‘展覧会’ カテゴリーのアーカイブ

97ヶ月め

2019 年 4 月 11 日 木曜日


今日は2011年3月11日から2,953日
421週と6日
8年1ヶ月
97回めの11日です。

先日は岩手県宮古市へ。
2年前の3月にもお世話になった
岩手県太平洋沿岸部のすべての町から失われた映画館を復活させることで、
地域や遠方の土地とのコミュニケーションを生むプロジェクト”シネマ・デ・アエル”で、
子どもたちと絵を描いたり、展覧会を開催したり、映画上映後のディスカッションに登壇したり。

何より太平洋の真珠のような町宮古と、そこで出会った人たちとの再会が幸せな時間でした。


また、今回の上映作んのひとつ、
福島県双葉町に伝わる”盆唄”を震災後復活させてゆくドキュメントにして、
個人的にはミュージックエンターテーメントとしてとても楽しめた「盆唄」の上映後、
監督である中江裕司監督と言葉を交わせたことは、大きな財産になりました。

ボクがとても大切にしている映画「ナビイの恋」などを通して、
沖縄の人々の深い情や朗らかに生きる知恵を伝え続けてくれた中原さん。

今双葉町を描くことは、原発事故と向き合わざるを得ないことでもありますが、
中原さんはしっかり「ひとり」を見続け、ひとりから放たれる表現に耳を澄ませることで、
ひとりの背景に広がるリアルを確実に、しかし軽やかに描きとったはずです。

双葉町に広がるリアルは、ただ人前に放り出されるので無く、
最後は盆唄にしっかり抱きしめられる映画です。

失われたものに対して打ち鳴らされる盆唄の美しさ!

あの日から8年の春にこの映画に出会えてよかった。

あの日から8年の宮古。
ボクにとっては2年ぶりの宮古は、
変化の中にありました。

「盆唄」に出会った宮古の方々は、
この映画をエンターテーメントと捉える以前で、
福島の原発事故に対する深い憤りと宮古の現状を掛け合わせて受け止めたようでした。

そうしたことに監督である中原さんは、
ご本人としてエンターテーメントとして見てもらいたい「盆唄」を、
「宮古に来てやっとわかった。自分は双葉町の亡くなられた方々に、この映画を作らされたのだと思う」
と発言されていました。

宮古の漁港をグルッと囲むように建設された10mほどの高さの防潮堤には、
「海を失いたくない」という町のみなさんの声に答え、
厚いアクリル板がはめ込まれた小窓がいくつも作り込まれていました。

その制作費、ひとつ200万円ほどとうかがったのだけど、
これは都市伝説だったりするのか?
それとも本当に200万円?

ボクが何度も描いてきた鍬ヶ崎の浜の風景も失われています。

この感覚は、初めて被災の現場に立った時と似て、
初めて出会う風景に心の動きが止まる感じでした。

なので、それに対してボクが何か口にするのでは無く、
ここに暮らす人たちの言葉に耳を澄ませてゆかねばならないと思いました。

津波被害のあった場所では、未来の街づくりの実験のようなことも行われている印象で、
「復興」というものが、そこに暮らす1人ひとりにとってどういうものになるのか、
東京で暮らすボクは、引き続き宮古を訪ね、確認してゆき、
もし必要とされるのであれば、街に生活に必要とする彩りを与える仕事などしたいです。


震災直後から仮設で営業を再開した酒屋さんは、
前回は来た時は海側に移転していて、
今回は元あった場所に立派に再建されていました。

そんな志の先で、どんな人間の物語が育ってゆくのか。
そんな志がどんな美しさを街に与えてゆくのか。

「3・11」という記号を消費してしまうで無く、
「平成」の終わりにボクの勝手でリセットしまうでも無く、
ましてや「復興オリンピック・パラリンピック」などというワードを一人歩きさせることもせず、
自分の足の裏の感覚を頼りに、1人ひとりに出会ってゆかなくちゃだな〜

ワークショップに参加してくれた宮古の子どもたち、
とても豊かな色彩を持っています。

でも前回同様に絵に向かう最初の一歩がとても慎重。

それを前回は東北ならではシャイな資質と思ってしまったのだけど、
2年後の今は、それが全国的な傾向であることを、
この2年間に出会ったきた子どもたちの様子から感じています。

大人が過度に人に気を使い生きている。
もしくは、表現やコミュニケーションを失敗することを過度に恐れる。

震災以降、そんな傾向が深まったんじゃないかと。

子どもたちにはとても豊かなものを与えていながらも、
表現の最初の一歩めのところではつい
「それはやっちゃダメ」という言葉が優先されてしまう。

そういう言葉が使われる背景には、
日本人の「優しさ」という資質があるはずなので、
ボクがわざわざ矯正を促すべきでは無く、

ただ、ボクと子どもたちとの時間の中で、
子どもたちに埋まっている豊かな力を確認してもらえたらいいな〜

ちっちゃいうちに吹っ切れたことを1度でも経験出来ていたら、
いざという時の力になるはずだと思うのです。

などと、ある意味2年前に宮古で感じたことは、
日本の一番最先端で起きていたことだったんだって思いました。

良いものにたくさん出会えた宮古。

旅の最後に「人生フルーツ」なんて映画に出会えて、
その日がちょうど昨年亡くなった父の命日だったりして、

シネマ・デ・アエルの人の輪は、
やはり「死ぬまで会える」絆をじわり構築するものなんだよな〜と。

みんな、焦らず良いもの積み重ねてゆきましょう!なんて願い、
壁面に大量の絵を残して帰路につきました。

会期を延長していただいたボクの展覧会を守ってくれたのは、
この企画がご縁で結婚してお子さんを設けた方。

赤ちゃんのオムツ取り替えながらギャラリー番をします!って。

東京での展覧会みたくワッと人が足を運んでくれるはずは無く、
しかし、「効率」ってことでは語れない福をボクの絵に、そしてボクに与えてくれた宮古です。

30年くらい絵を描いて生活してきた中、
密かに求めていた絵のある風景に出会えたはずです。

ありがとう、宮古!
岩手、東日本
PEACE!!

THKドローイング_SHIOGAMA2013

2019 年 3 月 27 日 水曜日

2013年2月に宮城県塩竈で出会った方から頂いた手紙をもとに、
再び歩いた5月の塩竈を85枚のスケッチを描きました。

今回、塩竈市杉村惇美術館での展覧会に開催するにあたり、
コトリンゴさんにこのスケッチに添えるピアノ曲の作曲を依頼。
ご自宅のピアノで演奏された曲を添えた5分40秒の映像作品を制作し、
展覧会の会期をとおして流し続けました。

塩竈で展覧会を開催することは、ボクにとってとても重要なことで、
しかし、そこには少なからずの恐れもあって、
ヘタれたボクはコトリンゴさんという同時代を共にする才能を頼ったってことです。

なぜ塩竈で展覧会をしなければいけないのか、
個人的な話を聞いていただいた上で創っていただいたピアノ曲は、
そのまま6年前のボクの塩竈での足音のリズムと重なり、記憶のBGMとさえ呼べる仕上がりでした。

コトリンゴさんのご自宅のピアノで録音された曲は、いつもの彼女の仕事からすると「荒い」とのこと。
しかし、いつもの仕事とは違ったエモーショナルな揺らぎを感じられた演奏に、
彼女のこれからの活躍がさらに楽しみに感じられたボクです。

そうして展覧会にひとつの芯が生まれたことで、
3月11日を目の前に不安になりがちなこの時期、心穏やかに絵や空間に向き合うことが出来たと、
少なからずの方が言葉にして伝えてくれました。

そしてボクは、そんな曲の肩越しから見た塩竈が、さらに美しく感じられてね〜!
ほんと、お願いしてよかった。

ありがとう、コトリさん。

展覧会最終日、都内のスタジオから駆けつけてくれてビックリ。
東京にトンボ帰りしてくれたコトリンゴ、男前だぜ!


今回の塩竈の展覧会では、塩竈のポータルサイト”クラシオ”の取材を受けました。
LOVE FOR SHIOGAMA
http://kurashio.jp/archives/10709

展覧会開催に至る経緯など、難しいテーマだったと思いますが、
シンプルに綺麗にまとめていただき感激です。

取材してくださった方は、震災があって大変なこともあったが、
塩竈の外の人とたくさん知り合うきっかけにもなったと。

誰をチョイスし、語られたことのどこにフォーカスするのか。
それをどんな口調でもってシェアしてゆくのか。

ボクが何を語ったかってこと以上に、
地域のポータルサイトから発せられる『自分たちで未来を創造する意思』みたいなことこそ、
読み取ってもらえたらいいなと思います。

震災の悲劇と並走しているからこそ問われる柔らかなマインドの編集。
それはある意味、今の日本の最先端の発想に触れられるってことでもあるはずです。

塩竈のみなさん。もしくは東日本に暮すみなさん。
ボクが出会った美しい街、そこにどんな色落としてゆくのか、
一緒に考えてゆけたらいいなと願っております。

96ヶ月め

2019 年 3 月 11 日 月曜日


今日は2011年3月11日から2,922日
417週3日
8年
96回めの11日です。

3月2日から10日まで塩竈市立杉村惇美術館で開催の展覧会「東日本」
無事に終えることが出来ました。

東北ではまったく無名のボクですが、
8日間の会期をと通し、口コミでのお客様が増えてくれたのは、
震災の次の年に東京で展覧会を開催した時に似ていました。

1枚の絵を間に生まれる会話を楽しんでくださる多くの方に出会えたこと、
あれから8年という時の流れを感じることが出来ました。

そして、あらためて、
「それどころでは無い」という立場に置かれたままの人を想像したのも、
美術館という装置ならではなんだと思いました。

また、長崎から、愛媛から、大阪から、東京から、福島からと、
わざわざ遠方より足を運んでくださった方があったことは、
杉村惇美術館という美しい場所の求心力でもあったなと。

しかも、ただ美術館という箱があるだけでは無く、
企画運営する方々の魅力が細部に宿っているからこその、
美術館の求心力であったと思います。

熊本で、福島で、美術館関係者から「塩釜には彼女がいるから」と伺っていた、
ビルド・フルーガスの高田彩さんには、
噂通りの見事なオーガナイズを頂きました。

杉村惇美術館の館長さんである岩澤さんは、
お客様にボクの展示をまるで自分の展覧会のように語ってくださるので、
ギャラリーが終始朗らかな空気に包まれていました。

他の学芸員さんも実に丁寧な現場創りに尽力されていて、
いい加減になりがちなボクの展覧会を凛としたものに仕立て上げてくれ。

併設されたカフェのスタッフさんにしても、
美術館のカフェとしての美意識を貫く所作がとても綺麗でね〜。

お客様として足を運んでくださった皆さんの「来てよかった〜」は、
そんな皆さんの尽力の賜物に間違いありません。

例えば「被災地の復興」ということを考えてみても、
こんな方々の奮闘が美意識の現場を育ててゆく姿も、
これからの復興に欠かせないものだと思いました。

しかし、こんな現場がひとつあるだけで、
ずいぶん豊かさを感じるものです。

宮城県の他のエリアから来た人が、
塩竈にこの美術館が出来たことを羨ましく語っていましたが、
実際ボクもこの場所で多種多様な方と会話が出来たなあと。

美しい箱とそこを運営する人の尽力で、
地域の風景がちょっと豊かに見えること。

そこに自分も絵で関われたこと、うれしく思います。

会期中2度開催したワークショップも、
ボクの思惑以上に意義深いものになったはずです。

集まってくださったみなさんの、
想像以上のクリエイティビティに出会えた喜び。

それ以上に、
みんなで絵を描いたからこそ生まれた「はじめまして」同士のオープンな会話。

そして、美術館の、普段なら静寂に包まれているはずのギャラリーに響いた、
元気な子どもたちの声!

子どもたちの持っている力の鮮やかさに、
パパママたちの歓声が上がる。

アートとか芸術とか語ってかしこまってしまわず、
今を生きる人の必要に答える美術館のあり方。

新鮮だなあ〜〜!

もちろん、これで震災前の塩竈に戻ったわけでは無く、
多くはこれからだろうし、失われたものを取り返せるわけでもなく。

それでも、震災の経験した土地が手にした「人の必然に当たり前に答えるマインド」は、
日本のみならず世界でも最前線の感性によって形成されているように思いました。

*この感じ、2月の福島県昭和村でも感じたこと。
http://www.yakuin-records.com/amigos/?p=13989

あらためて、
ボクがなぜ塩竈市立杉村惇美術館で展覧会を開いたかを記しておきます。

2011年3月11日以降始めた震災被災地を中心としたフィールドワーク。

その10回目くらいに当たる2013年1月末から2月頭にかけてのフィールドワークで、
岩手県の宮古や宮城県の気仙沼を巡った後、
一関のホテルで見ていたテレビで、塩竈の港の施設が再開されたみたいなニュースをやっていて、
そういえば東京で塩竈を報道されることは少ないなと。

初めて訪れた塩竈は、確かに津波の爪痕は残っていて、
しかし以前の街の姿を知らぬボクはただウロウロするばかり。

そうしてたどり着いた塩竈港では、
カモメ(うみねこ?)にかっぱえびせんを投げ与えている女の子に出会ったりしてね。

港には復興市場なる仮説の海産物の販売所があって、
隅っこのプレハブの中で震災被害の写真展をやっていて、
そこで海産物の発送の仕分けをやっていた女性に「ちょっと見ていいですか〜?」って聞いたら、
「どーぞ!見て見て!!」ってすげー元気に返されて。

港町の女、やっぱ元気だね〜なんて思っていると、
「ちょっとこっち来て!」って、ご家族が営まれている海産物の直売所に呼ばれて、
「牡蠣食べて!」「わかめ食べて!」「どう?おいしいでしょ!」って。

いやいや、被災地の甘い汁吸いすぎだろうなんて言ったら、
「いいの、いいの!」「これ作ってるの私の旦那なの」
「すごーくいい男なんだから!」なんてご主人自慢。

『被災地に行ったら、逆に被災者に元気もらっちゃいました』
こんな話を良く聞くけど、それは言っちゃお終いだろうなんて考えていたボクが、
しっかり元気が湧いてきちゃった「ひとり」との出会い。

ボクは絵を描いていることを告げ、
持っていたカモメやシロツメクサを描いたポストカードを渡して東京に帰ると、
しばらくして彼女からの手紙。

そこに書かれた、
震災の直後に海から見上げた空に見たカモメに、生きてる実感を得たこと。
保育士としての二十歳の初出勤の朝に、足元にシロツメクサを見て、不安の気持ちが和らいだこと。
ご主人のことが大好きなこと、、
また塩釜に来るのであれば、ご主人が働く海を見てもらいたいこと。
塩竈神社の塩竈桜もぜひ見て、いつか描いてもらいたいことなどなどが、
小気味好くも美しい文体で描かれていました。

「ああ、出会ってしまったなあ〜!」

ボクは塩竈桜の咲く季節を調べ、
5月5日に再び塩竈へ。

彼女の働く海の上を羽ばたくカモメを描き、
2度目の開催となった「東日本」という展覧会のメインビジュアルにして、
彼女に送りました。

2014年1月の東京青山での展覧会の初日の朝、
彼女が塩竈から、保冷ボックス一杯の牡蠣やワカメを抱えてやってきて、
オープンした展覧会を15分くらい見たら、「来れてよかった」って、
日帰りとも言えぬトンボ帰りで塩竈に帰っていった。。

そうしてボクは震災後初めて被災地と呼ばれる土地に友を得た。

そのカモメの絵は、展覧会に多くのお客様を呼んでくれ、
主に西日本での巡回展を呼び寄せ、
「とうだい」という絵本の作画の仕事に結びつき、
「赤崎水曜日郵便局」の書籍化の際の装丁画の仕事にも結びつき、
(偶然だけど、筆まめな彼女の水曜日の手紙も掲載されていた!)
水曜日郵便局のお膝元、熊本県津奈木町の”つなぎ美術館”での展覧会開催に至る。
(最初に描いたカモメの絵が大阪の方の元に羽ばたいていったので、あらたに描き下ろした)

そこでの水曜日の出会いは、
水曜日郵便局次の開催地、宮城県東松島の宮戸島を舞台とした
「鮫ヶ浦水曜日郵便局」にボクを引き込み、
水曜日の手紙をテーマとした絵本制作のオファーをもらう。

オリジナルのストーリーは作れるか?の問いに、
松島湾の南っ側の塩竈に、よく手紙をくれる人がいて、
その人をモチーフにストーリー作れるって、
「うーこのてがみ」というタイトルの絵本の制作を始めました。

その間、彼女は事あるごとに手紙を送ってくださり、
またご主人とのラブラブ話はさらに深まり、、

ボクと長崎の諫早のオレンジスパイスさんとで運営している”peaceてぬぐい”に添える手紙に、
『被災地の今を伝える手紙』として数度登場願ったり。

ボクもフラリ塩竈を訪れては、
彼女のご家族の営む海産物の直売所で、相変わらず美味しい思いをして、
復興市場から津波で流される以前の場所、越ノ浦に直売所が戻った際のお祝いに行ったり。
「暮しの手帖」の震災特集に登場もしてもらったなあ。

で、そんなお付き合いの中、
彼女が尋常ならざるくらい「人のために働く人」であることを知り、
家族の仕事を助けながら、さらに家計を助ける仕事に奮闘している姿に、
無茶はさせられないなあと、
東京の展覧会に駆けつけトンボ帰りをした意味なんかを噛み締めていて、、

が、2018年、震災から7年目の春に、
「そろそろ私がやりたいと思うことに集中してゆくんだ」って、
仕事を減らして、例えば大切に考えている
塩竈港の万葉の昔から伝わる呼び名「千賀の浦(ちがのうら)」を復活し、
地域ブランドに育ててゆくことなど、
ともかく愛する家族や地域の元気のためにやれることやってゆこうって。

ならばボクの描いたカモメの絵なんかも使ったらいいよ!なんて話をして、
でもその前に羽田空港で羽ばたかせるから、
そんなんをきっかけにしていってくれたらいいよ!なんてね。

そしたら「羽田空港ぜったいに見にゆくから!」って、、

無理して羽田来ること無いよ!
俺、塩竈で展覧会ひらいて、あのカモメの絵も連れてゆくからさ!なんて言えば、

「いや、展覧会は私が企画する」「いい場所見つかったから楽しみにしていて!」だって。

ボクはその間、震災後の活動がユニークだと、
あるテレビ番組の制作チームに取材されていて、
カメラがボクの方を向く度に、
違うんだよ、すごいのは彼女なんだよ!なんて思っていて。

結局この取材はテレビ局上の方の人の
「ボクと”被災者”との関係が分かりづらい」みたいな”分かりやすい”理由でお蔵入り、、

でもいいんだ、
被災者と付き合うのが目的じゃねーよ、、
彼女のような「ひとり」と出会い、その関係を大切に育てることが、
人に、地域に、どれだけの幸せを生むことか!
(ただ、ボク以外の人たちは番組を楽しみにしていたのだが、、)


2018年8月、「うーこのてがみ」の作画を始める。

うん確かに「うーこ」の動きは彼女の動きに似ているぞ!
彼女と出会った際、自分の店にボクを誘った時の軽快な足取りとか、まさにだなあ〜、
なんてニヤニヤしながら筆を進めている中、彼女の訃報が届く。

49歳

ボクはボクの勝手な歴史の中で、彼女のことを端折ってここに書いているけど、
彼女の家族や知り合いの喪失を肩代わりなどすることは出来るはずもなく、
ただ、彼女の家族の皆さんやお知り合いの皆さんと、もっと彼女の話をしたくてね、
いや、もうなんも知らないから、

どうやら彼女がボクの展覧会を考えてくれていたのと、
カモメの絵がご縁で知り合いになっていった美術館が一緒らしいってことで、
塩竈市立杉村惇美術館に100点以上の絵を送りつけ、
結果、
映像作品も含め90点の作品の人生最大展を8日間だけ開催した。

それは刻々と変化する塩竈の光とお会いする皆さんとの会話に溢れた、
とても美しい、
きっとボクがこれまでに創ってきたものの中で一番美しいものになったはず。

水間さわ子さんという「ひとり」に出会い、
ボクは震災後の混乱する気持ちのままカモメを見上げ、
その後を生きるための基準となるような絵を描き、
遅ればせながら塩竈に届けた。

すべてはこれからだ。

展覧会から明けて3月11日。
宮城県塩竈は雨。

この後雨脚はさらに強まり暴風雨化するとの予報に、
いくつかの予定をキャンセルし、東京に戻りました。

なにかあったらすぐ駆けつければいいね。
塩竈、心の距離はめちゃくちゃご近所になったしね。

2019
0311
PEACE!!

3/2~10塩竈市立杉村惇美術館で展覧会開催

2019 年 2 月 11 日 月曜日


あれから8年めの3月11日を前に個人的な必然のもと、
宮城県塩釜にある美しい美術館をお借りして展覧会を開催します。

東京から「わざわざ」足を運んで頂いても満足いただけるものにしてみます。
この季節の東北太平洋沿岸の空気に出会うついでにぜひ。
そんな願いも込めて準備を進めてまいります。

小池アミイゴ展覧会「東日本」
美しき人との出会いと風景や花の絵の展覧会。

2019年3月2日(土)~10日(日) *4日月曜日休館日
杉村惇美術館、市民ギャラリー1・2
10:00 ~ 17:00 最終日3月10日は~15:00まで

SHIOGAMA SUGIMURA JUN MUSEUM OF ART
〒985-0052 宮城県塩竈市本町8番1号
TEL: 022-362-2555
http://sugimurajun.shiomo.jp

=展示=
塩釜をはじめ東北太平洋沿岸、そして日本の各地を歩いて描いた風景や花の絵
羽田空港で小山薫堂氏と展開中の「旅する日本語」の原画
絵本「とうだい」や東松島の宮戸島を舞台とした絵本「うーこのてがみ」の原画
鉛筆で描いたスケッチによる映像作品

絵本「とうだい」や東松島が舞台となった絵本「うーこのてがみ」、絵葉書の販売

=イベント=
3月2日(土)だれでも絵が描けるワークショップ、大人編 @大講堂
だれにでも出来る表現で、絵やイラストレーションの楽しさに出会える時間。
「わたし絵が描けないから、」という人こそウエルカムです。
3月2日(土)14:00~ 2時間ほど
・参加費500円、画材等こちらで準備します。
・汚れてもよいオシャレでご参加ください。
申し込むフォーム> https://goo.gl/forms/HnN0Ek2B5pu3VZYw2

3月10日(土)だれでも絵が描けるワークショップ、親子編 @市民ギャラリー
表現の最初の一歩が幸せなものであるようにと、日本の各地で開催している絵の時間です。
絵本の読み語りなども交え、親子で楽しむアートのあり方をお持ち帰りいただけます。
3月10日(日)10時~ 1時間半ほど
・参加費500円、画材等こちらで準備します。
・年齢制限無し
・汚れてよいオシャレでご参加ください。
申し込むフォーム> https://goo.gl/forms/3ZI4tE5GO4NxxpCw1

2013年3月、ボクは一通の手紙を受け取りました。
松島湾で養殖漁を営むご一家の長女で、2月に塩釜港の復興市場で出会ったばかりの方からの手紙には、震災の直後、家族の仕事場である海から見上げた空にノホホンと飛んでいるカモメに、生きている実感を得たこと。初出勤の朝、ふと目にしたシロツメクサが不安な気持ちを和らげてくれたこと。養殖漁に尽力するご主人へのラブラブな思いや、ちょっと未来の夢などが、生き生きとした筆致で綴られていました。

そんなごく私的な物語と出会えたことで、ボクは「サン テン イチイチ」と呼ばれている悲劇の地に在っても、1人の大きさで見て感じることの尊さと、そこに美しさを見つけ描くことの意義に気づけたはずです。
そうして描いた塩釜の海の上を飛ぶカモメの絵は、多くの方の共感を得て、ボクをさらに次の場所へと導き、新たなる人との出会いと共に、絵を描く力を与え続けてくれるものになりました。

「絵にできることってなんだろう?」との自問はあれから8年の今も変わらず。しかし「絵にできることはこれからが本番」という実感は今こそ深まり、今回「約束の地」である塩釜での展覧会開催に思い当たりました。

この展覧会が、みなさんの穏やかなな語らいの場所となればいいなと願い、杉村惇美術館のギャラリースペースを気持ちの良い空間に仕上げて、お待ちしております。

「あまくさブルー」@青山CAY

2019 年 2 月 2 日 土曜日


「あまくさブルー」小池アミイゴ 天草スケッチ展
 会期:2019.1.29(Tue) -2.27(Wed)
 会場:CAY(Spiral B1F)

 〒107-0062
 東京都港区南青山5-6-23(スパイラルB1F)MAP
 営業時間:11:30-24:00 
 ※催事・貸切などにより営業時間を変更する場合がございます。
 事前にホームページ、またはお電話でご確認の上、ご来場下さい。

レストランバーでの展示となります。
ご来場の際にはお一人様1オーダーをお願い致します。

急遽決まった我が心の青山CAYでのインスタレーションです。

年末年始と濃密な内容の展覧会が続き、
CAYでは天草を描いたドローイングを拡大したりで、
ヒラヒラ軽快な空間創りを心がけました。

そのために、天草ドローイング数百枚のコピーを用意したのだけど、
結果欲張らず10分の1くらいを素材に、原画数点をアクセントとして配置。

「鑑賞」するようなインスタレーションではありませんが、
まだまだ寒い2月の時、CAYの食事や飲み物とともに、
天草の暖かな風を感じてもらえたらいいなと思います。