‘毎月11日の備忘録’ カテゴリーのアーカイブ

119ヶ月め

2021 年 2 月 11 日 木曜日

今日は2011年3月11日から3,625日
517週と6日
9年11ヶ月
119回目の11日です。

さっき3月8日から開催の個展「東日本」の情報を公開しました。
http://www.yakuin-records.com/amigos/?p=14798

今回で6回目になる「東日本」と名付けた展覧会です。

たとえば、
震災から8ヶ月目の福岡で友人たちに会い今何を思うか聞いて回った中、
少なからずの人が「東日本大震災のことはもういいかな」と、
ある意味苦渋の表情で語るのに出会いました。

たとえば、
2014年2月に開催した2度目の「東日本」では、
少なからずの方から「もうこのテーマはいいんじゃないか」と、
アートのフィールドの見識を元にしたご意見をいただきました。

たろえば、
その年の夏に福岡で開催した「東日本」では、
「わたしはまだ何も出来ていないんです」と、
絞り出すように語る方が少なからずいました。

そうしたことすべては東日本以降の日本の風景として、
自分の価値観で判断することなく受け止めてきたはずです。

そうした上で、
やはり3月11日の夜の暗闇の中で湧いた
「これは10年、20年とかかることだ」
という直感が今も自分を動かしているようです。

そうしている間も、
震災の直接的な被害ではなく、
ある意味「がんばる」ことで失われてしまった人もいます。

10年と言われる今、
ボクにとって「東日本」はアートで語られる記号のようなものでは無く、
荒野を駆ける「生活」や「人生」の無くてはならない窓になっているようです。

その窓から見えるこの9年11ヶ月で出会ってきた人々は、
これからもボクになにを描けば良いのか語り続けてくれるはず、
てか、語り続けられるようこれからもやってゆきますね!

今はコロナの状況で会えない人ばかりですが、
ともかく元気でまた会いましょう!

2021
0211
アミイゴ
PEACE!!


東日本の各地で出会った風景を生かした絵本「はるのひ」の原画展。
会期 2/10 ~ 3/2 で神保町のブックハウスカフェ で開催中であります。
http://www.yakuin-records.com/amigos/?p=14801



あらためて日本列島の絵。
使い道ある方は使ってみてください〜
http://www.yakuin-records.com/amigos/?p=5556

個展「東日本」2021

2021 年 2 月 11 日 木曜日

「東日本」
小池アミイゴ 2011年3月11日からの展覧会
2011年3月8日(月) ~ 17日 (水) _日曜休み

open : 12:00 ~ 19:00 _最終日17:00マデ

space yui (スペース ユイ)
〒107-0062 東京都港区青山3-4-11ハヤカワビル1F
http://spaceyui.com
TEL:03-3479-5889
12:00 ~ 19:00 (Last day ~17:00)
日曜休み _Closed on Sundays

東日本や日本、台湾の客家の美しき風景や花、人の暮らしの記録。

*在廊等の情報は逐次こちらで更新してまいります。

東日本で出会った景色や花や人の暮らし。

東日本に出会ったからこそ見ることの出来た日本。

そうした視線が導いてくれた台湾の客家人の暮らしや文化。

それらの経験が与えてくれる今自分が生きる場所。

答えを求めず歩いた10年は、今はもう次の10年を目指し進んでいます。

その歩みを支えるグイッと踏み込むことの出来る足場のような絵を、
愛しきみなさんと共有出来る展覧会を創れるよう尽力します。

2011年3月11日。
日本遭受了史無前例的災難,稱為“東日本大地震”。


我在“東日本(higashi-nihon)”遇到的風景,鮮花和人們的生活。

自從認識”東日本(higashi-nihon)”以來,我可以看到日本的美麗外觀。

從這次經歷中,我享受了台灣客家人的美好生活和文化。

我意識到“你現在住在哪裡?”

在走了10年而不問答案之後,我的目標是未來10年。

我們希望這個展覽會為您邁向未來十年提供幫助。



118ヶ月め

2021 年 1 月 11 日 月曜日

今日は2011年3月11日から3,594日
513週3日
9年10ヶ月
118回めの11日です。

Facebookにアクセスしたら、
2013年1月に撮影した蠟梅の花の写真が上がってきました。

家のキッチンの窓辺に一輪挿しにしていた蠟梅の花の開花。


震災から1年10ヶ月め、
8年前の自分はこの花になにを見たのだろうか?

当時描いた風景や花の絵を見返してみると、
今作っているものと比べて混乱や迷いを感じるものばかり。

そもそも何を見れば良いかの視線が定まっておらず、
しかし、見るものから何かは感じていたんだろうな。

自分の「わからない」には気づいていたはずだけど、
「わからない」は分からないまま、ともかく絵は描いておかなくちゃって、
勢いにまかせ描いた花や風景の絵は、やはり自分らしい弱い顔してる。

ボクはこの蠟梅の花を見たあと、
何度めかとなる東北へのフィールドワークに出るのだけど、
そこで出会った人が「被災」というものの輪郭を明快にしてくれ、
そこからゆっくりと関係性を深めることで、
さらなる人との出会いを手にしてゆけた。


そうすることで少しだけ自分の絵というものが形になり、
そうすると今度は絵が新たな人との繋がりを作ってくれる。

2014年の2月には2度めの開催となる「東日本」という展覧会を作ったけど、
それがスタートラインとなって生まれたことは多く、
それは「あれから10年」と言われる今も続いていることだし、
たとえば、新型コロナの感染拡大などという事態の中での行動の指針にもなってくれている。


8年前に家で見た蠟梅の花は、
なにがあろうと繰り返す命の循環なんてものを確認させてくれたと共に、
ボクに「人に会いにゆけ」ということを伝えてくれたのではないか、
などと思う「あれから10年」と言われる今。


今は人に会いにゆくということがはばかれる状況ですが、
ならば、あの時の自分を振り返り、
あの時は言葉に出来なかったこと、
絵にしきれなかったことなど形にしてゆく時だろうな。

良いものをしっかり作ってゆき、
愛しき人たちとの再会がより美しいものなればいいなと願うのです。



あれから10年。
「被災者」とは「困難を共有出来る友人」であると勝手に思い始めていて、
その考えはここからさらに10年先の未来に続いてゆくイメージでいます。

116ヶ月め

2020 年 11 月 11 日 水曜日

今日は2011年3月11日から3,533日、
504週5日
9年8ヶ月
116回目の11日です。

アップした絵は、東京都世田谷区にある公立特別支援学校。肢体不自由者のための教育機関として日本最古の歴史を有する、都立光明学園の子どもとのコラボから生まれた花の絵です。

ボク1人の力では生まれ得ない「なにか美しきもの」に感動。
この感動は世の中をちょっと良い方に変えてゆく力になるんじゃないかと、
壁画完成まであと少しの今の言葉を綴っておこうと思います。

きっかけは今年の元旦。
行きつけの店で隣に座った方が、この学校のPTA会長さんを勤められている方で、お子さんのことも含め、福祉とは、教育とは、表現とは、愛だの恋だの酔いに任せて語ったことから、ボクと光明の子どもたちとで何か出来たら面白いね!なん盛り上がったことから始まりました。

が、その後新型コロナ感染拡大で足踏み。

夏が始まるころ、あらためて校長先生はじめ学校関係のみなさんとミーティング。
コロナで何も出来ないって状況を突破したい意思が集約されたのでしょう。
来年取り壊しとなる旧校舎の壁面に壁画を作ろう!と、発想は一気に飛躍。

そこには、ボクが暮らす街で出来ていること、
地域と学校とPTAと関係企業と子どもたちとボクとで制作している壁画という「見えるもの」「シェア出来る発想」があったことが大きかったと思います。


学校業務を終えた後、わざわざ梅ヶ丘から代々木八幡まで壁画を見に来てくれた校長先生はじめ教職員の皆さん。
その熱心な姿勢に、肢体不自由と言われる子どもたちとどこまで出来るのか、不安を伴うプレッシャーを感じた、なあ〜。

が、そうした感情は教職員さんたちとの何気ない会話がほぐしてくれる。
子どもたちと日常を過ごすプロの力に、甘えるところは甘えれば良いと実感。

事前に美術担当の先生方とのワークショップを開催させてもらい、
ボクが子どもたちの何に感動してこんなことを続けているのかを共有出来たことも、その後の現場での力になったはずです。

ともかく一歩一歩、必要な会話を積み上げ、しかし、蹴散らしていいものは蹴散らせる。
そんなことが可能な関係性の足場造りをまず。

そして子どもたちとのセッション。

歩けない、立てない、手が思うように動かせない、発語が思うようにいかない、病弱で病院での療養を続けざるを得ない、などなど、子どもたち1人ひとり目に見てわかる違いがあり、その上でさらに1人ひとりの個性や表現の違いを壁面に集約させる。
って、どうやるんだろう??

ともかく、壁面に立てぬ子どもたちとは、10メートルと5メートル2枚のキャンバスを用意し、
出来ないことを出来るようにするのでは無く、
出来ることを出来るだけ表現してもらうセッションからスタートしました。

最初は破壊でいいやってね。
見た目大きな破壊でも、小さな点1つでも、子どもたち1人ひとりの「出来る」はめちゃくちゃパワーあることを確認。


そのうち気持ちの良い「なにか」が見えてくる。
そうなるまで待つ作業。

「布の上にペンや絵の具で描こう!」
そう伝えた瞬間に、実は「自由」というものに拘束がかかる。
だったら、絵の具を一本絞り切るくらい好きにやったらいいぜ!
だ、なあ〜。。

アクリル絵の具”リキテックス”でご協力のバニーコルアートさん、
心強いっす。。

光明学園の授業時間で行う作業です。

1コマ45分で中学生のクラスから小学校低学年のクラスに変わり、
次は高校生がやって来るとか、、
いつもは子どもたちが飽きるまでお付き合いするボクのスタイルは、
この現場で行うことが出来ません。


しかも、1人ひとり出来ることが違う。
(これに関しては、健常と呼ばれる人も同じなのだが〜)

1コマ数名から十数名まで、参加人数はバラバラな中、
1人ひとりの個性にも健康状態にも注視しコミュニケートする45分。
そんなのを、1日に4回繰り返しす日もありました。

45分はうっかりしていたら戸惑っているだけで終わってしまう長さです。

でも、自分か彼らが生むものに先回りした価値を求めない限り、
一瞬一瞬に目の前で起こることは、とてもエキサイティングな喜びに溢れたものとして、心の中に飛び込んできます。

そしてボクもやりながら学んでゆく。



体に不自由のある子どもたちには、マンツーマンで先生が付きます。

日頃から子どもたちと接している先生方の介助は素晴らしく、
ボクが代わりにやれることはごく限られたものでしかありません。

もしくは、なにかひと言コミュニケートする場合も、
先生の翻訳のような行動を待つ場合もあります。


そんな先生方が大きなキャンバスの前で子どもたちを支える姿は、
基本、子どもたちを背後から支える形になります。

場合によっては複数の先生方がチームとなり、
支える人とコミュニケートする人との役割分担をしながら、
子どもたちをキャンバスに向かわせる態勢とります。


じゃあボクの仕事はなんだろう?

もしくは、介助を受けて筆を動かす子どもたちは楽しいだろうか?
そんな興味から、子どもたちと同じ視線の高さまで自分が降りていったら、
いや〜、世界が広がっていったなあ〜〜!

キャンバスに頬を付けたところから見るキャンバスの荒野のダイナミックな風景!
彼らはこんな風景を見ながら、そこで出来ることを真剣に、もしくは楽しい目つきして、出来る限りやろうとしている。


正直、先生の手助けが過剰に入る瞬間なんてのもあって、
その直前まで子どもがとてもいい顔してたりしたら、
「待ちましょう!」なんて叫び気味に伝えたりの失礼をしていた俺。

いや、でも何度「待ちましょう!」を言ったか。

あとは「ゆっくり、ゆっくり」とか「出来ないこと無理しなくていいよ〜」とか。

体の自由が効かなくても、たとえ指先がちょっと動かせるくらいであっても、
子どもが自分で見つけた表現の喜びを、ちょっとでも形にすることが出来たら、そこからどれだけの感動が得られるか!

今までものすごい数の子どもとの現場を作って来て、
そうしたことを頭でわかっているつもりでいて、
しかし、光明学園の15メートルキャンバスの9回のセッションで、
明快に気付かされた。


セッションの最初の方で、15メートルの中でボクがコミュニケーションを焦って描いてしまった女の子の顔が、最後のセッションまで所在無く放置されていたのだが、色ぬりの範囲を徐々に徐々にと広げてきた1人の女の子が、最後に塗る方向を変え、ボクが描いた顔に赤い絵の具をベタ。
さらに皿から絵の具をボタボタボタ〜と垂らし「やり切った!」て顔を見せた。

その瞬間作品が完成したという実感がドバッと湧いてきたのですよ。


5mキャンバス

すごいな〜、子どもたちの力。

そうしたことを、視線を子どもたちと同じ高さに置くことで共有する喜び。

アートなんてものに求められることは、まずは視線の共有なのではないだろうか?

そして、「介助」「コミュニケート」「共有」
この3つのワードから見える子どもたちの風景の違い。
その違いは悪いことでは無く、発想を前に進める力だ。

そして作業は屋外へ。

高校生とのリアルな壁の前での壁画制作。

・この前を歩く街の人がハッピーになる壁画にしたいこと。

・そのためには、自分で描きたいというものを思いっきり表現する必要があること。

・しかし、学校の勉強では無いから、上手いとか下手のジャッジは無いこと。

・ならば、オシャレであるとか、カッコいいとか、自分が元気になれる言葉で絵を描けばいいぜ!

みたいな呼びかけの元手を動かしてもらったら、
やっぱりハッピーなものが生まれました。



が、時間が足りず放課後、そして日を改めての3度のセッション。

初日は休んで、最後の日だけ参加した女の子が、
なかなかすぐにアプローチ出来なくていて、
先生方は「好きなもの描いていいんだよ」なんてお声掛けしてくれてたけど、
ボクは「無理してやる必要ないよ」とただ待っていたら、
細い筆に黄色い絵の具をつけて画面にポチっと。


5メートルくらいの幅の中に黄色いポチひとつ。

が、それが一気に画面に命を吹き込むような、絶妙なポチで。

いいね〜!って伝えたら、

「はあ、そうですか」と、ちょっと安心した表情で答えてくれた。

そこから、壁全体を制圧するような作業が始まるんだよ。

子どものポジティブなマインドが生むものは、なんちゃーないタッチ1つであっても全て美しい。


俺は何に立ち会っているのだろうか。

が、さらに、
学校にも通えぬ病弱な体質で、コロナの影響もあり人との接触が極端に限られる生徒さんとのセッションが待っているのだ。

「会うことの出来ぬ子どもたち」とどのようにコミュニケートするのか?

自信などまったく無いが、ともかく手紙を交換するように、絵を交換して作品にしてみようと。

まずはその旨をはっちゃけたビデオレターを撮影し子どもたちに伝える。
(先生方もだんだんとワルダクミ体質になってくれている!)

で、そよ風分教室(成育医療研究センター病院に入院)の子どもの元に先生方が赴き(今はコロナの影響もありオンライン)学習指導するグループには「自分の好きなものを言葉で伝えて〜」と。

そしたら、
良く消毒された紙にドラなんちゃらやピカなんちゃらやエバなんちゃらや、ラーメンやら鍋焼きうどんやら、、
はい、全部ボクがモノクロのシルエットで描きましたぜ!


裏面にひと言ふた言メッセージを添えて送り返してやったら、
うわ!

なんか見たことないタイプの絵になって帰ってきたぜ!


それとは別に、なにやらカラフルな絵が届けられる。

“病訪”と言って、各地に散らばっている病院に先生が赴いて学習指導をする、
もしくは”在訪”と言って、自宅で療養しながら学習をする、
(でいいのか?分類が業界用語すぎて把握しきれないかも)

そんな子どもたちには、
「気合の線一本を描いてくれれば、そこから発想を広げて絵になるかも〜」
なんて投げかけだったのだが、

気合の線と一緒に色まで着いたのが突きつけられた。

むむ、どれも素晴らしく完成しちゃってるじゃん!




で、裏を見るとビッシリ、
どんな思いでこれを描いたか、何が出来て何が出来なかったか、
ビデオで見たアミイゴという人は変な人だと思ったなどなど書かれている。


これは先生が子どもたちの手となりという作業ではあるけど、
そんなん26枚も送りつけてきやがって!
愛死にしてしまうぜ、、
その前に泣いてるぜ、、

しょうがねえ、アトリエで1人子どもたちが描いているものを見ていたら、
地球の重力から解放されたように宙に咲く花が見えた。

そうか、しょうがねえ、と、全ての絵に花を描きこむ。

それが自分勝手なものにならぬよう、
コロナ自粛の春に描いた100点の花の絵を広げた中でね。


会うことのできぬ子どもたち。
しょうがねえ、俺は思いっきり絵で語るのだ〜〜
むむ??
なんだか風呂に浸かった後のような気持ちになったぞ。
そして生まれた花の絵。

冒頭の絵も含め、なんだか見たことの無いものが生まれたぞ〜
それはとてもセクシーで美しい。

「肢体不自由」というワードの中から、
「セクシー」なんて言葉が浮上してきた作業は、
あと数人の子供とのセッションを経て、
11月30日に壁画として完成させます。

ボクはイラストレーターを名乗り活動を続けていますが、
その目的は、世の中のみんなが自分の意思でものを考え、
自分なりのハッピーを形作る手助けになるものを創ること。
なんだろうな〜と。

そうしたことは、震災以降の10年弱の中で、目に見える形として実感してきて、
そうしたものを必要としている人も視野に捉えていて、

そうすると、今までのイラストレーションのあり方って変えて考えて行く必要があって、
もちろんこれからもイラストレーターとしてイラストレーションの制作は続けてゆくけど、
イラストレーションという発想を社会にシェアし、使ってもらうようなことも必然的にやってゆかねばならないのだと考えています。

それがどんなスタイルなのか、まだわからないけど、
でも、光明学園の皆さんが暑い中わざわざ代々木八幡まで壁画を見に来てくれ、
そこで自信の学園で行うことに確信を持ってくれ、コロナの状況を突破するシステム構築の元、関わる皆さんがちょっとずつスキルアップを達成しながら、壁画制作を実行したということ。

そこにはほとんどボクが筆を振るってこさえたものは無いのだけど、
なんだか美しものに出会え、関わる人の良い顔に出会えるものが生まれていることが、うれしいなあ〜。

あらためて、
こういうことって、福祉や学校という現場に限らず、必要としている場所はあるんじゃないだろうか。



115ヶ月め

2020 年 10 月 11 日 日曜日

今日は2011年3月11日から3,502日、
500週2日
9年7ヶ月
115回目の11日です。

コロナで行動が制限される今ですが、
9月の土曜日に、近所の落書き消しを街の仲間と行いました。


震災から続けているブログで「なんのこっちゃ?」でしょうが、
この9年7ヶ月で感じたこと得たものなどが、ひとつ自分の暮らす街で形になったのではと思い、言葉にしておこうと考えました。

こんなことをやろうとする引き金になったことが2つ。

ひとつは、息子の通う小学校の子どもたちと2年前よりセッションを重ねている、代々木八幡駅ガード下40メートルの壁画制作。

その2年前の9月の初セッションの絵を、ここを管理する東京都担当部署の担当者より「落書き」の烙印を押され、2ヶ月後には白系の色で淡く塗りつぶした冬景色に変えるつもりでいたのが、半年間なにも出来ない状況になってしまったこと。

地域と学校とPTAと子どもたちとボクとで連携を深め進めている、とても豊かな発想の企画の”はず”で、
「えー、ボクと担当者で直接話させてもらえたらいいのにーー、、」
なんだけど、
なにやら東京都と渋谷区と地域とで難しい構図があるみたい、、

てか、「落書き」とレッテル貼ったものをその後半年も放置させるって、おかしくないか??
(ちなみに、ボクは「落書き」という言葉をあまりネガティブに考えていなく、気持ち悪いアートや芸術を押し付けられるのであれば、楽しい落書きを選ぶな。)

ともかくこの状況にモヤモヤとムカムカを交錯させ続け、
半年後に作業再会、その後5回のセッションを重ね、
しかしコロナで最後の作業が出来ないでいる壁画だけど、
今は街の人のBGMとして機能してくれているはず。
(今でも悪く言う人もいるけど、それはどんな表現にも必ずあることだからなあ、ともかく街との親和性の高い公共物に仕上げるしかないね。)

ともかく、この経験で感じた『コミュニケーションが滞ることでやるべきことが出来なることへの苛立ち』
これってすごーーく無駄なことなんじゃないかと思ったんだよね。

そして、

7月2日に不審者情報回ってきたこと。

7月2日午前8時10分頃初台1丁目付近の路上で登校中の他校高学年女児が腕をつかまれる事案が発生しました。

この情報をFBでシェアしたところ、
友人が連絡をくれて、その被害に遭ったのは私の娘で、過去にも似たようなことがあった、と、、

そりゃあ「カチーン」と来るわいね。

今年は新型コロナ感染拡大の影響で3月から5月一杯まで学校は休講。
6月から学校が再会されるも、分散登校だったり、オンライン併用だったり。
そんな状況下で子どもたちの気持ちってどんなだろうと、我が子ひとりを見ているだけでは分からないことだらけの中、バカチンが子どもに手を出すって、、

これはみんな不安だし、人に対する不信感もハンパないだろうと、
しばらく朝の登校の見守りをすることにしました。

こうしたことは、地域のボランティア組織やPTAでも出来るのかなと、
問題の投げかけてみたら、「要請があれば」とか「〇〇にお伺いを立てて」みたいな言葉が返ってきて「カチーン」再燃。

オトナが子どもたちにやるべきことは明快で、
なるほどこれは誰かに言われてやるようなことじゃないなと、
勝手に自主見守りを続けることにしました。

そんなマインドで街を見回すと、
息子の通学路の壁面の落書きがずーっと放置されているのに「カチーン」

ボク自身Hip-Hopカルチャーの影響下でグラフィティーアートが大好きであるのだけど、それとこれは別問題。

割れ窓理論」で語られるように、こんな路地に好き勝手なタギングされたら、『ここは犯罪し放題ですよ!』と言ってるようなものだろう。

で、
あれ?
ここも東京都の管轄だよね??

子どもたちと描いた壁画を「落書き」と判断し、作業を半年も停滞させたのに、
あれあれ?ここはもう何年放ってあるんだ?

そんな疑問をFBに投げかけたら、渋谷区の区議さん神園さんが渋谷区担当部署に繋いでくれた。

渋谷区 環境政策部環境整備課きれいなまちづくり係からメールでコンタクトを受けたのが7月20日あたり。

係のみなさんとオンラインのミーティングをしたのが27日。

なるほど、これくらいの手はずは必要なんだろうと思い、話を聞いてみたら、
落書き消しの資材はお貸しくださるとのこと。その際落書き消しの区としての”許可”も行うみたいな話。

さらには、東京都の”許可”に加え、
落書き消しのための道路使用許可証を警察署で取らねばならないとのこと。

えーーーーーーっと、落書きを消すだけの話なんだけど、、
落書きする人は許可なんかもらってないしなあぁ〜〜

もちろんわかるよ、
ここは道路で、壁面の使用はそのまま道路交通法の下にあるだろうし、何を使って消すか描くかなどは、環境に関わる問題だから、一定の管理下に置かれる必要があること。

が、しかし、
子どもたちの安全を守ろうって問題の本質は共有出来るのか?

渋谷区担当者は、
許可を得たいので、「いつ」「何人」で行うか教えてくれと。

いや、これ明日でもやっちまいたいのだが〜〜、

それでも渋谷区の担当者の対応が親身なものに感じたので、
わかりましたと、とりあえず。

日程は猛暑の時期を避け、しかし、子どもたちの夏休みが終わってしまわぬ8月後半までにはやれなばとスケジュールを組む。

それに間に合うようにと代々木警察署に道路使用許可証の申請に行ってみたら、
まあ、自分の無知も悪いのだろうが、
縦割り行政の弊害っていうのかなあ〜、あれもこれも足りないみたいな対応で、
いやいや、俺は落書き消しの話をしに来たのであって、行政の仕組みのレクチャーを受けにきたんじゃねーぞ!と、担当のおっちゃん刑事に噛み付く。

されに「現場の使用状況が誰が見てもわかる図面を書いてこい」「こんなん書いたことあるの?」みたく言われ、カチーーン、、
おいおい、誰に口聞いてんだと言い返すも、
しょうがねえ、出直しだ。

家に返って作成しましたよ、
誰が見てもよーーーーーっくわかる図面。

次の日渋谷区役所で落書き消しの申請と共に、
落書き消し資材一式の借用を受ける。

が、東京都との連携が遅れ、
日程を再調整する必要があるとのこと。

むむむ、夏休み終わるなあ〜
しかも、熊本の豪雨被災地に行く予定が被ってくる。。
日程は熊本から帰った直後のピンポイントなスケジュールで決め込んで、

なんやかスッタモンダな状況だけど、
渋谷区の担当者の対応は相変わらず親身で、
東京都の許可証は、渋谷区から代々木警察署に届けてくれるって。
しょうがねえ、
思い荷物を2つぶら下げやれることやるべく代々木警察署まで。


すると、
道路使用許可、するっと申請通った。

昨日の警察のオッチャンも、今日はなぜか対応が良く、
「こんなの渋谷区が消せばいいのになあ」などとさえ言ってくれ、
いやいや本来は東京都なんじゃ無いかなどと語っているうち、
結果お互い歩み寄り。
俺たちは街を良くして行こうという仲間であることを確認。

申請料2700円は、まあ俺の勉強料なんだろう。
オッチャンは、渋谷区マターで行えば徴収なないんだが〜などと、
まあいいよ、落書き消すだけの事にめんどくせえ道はいらねえ。

ただ「誰が見てもわかる図面」、わりかしスルーな感じでファイルに入れてしまったのは、ちょっと寂しかったぞ!オッチャン、、

そして9月4日落書き消し。
消そうと思い立ってから2ヶ月だよ。

メンバーはこれを面白がってくれる人に限るなとFBで募り、
ただ、この店が出来てくれたおかげで街が楽しくなったという珈琲屋Little Nap COFFEE の店主濱ちゃんには是非お手伝いしてもらいたいなと。

ボクが本当にやりたいことは、落書き消しってより壁面が綺麗になること。
そのためのクオリティを担保してくれるのが濱ちゃんだろうって考え。



濱ちゃんも俺も現場での判断が早く、
ここをより綺麗にするにはという考えが素早く投下されてゆく。


うれしかったのは、笹塚ボウルのオーナー財津さんの参加。

震災直後の街で笹塚ボウルがやれたことのデカさ。
ヤンキー気質のとっぽい男はやることが早く的確なのだ。

よく働くリトルナップの若手スタッフや、
今回コーディネートくださった神園さん、
地域のボランティアグループで絶えず地域のことに尽力している菱倉さん、
PTAの活動に必ず程よい距離感で力を発揮してくれる加部さん、
ただ気になったって言って見に来てくれる人とかも含め、みんなありがたい。

が!

「自分でした落書きが見つかって罰を与えられている奴らにしか見えねーぞ!」という言葉もたくさんもらった。

そうそう、それなんだよ、
まさにそう言われることが裏テーマってくらいの作戦。

ここでやったことは、
街の美化や子どもたちの安全というイデオムもあるが、
お洒落やアート、楽しいやcoolなんて文脈でやってるし、
欧米を真似たタギングよりも、
hip-hopカルチャーの影響下で、落書きを消すグラフィティというアートフォームをこの街のリアルに合わせて絞り出した、なんてことも言わせてください。

で!俺の思惑の完成形を凌駕する、リトルナップ濱ちゃんクオリティ投下で、渋谷区富ヶ谷二丁目はさらにお洒落になりました!ということです。

作業を終えてみればみんなから自然ともれた「なんか楽しかったね〜」という言葉。

それこそ自分が作りたかったもの。

そして、リトルナップ差し入れのレモネード、
うまかったな〜〜〜

うん、この夏一番美味しかったものだ。


ビフォー
アフター


この壁の上の歩道はいつも綺麗になっていて、
登校の見守りをしていたら、ビルのオーナーさんがピンセットまで使って歩道の掃除をしているのに出くわした。

ボクはイラストレーションを作ることを仕事としているけれど、
なにかを社会に足してゆくだけでなく、
こうしてゴミをピンセットで摘まみ上げるようなものが、
放置された壁面の汚れを綺麗にするようなことが、
イラストレーションで出来たらいいなと思っている。

こうしたことは、震災からまもなく10年の被災地と呼ばれる土地でも必要とされてくることだと思い、
10年間の延長が決まった復興庁に問い合わせてみたら、そうした予算は無いとのこと。

もうちょっとコミュニケーションとれたら、こうしたことの必然が伝わると思うのだが、
今は縦割りのなんちゃらに縛られること無く、目の前にある問題をさっさと片付けてしまって現れる風景を、
見てもらうしかないよな〜〜。

壁面美化完了の連絡を渋谷区にとどけ「お疲れさん」を交換。

東京都はその後この現場を見に来たかな?