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96ヶ月め

2019 年 3 月 11 日 月曜日


今日は2011年3月11日から2,922日
417週3日
8年
96回めの11日です。

3月2日から10日まで塩竈市立杉村惇美術館で開催の展覧会「東日本」
無事に終えることが出来ました。

東北ではまったく無名のボクですが、
8日間の会期をと通し、口コミでのお客様が増えてくれたのは、
震災の次の年に東京で展覧会を開催した時に似ていました。

1枚の絵を間に生まれる会話を楽しんでくださる多くの方に出会えたこと、
あれから8年という時の流れを感じることが出来ました。

そして、あらためて、
「それどころでは無い」という立場に置かれたままの人を想像したのも、
美術館という装置ならではなんだと思いました。

また、長崎から、愛媛から、大阪から、東京から、福島からと、
わざわざ遠方より足を運んでくださった方があったことは、
杉村惇美術館という美しい場所の求心力でもあったなと。

しかも、ただ美術館という箱があるだけでは無く、
企画運営する方々の魅力が細部に宿っているからこその、
美術館の求心力であったと思います。

熊本で、福島で、美術館関係者から「塩釜には彼女がいるから」と伺っていた、
ビルド・フルーガスの高田彩さんには、
噂通りの見事なオーガナイズを頂きました。

杉村惇美術館の館長さんである岩澤さんは、
お客様にボクの展示をまるで自分の展覧会のように語ってくださるので、
ギャラリーが終始朗らかな空気に包まれていました。

他の学芸員さんも実に丁寧な現場創りに尽力されていて、
いい加減になりがちなボクの展覧会を凛としたものに仕立て上げてくれ。

併設されたカフェのスタッフさんにしても、
美術館のカフェとしての美意識を貫く所作がとても綺麗でね〜。

お客様として足を運んでくださった皆さんの「来てよかった〜」は、
そんな皆さんの尽力の賜物に間違いありません。

例えば「被災地の復興」ということを考えてみても、
こんな方々の奮闘が美意識の現場を育ててゆく姿も、
これからの復興に欠かせないものだと思いました。

しかし、こんな現場がひとつあるだけで、
ずいぶん豊かさを感じるものです。

宮城県の他のエリアから来た人が、
塩竈にこの美術館が出来たことを羨ましく語っていましたが、
実際ボクもこの場所で多種多様な方と会話が出来たなあと。

美しい箱とそこを運営する人の尽力で、
地域の風景がちょっと豊かに見えること。

そこに自分も絵で関われたこと、うれしく思います。

会期中2度開催したワークショップも、
ボクの思惑以上に意義深いものになったはずです。

集まってくださったみなさんの、
想像以上のクリエイティビティに出会えた喜び。

それ以上に、
みんなで絵を描いたからこそ生まれた「はじめまして」同士のオープンな会話。

そして、美術館の、普段なら静寂に包まれているはずのギャラリーに響いた、
元気な子どもたちの声!

子どもたちの持っている力の鮮やかさに、
パパママたちの歓声が上がる。

アートとか芸術とか語ってかしこまってしまわず、
今を生きる人の必要に答える美術館のあり方。

新鮮だなあ〜〜!

もちろん、これで震災前の塩竈に戻ったわけでは無く、
多くはこれからだろうし、失われたものを取り返せるわけでもなく。

それでも、震災の経験した土地が手にした「人の必然に当たり前に答えるマインド」は、
日本のみならず世界でも最前線の感性によって形成されているように思いました。

*この感じ、2月の福島県昭和村でも感じたこと。
http://www.yakuin-records.com/amigos/?p=13989

あらためて、
ボクがなぜ塩竈市立杉村惇美術館で展覧会を開いたかを記しておきます。

2011年3月11日以降始めた震災被災地を中心としたフィールドワーク。

その10回目くらいに当たる2013年1月末から2月頭にかけてのフィールドワークで、
岩手県の宮古や宮城県の気仙沼を巡った後、
一関のホテルで見ていたテレビで、塩竈の港の施設が再開されたみたいなニュースをやっていて、
そういえば東京で塩竈を報道されることは少ないなと。

初めて訪れた塩竈は、確かに津波の爪痕は残っていて、
しかし以前の街の姿を知らぬボクはただウロウロするばかり。

そうしてたどり着いた塩竈港では、
カモメ(うみねこ?)にかっぱえびせんを投げ与えている女の子に出会ったりしてね。

港には復興市場なる仮説の海産物の販売所があって、
隅っこのプレハブの中で震災被害の写真展をやっていて、
そこで海産物の発送の仕分けをやっていた女性に「ちょっと見ていいですか〜?」って聞いたら、
「どーぞ!見て見て!!」ってすげー元気に返されて。

港町の女、やっぱ元気だね〜なんて思っていると、
「ちょっとこっち来て!」って、ご家族が営まれている海産物の直売所に呼ばれて、
「牡蠣食べて!」「わかめ食べて!」「どう?おいしいでしょ!」って。

いやいや、被災地の甘い汁吸いすぎだろうなんて言ったら、
「いいの、いいの!」「これ作ってるの私の旦那なの」
「すごーくいい男なんだから!」なんてご主人自慢。

『被災地に行ったら、逆に被災者に元気もらっちゃいました』
こんな話を良く聞くけど、それは言っちゃお終いだろうなんて考えていたボクが、
しっかり元気が湧いてきちゃった「ひとり」との出会い。

ボクは絵を描いていることを告げ、
持っていたカモメやシロツメクサを描いたポストカードを渡して東京に帰ると、
しばらくして彼女からの手紙。

そこに書かれた、
震災の直後に海から見上げた空に見たカモメに、生きてる実感を得たこと。
保育士としての二十歳の初出勤の朝に、足元にシロツメクサを見て、不安の気持ちが和らいだこと。
ご主人のことが大好きなこと、、
また塩釜に来るのであれば、ご主人が働く海を見てもらいたいこと。
塩竈神社の塩竈桜もぜひ見て、いつか描いてもらいたいことなどなどが、
小気味好くも美しい文体で描かれていました。

「ああ、出会ってしまったなあ〜!」

ボクは塩竈桜の咲く季節を調べ、
5月5日に再び塩竈へ。

彼女の働く海の上を羽ばたくカモメを描き、
2度目の開催となった「東日本」という展覧会のメインビジュアルにして、
彼女に送りました。

2014年1月の東京青山での展覧会の初日の朝、
彼女が塩竈から、保冷ボックス一杯の牡蠣やワカメを抱えてやってきて、
オープンした展覧会を15分くらい見たら、「来れてよかった」って、
日帰りとも言えぬトンボ帰りで塩竈に帰っていった。。

そうしてボクは震災後初めて被災地と呼ばれる土地に友を得た。

そのカモメの絵は、展覧会に多くのお客様を呼んでくれ、
主に西日本での巡回展を呼び寄せ、
「とうだい」という絵本の作画の仕事に結びつき、
「赤崎水曜日郵便局」の書籍化の際の装丁画の仕事にも結びつき、
(偶然だけど、筆まめな彼女の水曜日の手紙も掲載されていた!)
水曜日郵便局のお膝元、熊本県津奈木町の”つなぎ美術館”での展覧会開催に至る。
(最初に描いたカモメの絵が大阪の方の元に羽ばたいていったので、あらたに描き下ろした)

そこでの水曜日の出会いは、
水曜日郵便局次の開催地、宮城県東松島の宮戸島を舞台とした
「鮫ヶ浦水曜日郵便局」にボクを引き込み、
水曜日の手紙をテーマとした絵本制作のオファーをもらう。

オリジナルのストーリーは作れるか?の問いに、
松島湾の南っ側の塩竈に、よく手紙をくれる人がいて、
その人をモチーフにストーリー作れるって、
「うーこのてがみ」というタイトルの絵本の制作を始めました。

その間、彼女は事あるごとに手紙を送ってくださり、
またご主人とのラブラブ話はさらに深まり、、

ボクと長崎の諫早のオレンジスパイスさんとで運営している”peaceてぬぐい”に添える手紙に、
『被災地の今を伝える手紙』として数度登場願ったり。

ボクもフラリ塩竈を訪れては、
彼女のご家族の営む海産物の直売所で、相変わらず美味しい思いをして、
復興市場から津波で流される以前の場所、越ノ浦に直売所が戻った際のお祝いに行ったり。
「暮しの手帖」の震災特集に登場もしてもらったなあ。

で、そんなお付き合いの中、
彼女が尋常ならざるくらい「人のために働く人」であることを知り、
家族の仕事を助けながら、さらに家計を助ける仕事に奮闘している姿に、
無茶はさせられないなあと、
東京の展覧会に駆けつけトンボ帰りをした意味なんかを噛み締めていて、、

が、2018年、震災から7年目の春に、
「そろそろ私がやりたいと思うことに集中してゆくんだ」って、
仕事を減らして、例えば大切に考えている
塩竈港の万葉の昔から伝わる呼び名「千賀の浦(ちがのうら)」を復活し、
地域ブランドに育ててゆくことなど、
ともかく愛する家族や地域の元気のためにやれることやってゆこうって。

ならばボクの描いたカモメの絵なんかも使ったらいいよ!なんて話をして、
でもその前に羽田空港で羽ばたかせるから、
そんなんをきっかけにしていってくれたらいいよ!なんてね。

そしたら「羽田空港ぜったいに見にゆくから!」って、、

無理して羽田来ること無いよ!
俺、塩竈で展覧会ひらいて、あのカモメの絵も連れてゆくからさ!なんて言えば、

「いや、展覧会は私が企画する」「いい場所見つかったから楽しみにしていて!」だって。

ボクはその間、震災後の活動がユニークだと、
あるテレビ番組の制作チームに取材されていて、
カメラがボクの方を向く度に、
違うんだよ、すごいのは彼女なんだよ!なんて思っていて。

結局この取材はテレビ局上の方の人の
「ボクと”被災者”との関係が分かりづらい」みたいな”分かりやすい”理由でお蔵入り、、

でもいいんだ、
被災者と付き合うのが目的じゃねーよ、、
彼女のような「ひとり」と出会い、その関係を大切に育てることが、
人に、地域に、どれだけの幸せを生むことか!
(ただ、ボク以外の人たちは番組を楽しみにしていたのだが、、)


2018年8月、「うーこのてがみ」の作画を始める。

うん確かに「うーこ」の動きは彼女の動きに似ているぞ!
彼女と出会った際、自分の店にボクを誘った時の軽快な足取りとか、まさにだなあ〜、
なんてニヤニヤしながら筆を進めている中、彼女の訃報が届く。

49歳

ボクはボクの勝手な歴史の中で、彼女のことを端折ってここに書いているけど、
彼女の家族や知り合いの喪失を肩代わりなどすることは出来るはずもなく、
ただ、彼女の家族の皆さんやお知り合いの皆さんと、もっと彼女の話をしたくてね、
いや、もうなんも知らないから、

どうやら彼女がボクの展覧会を考えてくれていたのと、
カモメの絵がご縁で知り合いになっていった美術館が一緒らしいってことで、
塩竈市立杉村惇美術館に100点以上の絵を送りつけ、
結果、
映像作品も含め90点の作品の人生最大展を8日間だけ開催した。

それは刻々と変化する塩竈の光とお会いする皆さんとの会話に溢れた、
とても美しい、
きっとボクがこれまでに創ってきたものの中で一番美しいものになったはず。

水間さわ子さんという「ひとり」に出会い、
ボクは震災後の混乱する気持ちのままカモメを見上げ、
その後を生きるための基準となるような絵を描き、
遅ればせながら塩竈に届けた。

すべてはこれからだ。

展覧会から明けて3月11日。
宮城県塩竈は雨。

この後雨脚はさらに強まり暴風雨化するとの予報に、
いくつかの予定をキャンセルし、東京に戻りました。

なにかあったらすぐ駆けつければいいね。
塩竈、心の距離はめちゃくちゃご近所になったしね。

2019
0311
PEACE!!

3/2~10塩竈市立杉村惇美術館で展覧会開催

2019 年 2 月 11 日 月曜日


あれから8年めの3月11日を前に個人的な必然のもと、
宮城県塩釜にある美しい美術館をお借りして展覧会を開催します。

東京から「わざわざ」足を運んで頂いても満足いただけるものにしてみます。
この季節の東北太平洋沿岸の空気に出会うついでにぜひ。
そんな願いも込めて準備を進めてまいります。

小池アミイゴ展覧会「東日本」
美しき人との出会いと風景や花の絵の展覧会。

2019年3月2日(土)~10日(日) *4日月曜日休館日
杉村惇美術館、市民ギャラリー1・2
10:00 ~ 17:00 最終日3月10日は~15:00まで

SHIOGAMA SUGIMURA JUN MUSEUM OF ART
〒985-0052 宮城県塩竈市本町8番1号
TEL: 022-362-2555
http://sugimurajun.shiomo.jp

=展示=
塩釜をはじめ東北太平洋沿岸、そして日本の各地を歩いて描いた風景や花の絵
羽田空港で小山薫堂氏と展開中の「旅する日本語」の原画
絵本「とうだい」や東松島の宮戸島を舞台とした絵本「うーこのてがみ」の原画
鉛筆で描いたスケッチによる映像作品

絵本「とうだい」や東松島が舞台となった絵本「うーこのてがみ」、絵葉書の販売

=イベント=
3月2日(土)だれでも絵が描けるワークショップ、大人編 @大講堂
だれにでも出来る表現で、絵やイラストレーションの楽しさに出会える時間。
「わたし絵が描けないから、」という人こそウエルカムです。
3月2日(土)14:00~ 2時間ほど
・参加費500円、画材等こちらで準備します。
・汚れてもよいオシャレでご参加ください。
申し込むフォーム> https://goo.gl/forms/HnN0Ek2B5pu3VZYw2

3月10日(土)だれでも絵が描けるワークショップ、親子編 @市民ギャラリー
表現の最初の一歩が幸せなものであるようにと、日本の各地で開催している絵の時間です。
絵本の読み語りなども交え、親子で楽しむアートのあり方をお持ち帰りいただけます。
3月10日(日)10時~ 1時間半ほど
・参加費500円、画材等こちらで準備します。
・年齢制限無し
・汚れてよいオシャレでご参加ください。
申し込むフォーム> https://goo.gl/forms/3ZI4tE5GO4NxxpCw1

2013年3月、ボクは一通の手紙を受け取りました。
松島湾で養殖漁を営むご一家の長女で、2月に塩釜港の復興市場で出会ったばかりの方からの手紙には、震災の直後、家族の仕事場である海から見上げた空にノホホンと飛んでいるカモメに、生きている実感を得たこと。初出勤の朝、ふと目にしたシロツメクサが不安な気持ちを和らげてくれたこと。養殖漁に尽力するご主人へのラブラブな思いや、ちょっと未来の夢などが、生き生きとした筆致で綴られていました。

そんなごく私的な物語と出会えたことで、ボクは「サン テン イチイチ」と呼ばれている悲劇の地に在っても、1人の大きさで見て感じることの尊さと、そこに美しさを見つけ描くことの意義に気づけたはずです。
そうして描いた塩釜の海の上を飛ぶカモメの絵は、多くの方の共感を得て、ボクをさらに次の場所へと導き、新たなる人との出会いと共に、絵を描く力を与え続けてくれるものになりました。

「絵にできることってなんだろう?」との自問はあれから8年の今も変わらず。しかし「絵にできることはこれからが本番」という実感は今こそ深まり、今回「約束の地」である塩釜での展覧会開催に思い当たりました。

この展覧会が、みなさんの穏やかなな語らいの場所となればいいなと願い、杉村惇美術館のギャラリースペースを気持ちの良い空間に仕上げて、お待ちしております。

「あまくさブルー」@青山CAY

2019 年 2 月 2 日 土曜日


「あまくさブルー」小池アミイゴ 天草スケッチ展
 会期:2019.1.29(Tue) -2.27(Wed)
 会場:CAY(Spiral B1F)

 〒107-0062
 東京都港区南青山5-6-23(スパイラルB1F)MAP
 営業時間:11:30-24:00 
 ※催事・貸切などにより営業時間を変更する場合がございます。
 事前にホームページ、またはお電話でご確認の上、ご来場下さい。

レストランバーでの展示となります。
ご来場の際にはお一人様1オーダーをお願い致します。

急遽決まった我が心の青山CAYでのインスタレーションです。

年末年始と濃密な内容の展覧会が続き、
CAYでは天草を描いたドローイングを拡大したりで、
ヒラヒラ軽快な空間創りを心がけました。

そのために、天草ドローイング数百枚のコピーを用意したのだけど、
結果欲張らず10分の1くらいを素材に、原画数点をアクセントとして配置。

「鑑賞」するようなインスタレーションではありませんが、
まだまだ寒い2月の時、CAYの食事や飲み物とともに、
天草の暖かな風を感じてもらえたらいいなと思います。

5度めの「東日本」終了

2019 年 1 月 23 日 水曜日

青山のspace yuiで5度めの開催となったボクの個展「東日本」
1月19日に無事に会期10日間を終了することが出来ました。

年明けのゆったりした空気の残る1月10日に始まり、
足を運んでくださる方の口コミで、お客様が加速度的に増えてゆき、
最終日の賑わいはこれまでで一番ではなかったかと。

そんなワサワサした瞬間でも、しっかり作品や空間を楽しんでくださり、
ボクに温かな声をかけて下さったみなさんに感謝いたします。


最後のお客様は同業の方。

閉廊時間ギリギリのタイミングだったけれど、
それでも1点1点の絵にしっかり慈しみの視線を注いで下さる姿が、
なんだかとても美しく思えて、
今回の展覧会を記憶するものとして、1枚写真を撮らせてもらいました。

足を運んで下さった方お1人おひとりが、
それぞれの時を大切にされ、
1枚1枚の絵と語り合うようにして向き合って下さった展覧会。

震災から8年、5回続けてきたことでボクの中で像を結んでいった、
消費されてしまわない表現のあり方。

向き合う人の想像力を信じ、
心の奥に埋まっている「その人なりの美しさ」を掘り起こせるような
絵やイラストレーションのあり方を、さらに追求してゆける力を得られた、
青山での1枚の絵を介したみなさんとの語らいの10日間だったはずです。

これまで以上に東北の、いわゆる被災地と呼ばれる土地以外を描いた絵が多かった今回。

会期を通して自分の視点を振り返ってみると、
北海道の知床でも、熊本の天草でも、
そこに東北的な価値を見つけようとする目でいた自分に気がつきました。

生と死が隣り合わせの冬の厳しさを擁する知床では、東北で感じた温かさを、
とりあえず人が生きてゆけるであろう天草の温さの中で、東北で得た凛とした清涼感を、
それぞれの風景から削り出したような「ポスト3・11」の僕の視線。

もしくは水俣。

東北を描き続けた先で、熊本の津奈木町のつなぎ美術館にご縁が繋がり、
その隣、幼い時から見てきたニュース映像やユージン・スミスの写真で、
ボクの中ではモノクロの世界だった水俣が、絶対的な夕焼け色に染まり、
その豊かな色彩の変化の中で、東北の太平洋沿岸で失われたものを想像した時間。


これまでの5回を振り返ってみます。

2012年3月の1回めの「東日本」は、
2011年3月11日の時点で1歳3ヶ月だった息子に、
将来「震災」や「被災」を自分の言葉で語れるようにと、
ともかく弾かれるようにして巡った東北で、
思いがけず出会った美しさにクラクラしたまま、
思いつくままの言葉を絵にしていった展覧会でした。

2度めは2014年1月末
東北でのフィールドワークを重ねる中、
「確かなひとり」に出会い、言葉を交わす中、
それまでに出会ってきた東日本から、余計な言葉をそぎ落とし、
心に飛び込んできたシンプルな言葉にフォーカスし、絵を描き始めた展覧会。

3度めは2015年夏
過去2回の「東日本」を、主に西日本に巡回させていった中、
今まで以上に柔らかなの視線でローカルと向き合う術を手にし、
東日本から西日本へと漂白していった、ごく私的な東日本の記録。

4度めは2017年1月
東日本で手にした世界観や絵の技術を「とうだい」という絵本に結実させ、
これまで描いてきた絵を社会で活かす発想や、
今まで1人でやってきたことの隣に並走者を見つけられた頃。
会期を終えた時、少なからずの疲労感を感じ、
次は確かな並走者の必要を言葉にするも、展覧会は”つなぎ美術館”へ巡回。
今に繋がる人との確かな関係の構築が始まりました。

そして5回めの今回。
人との確かな関係は、作品からさらに余計な言葉をそぎ落とし、
絵がシンプルになった分、それを介して接する人との会話は、
よりスムースに饒舌に深めることが出来たかもしれません。

もっとも、
「人との確かな関係」の中には、
どうしようもない喪失がいくつも含まれています。

父の死や、古くからの友人、お世話になった先達、
震災があったからこそ友人になれた人、などなど。

「サンテンイチイチ」などと記号的な言葉で語られ、
放っておけば風化し、ある意味消費さえされてしまうことに対し、
ボクという人ひとり分の血肉を与え、考え、言葉にしてゆく作業には、
決定的な喪失が伴うことだと、想像はしていたけれどね、
現実はとてつもなく容赦無いものです。

それでもボクたちは、
足元に咲く名も無き花視線を投げかけ、
その美しさを記憶してゆかなくちゃならないんだ。

そう思える強さを、
やはり東日本を通して出会ってきた1人ひとりから学んできた8年です。

6回めの開催はあるのだろうか?

その答えを先回りせず考え続けるのは、
2011年3月11日の夜に直感したことに準ずるとして、

そもそもこんな展覧会の必要を感じられない世界であることが
一番なんだけどなあ。

5回めの今回、「東日本」というタイトルの必然についてずいぶん考えたけど、
会期を終えた今、まだ必要としている人ばかりであることを、
南青山のspace yui という美意識の現場で確認出来た2019年1月。

個人的には「イラストレーション」というものの日本語化みたいなことを、
漠然と考え始めています。

今の日本だからこそ生まれる美しい何か。

それも答えを焦ること無く、一歩一歩。

今は「東日本」という展覧会を3月の宮城県塩釜に持ってゆく準備を進めています。

ジークレー版画販売

2019 年 1 月 17 日 木曜日

「東日本」と名付けた展覧会を5回も支えてくれている青山の老舗ギャラリー space yui
ボクの絵の”ジークレー版画”を企画してくだり、オンラインショップで販売が始まりました。
http://shop.spaceyui.com/?mode=cate&cbid=1175381&csid=36

原画の色彩に迫る綺麗な仕上がりのジークレー版画

・福島県いわき市豊間のビーチを描いた絵。

http://shop.spaceyui.com/?pid=138969482

・岩手県宮古の鍬ヶ崎の静かな夕景

http://shop.spaceyui.com/?pid=138969491

・宮城県塩釜の千賀の浦を舞うカモメの絵

http://shop.spaceyui.com/?pid=138968690

・天草の崎津を望む絵

http://shop.spaceyui.com/?pid=138968795

・芙蓉の花を描いた絵

http://shop.spaceyui.com/?pid=138969532

・明け方の朝顔を描いた絵

http://shop.spaceyui.com/?pid=138969536

以上6点がネットよりご購入頂けますので、
ぜひリンク先をチェックされれみてください。

space yui のオーナー木村さん曰く、
「アミイゴくんの絵、若い人とか買えないでしょ」
「だから欲しいって言って下さる方に答えたいの」

ありがたいことです。

が、
複製画に2万円、3万円という値段を高く思う方もあるはず。

ジークレーとは、フランス語で〝吹き付けて色を付ける〟という意味で、
リトグラフやシルクスクリーン版画と違い版を用いず、
デジタルデータを上質な紙に高精細で広色域なミュージアム・クオリティの顔料プリントを施したもの。
150~250年からの高い保存性を有した美術品として扱われています。

個人的には、日本各地で出会ってくださった方への恩返しに繋がれば良いなと願いつつ、
yuiさんのご好意を、さらなる出会いに変えてゆかねばならないと思っています。