2017 年 2 月 11 日 のアーカイブ

71ヶ月め

2017 年 2 月 11 日 土曜日


今日は2011年3月11日から2164日め
5年11月
71回目の11日です。

先日宮城県を中心に発行されている新聞「河北新報」に掲載された、
県内に暮らす18歳の人の投稿がネットでシェアされてきたのに出会い、
考えさせられました。

以下一部引用します。

2011年3月11日からの地震、津波、原発事故発生後、震災に意味付けをする人がたくさんいた。
「絆ができた」とか「家族を大事にするようになった」とか、建前でいう人がいっぱいいた。
だが、そんなものは震災前にだってあった。
震災が起きたことに意味なんてない。起きない方が良かったに決まっている。
だから私は、震災を都合よく語ったりしない。
あの日起こったことを、自分の記憶に刻む。ただ、それだけ。

まさにその通りだと思います。

もうちょっと言えば、
「絆」も「家族を大事に」も消費しやすい言葉に置き換えられてしまったなあと。
少なからずの違和感を感じて、まもなく6年です。

ただ、
2011年3月に13歳だった人にあやまらねばならぬことがあります。

震災の前に「絆」も「なにかを大事にする」こともあるにはあったけれど、
ボクたちオトナの多くはそれを大事にしていなかったはずです。

3万人が自殺をする国にあって、
「絆」なんてめんどくさいことなるべく考えにようにして、
それぞれがそれぞれの場所で演じるキャラを大事にするだけの、
とてもモロい関係性の中で孤立感を深めていた。

極端なたとえかもしれませんし、すべての人がそうであったわけでもないけれど、
しかし、それがボクたちだったのではないかと思うのです。

2011年3月11日、ボクたちは考えました。
考えざるを得ないものを見ました。

絶対的な喪失

しかし、
困難を乗り越える人間のしなやかな力強さ

ただその実感を共有することは容易なことでは無いとの直感は、
大きな無力感に変わり、多くは手付かずのまま今に至っています。

そんな中「絆」のような言葉に、ある意味すがってしまったはずです。

もしくは無自覚なまま「がんばれ」「立ち上がれ」なんて言葉を放つも、
結局自分自身を奮い立たせてるだけのおじさんたちとか、、

今18歳になった人の語る
『あの日起こったことを、自分の記憶に刻む。』

それだけの勇気を持てなかったボクたちです。

それでも願うことは、今からでも遅くない、
「絆」でもなんでも本当に大事にして育ててゆきたいなということ。

絶対的な喪失に対してなにか出来るはずは無く、
悲劇は悲劇のまま静かに胸に刻み、
しかし、ボクたちに足りていなかったものを1つひとつ確認し、
これから未来、特に18歳とか12歳とかの人にとって好ましい未来に必要とされるものに、
みんなして育ててゆけないかな。

18歳の人の静かな叫びに答えられるかどうか自信無いけど、
自信無い部分は、志を共にする人を見つけ、語り合い、
しなやかに力強いものへと育ててゆこうと思います。

以下、
先日東京-横浜での会期を終えた展覧会「東日本」から思うことをちょっと。

ボクのやっていることをザクッと言葉にされてしまうと、
『「被災地」と呼ばれる場所を歩いて絵にしている』です。

しかし、ボクはなにを見ているのだろうか?

4度めの開催となった今回、
あらためて自分の視線というものを考えてみました。

特に今回は、ギャラリーに足を運んでくださる方の多くが、
実に的確にボクが描いたものの本質的なものを言葉にしてくださり、
4度重ねてきた意味の深まりを感じながら、
自分の視線というものを知ることが出来たかもです。

生きる、というか、暮らす、という中で、
ボKうたちはものを見ているようで、
実はほとんどのことを思い込みで感じているんでしょう。

「見る」ということは「見なければいけない」という意識の指示で行われるのだけど、
その背景にある思惑で都合の良いものに置き換えられている。

意思を持って見てるものの多くは、
実は「見ているつもり」のものなんだろうなと。

なので、絵を描く場合も「見ているつもり」のものに惑わされて、
どうにも「見た」感動の本質に触れられないでいる座りの悪さを感じてばかり。

今回の展覧会を通して、
「わたしこの風景の場所に住んでいるんです」
「わたし、この風景の場所に行ったことあります」などなど、
リアルな既視感をもって絵とご自身の経験を語ってくださる方がいて、

そんな方の話を伺っていて気がついたのは、
ボクたちは目の端で見ているものが莫大にあって、
それは「見ているつもり」でいるものなんかより
ずっと多くの情報量をボクたちの無意識にもたらしてくれてるんだということ。

「見る」という意思の働かぬところで見ている「暮らしの風景」

それは大きな揺らぎと広大な曖昧さを有するものです。

たとえば車を運転して山道を走っているとします。

ボクたちの目は道路を見て、センターラインの位置を確かめ、
道路標識を確認しながら対向車を気にする。
たまにやってくる名所と言われる場所に視線を飛ばし、
時が進むにつれ変化する陽の光に対応し車をオーガナイズさせる。

そうやって視線を駆使させてゆくのだけど、
目の端で一瞬にして過去へ追いやられてゆく道路の脇の雑草や雑木林の灰色の風景、
なんちゃーことない人の家やつまらない庭木、見栄えのしない山並みや退屈な雲、
ぼんやりした午後の光や昨日だか一昨日に降った雨による小さな水溜り、などなど。

ユラユラ揺れて消えてゆく日常の風景。

ボクたちが想像力をそそぎ大切にし共有するべきものは、
こんなものの中にあるんだと気がつきました。

こじつけになるかもしれないけれど、
「復興」と言った場合、意思をもって視線を注ぎ造られる
防潮堤やかさ上げ工事や道路や病院なんてものがあるのですが、
もちろんこれはそれぞれの道のプロが取り組み、
その土地土地で必要とされるカタチで迅速に提供するべきものでしょう。

ただ、ボクのようなものがやるべきことは、
目の端に写っているはずの日常をどんなものにするのか?

非常に曖昧に揺れ動く領域ですが、
そこが1人ひとりの人生の揺りかごになるような優しきものであればなと。

「復興」の名のもとで開発の進む土地でも、
わずかの余裕を見つけられたら、
日常の中で目の端でとらえ消しとばしてゆく風景を、
ちょっとでも豊かなものに出来たらいいなと。

どうしようもなく微力ではありますが、
そんなものに光を当てる仕事を続けてゆこうと思っています。