだい」の朗読。
これは遠田さんごご懇意にされている女優さんが勤めてくださり、
ボクはの「とうだい」の作画にまつわるトークの時間を設けていただきました。

が、
描いた絵を説明するのもヤボだなと、
集まった子供たちがゲラゲラ笑えることをやったり、
オトナに向けては絵を描くWS的な形で楽しんでもらいました。

設営からワークショップまでかなるヘトヘトになりましたが、
池田の人情商店街のギャラリーからクリエイティブななにかが生まれることこそ、
「東日本」なんて絵を展示する意味があるはずです。

で、展覧会の風景からちょっと。

2011年3月11日からそろそろ6年。

大阪池田の「東日本」と名付けた展覧会に足を運んでくださる方との会話の中で
「震災」と言えば「阪神淡路」であることが多かったです。

何人もの方とかなり真摯な言葉の交換をさせてもらいましたが、
今「阪神淡路」を語ることの健全さを痛感させられることばかり。

そこにはリアルな命の問題が含まれていたりしますが、
22年前の1月17日は未だに「昨日」であり、
しかし、いくつかのことは言葉に出来るようになってきた。

そこに「東日本」と名付けた絵があるからこそ出来た会話の意味は、
微力でしかないけれど、今度は東北に、熊本にとボクが持ってゆかねばです。


展覧会初日でわさわさとした中でも、
なんとか1人ひとりを見失わず、1人ひとりを肯定し接することが出来たのは、
やはり大阪であり、池田という文化の街であり、ラルゴという心意気のおかげでしょう。

ごく個人的な会話なのでその詳しい内容には触れませんが、
ボクはお一人お一人と交わした会話は「阪神淡路」に限らず、
お子様の思い病気のこと、ご自身の重い病気のこと、
イマイチ上手くゆかない日々のことや深い心の痛みのことなどなど、

「はじめまして」の方も多かったですが、
ボクの描いた絵や絵本をきっかけに語ってくれることで、
ボクが創ったものはさらに輝いてくれてるように感じました。

そういう1人ひとりのことに対してボクが何かをしてあげられるはずはなく、
(それこそご利益商売になっちまうぜ、、)
しかし、さらにこんな会話を重ねてゆけるための
人の想像の余地のあるものを創るモチベーションを高められました。

2月18日の池田に足を運んでくださったみなさん、
ありがとう。

Largoは3月5日まで灯台のようにして在ってくれます。

ボクは不在ではありますが、
みなさまはどうぞLargoに足を運ばれ、絵の前で言葉を交わすことで、
次に進むべき場所を確かめてくれたら幸いに存じます。

しかし、わずか2日の滞在だったけど、
青山と横浜の展覧会の20日分の人の情を浴びて
20日分ヘトヘトになったのは
やはり大阪という土地のなせる技。

東男はともかく働いて見せてナンボだなあ〜〜

で!
遠田さんのお姉さんが切り盛りする1階のカフェ
ミナツキでいただいた茶粥のセットが滋味深くておいしくて、、
ほんと、こんなん毎日食いたい!

うかがえばお姉さん、かなりお茶の研鑽をされたらしくて、
そんな心意気が味わいにちゃんと反映されていて、
そんなお店の軒先をかりて展覧会できていることに胸襟を正しつつも幸せを感じ、
東京に帰る新幹線に飛び乗ったのでした〜。

絵本「とうだい」原画展/「東日本」小池アミイゴ個展
2017.2.18(土)-3.5(日)

11時〜18時(最終日は17時まで)水曜休廊
http://ameblo.jp/artspace-largo/entry-12239019447.html

Art space Largo
〒563-0058大阪府池田市栄本町4-23 EINビル2F 3F
*池田駅より徒歩5分、1Fのカフェミナツキよりご入場ください。
Tel.Fax.072-737-5837
MAP : https://goo.gl/maps/jnB75ETbcXw

絵本「とうだい」や「かぜ ひいた…」、
「Peaceてぬぐい」の販売もしております。

珈琲美美のこと

2016 年 12 月 10 日 土曜日


ここ数年で描いている花の絵、
その着想は福岡の珈琲美美で得たものです。
http://cafebimi.com

福岡滞在中はなにかとワサワサ動き回ってしまうのだけど、
美美でひとりの静かな時を持つことは、
心を自分の中心に留めておくための大切なルーティーンになってました。

そして、ボクをそうしてくれる一杯の珈琲、
ボクもそんな珈琲のような絵が描けないかって思うようになってね。
美美にはいつも目利きの確かな絵や書の作品が飾られていて、
その日は油絵の具で描かれた珈琲色の花の絵が描かれていて、
あ!これだと思い、
初めて店主森光さんにお声かけし、
画集を見せていただき、
自分なりの花の描き方を想像し、
東京に帰って描き始めた2008春の日

そんな絵は大阪の喫茶店ロカリテの壁から始まり、
SHOZOのような名店も含め、
沖縄から青森まで、
震災も乗り越え珈琲の現場で展示され、

ボクはといえば、
やはり珈琲一杯をドリップするような情熱と静けさをもって、
その辺に咲くなんでもない花の絵を描き続けているのだけど、

なかなか、なかなか、
美美さんの珈琲のようにはいかないなあ〜とね、

憤りはあるけれど、
しかし、あの珈琲を思えばイラつくことも無く、
やはりポタリ、ポタリと花の絵を描くのです。

森光さんと言葉を交わしたのはその1度きり。

しかし、悔いは無い。

諏訪から名古屋へ

2016 年 12 月 9 日 金曜日

11月21日朝、新宿から高速バスを駆って長野県茅野市を目指しました。

JR茅野駅前の今井書店。
店主の高村志保さんが絵本「とうだい」に
並々ならぬ愛を注いでくれているのをネットを通して知り、
ぜひ会ってみたいと思った衝動旅。

わずかな時間でしたが、
高村志保さんの絵本に注ぐ熱い思いを浴びました。

ボクの仕事はこんなひとりに支えられているし、
こんなひとりに鍛えられるべきものだと、
同時にうかがった町の本屋さんの厳しい現実も含め、
帰ってきてからの仕事への気持ちが正された時。

高村さん、
今井書店の美しい本棚に出会わせてくださったこと、
そしてたくさんの愛をありがとうございました!

「とうだい」の原画1点を置いてきました。
12月一杯くらいは今井書店で出会っていただけますので、
みなさんぜひ「町の熱い現場」今井書店へぜひ!

茅野市電車で10分、
上諏訪へ。

廃材が若々しく生き返る未来の現場。
ReBuilding Center JAPAN へも「とうだい」原画お届け。

ポートランドが礎となる未来の発想の現場。
それを日本で展開するマインドの若々しさ清々しさにクラっときてね〜、
オーナーの東野さんとつい長話し。

リビセンのこと、そして東野さんたちスタッフのことなどは、
これから数々のメディアで紹介されるはずなので、
ボクが変に説明してしまう必要はないと思うのだけど、

東野さんとは今年5月にSHOZOで展覧会をやってる時に出会ったってことが、
ボクにとって意味深いことだと思うし、
SHOZOとの関係と同じく、焦ることなくじっくり付き合ってゆきたいと思っています。

そんな出会いの1日がうれしくて、
つい諏訪湖一周ランニング16km

自分の足で走ってみたら、
この土地の持つ力に思いっきり魅せられました。

あくる日の昼前に下諏訪フィールドワーク

3時間ほどでしたが、
やはり諏訪の魅力に取り憑かれかなりの距離を歩いたなあ〜

諏訪の御柱

人間の自然との共存
と言うより
人間は自然に含まれる

そんな哲学を感じました。

本来拝殿を持たぬ山の神様は、
森の木漏れ日や川のせせらぎや鳥の声などの揺らぎでもって
人間をトランスの境地に誘い、
そこが何かのボーダーであることを知らしめたんじゃないかなんて、

そして、ここから見る東日本が面白い!
(この辺はまたなにかのタイミングで言葉にしてみます)

日本列島の中央構造帯の真ん中で、
なにかを分かち、なにかとなにかが交わる場所。

わずかな時間の諏訪滞在だけど、
深い想像の時を楽しめた。
間違いなく、また来ます。

諏訪からは高速バスで名古屋へ
本屋巡礼、名古屋のメルヘンハウス

入店したとたん「アミイゴさん!?」

なるほど、キミか!
セツモードセミナーの後輩にあたる丈太郎くん、
日本最古の絵本専門の本屋の2代目として奮闘していました。

そして、
絵本に関する熱い思い、「とうだい」に対する愛、
ここでも全身で浴びることができました。

茅野市の今井書店もここも、
今原画を展示しているジュンク堂書店池袋店児童書コーナーも、
先週ワークショップでお世話になった湘南Tsiteの蔦屋書店の児童書コーナーも、
良い売り場は目が痛くない。

そして、売り場に立つ人の哲学が生きている。
ともかく美しい。

そんなマインドは森岡書店の「一冊の本を売る」という発想に集約されるんだろう。

そんな現場の1人ひとりが1冊の本をそれを必要とするひとりに手渡してゆく。

これからボクが作るもの、
そこには編集やデザインのプロが関わってゆくのだけど、
本屋という最前線に立たれる方とのコミュニケーションも、
作品に反映されるべきだし、
そもそもボクたちは同じ足場、同じ目線の高さで一緒になにかを創ってゆく、
そんなマインドを育ててゆかねば、
大切な場所や人はますます失われていってしまうんだと思いました。

で、メルヘンハウスから歩いてライブハウスtokuzoへ!

今年一番LOVEなアーティストYeYeのサイコーなアルバム「ひと」のレコ発ツアーLIVE。

かなりの直感をもって、
これは名古屋のtokuzoで聴きたいぞ!と。

答えは大正解!!

音楽と人に対する愛に溢れた、
そして食い物も一杯のハイボウルも当たり前に美味い現場で初 YeYe BAND

いい時間だったなあ〜〜

YeYe バンドのメンバー、
みんなバカチンでサイコーだったなあ〜

酔っ払ったなあ〜〜

あ!!高速バスの時間、、

バイバイまたね〜〜〜〜〜〜

っと、、
高速バス駆け込み、

う〜〜〜、きもちわり〜〜〜〜と早朝の新宿まで。

出会ったみんなーーー!
ほんと、またね〜〜〜!!

さあ、中2日で東北へ!!