2017 年 12 月 のアーカイブ

2017 to 2018

2017 年 12 月 31 日 日曜日

死、死、死、死、
そうマジックぺんで書いては真っ黒に塗りつぶし続けた小3女子が、
最後に仕上げたワイルドに美しい色面。

2017年12月17日
群馬の高崎のpeace tree というセレクトショップに
200名からのお客様が集まったライブイベントで開催した
子どもワークショップで生まれた絵の一部です。

キャンプやフェスが日常の風景であるであろう
意識の高い人たちの集うオシャレセレクトショップのパーティーで開催した子どもワークショップ。

が、子どもたちみんなシャイ。

なるほど、お父さんお母さん、ちゃんとした人ばかり。
ちゃんと子どもに自由を与え、
ちゃんと子どもにモラルを与えているのがわかる、
みんないい子ばかりなんだよね〜!

「死」を恐れる小3女子が描いては真っ黒に塗りつぶす、
そんな姿に一瞬ひるんだボクだけど、
どうやら学校で「死」という漢字を習ったばかりで、
それとともに「死」について考え込んでしまっているよう。

お父さんお母さんがどんな方かを確認し、
これまでの経験の引き出し開けまくって判断して、
親子の間でコミニケーションは失われておらず、これは大丈夫!って、

小3女子の書く「死」という文字に対して「死、だね〜」
それを黒く塗りつぶす姿に「うん、その黒かっこいい!」ってね。

なんったって、ボクも小3の時死の意味が受け止められず毎日泣いていた子どもだったんだ。

そんなコミュニケートの先で、ここぞというタイミングを見つけ着彩へシフト。

繊細に野蛮にコミュニケートしまくったら、
ぐいぐいクリエイティビティを加速させ、ものすごい色使いで腕を振り切る。

その一瞬一瞬に驚き感動するボクは、
その気持ちを自分の言葉で注ぎ続ける。

彼女の手が一瞬止まる。
次の瞬間黒の絵の具を掴んだと思うと、両手でドバっと。

その画面への置き所が見事で、
遠目で見ていたオトナたちからも「おお〜〜!」と歓声。

次の瞬間ハイタッチ!

ボクの右の手のひらも一瞬で絵の具まみれの快感。

小3女子、にゃっと笑うと、
クルッと背を向けお母さんのとこに走っていった。

こんな感じで子どもたちと絵を描いてきた中で思うのは、
自由は子どもに与えてるものではなく、
子どもが自分から獲得することに意味がある。
そのチャンスの現場を作るのが親の仕事なんだということ。

そのためには、
ある種野蛮なコミニケーションってものが必要なんだということ。

下品ではなくて、野蛮。


この冬は東京で最も新しい街のひとつ、
天王洲で子どもワークショップを重ねてたのだけど、

新しい街のマンションに暮らす若いカップルのお子さんが、
やはりとてもシャイで、

これはどういうことだと、
子ども以上にお父さんお母さんとのコミュニケーションを慎重に重ねてみたら、

これはボクの想像でしかないのだけど、
みなさん新しい街でとても慎重に、周りに迷惑をかけぬよう生活されいるんだなと。

その慎重さが子どもたちの資質にもなっている。

で、そんな子どもたちとじっくりコミュニケートし、
「絵を描きたい」気持ちを引き出してみると、
これがスゲーんだ!!

ものすごくセンスの良い子どもばかり。

お父さんお母さん方、慎重に生活されているけど、
しかし、お子さんにはとても豊かなものを与えている。

シャイだけど1つトビラを開くと、
メチャクチャ高いクリエイティビティを発揮する子どもたち。

ボクはその最初のトビラを開く作業を
ワークショップとし称してやってんだなって。

実社会では丁寧で慎重に暮らし、
ネットに触れた際は言葉の暴風雨から身を守るような生き方が強いられる今。

今ボクと絵を描くような子どもたちのほとんどは、
その生きてきた時間を東日本大震災発生後の世界で生きている。
絆や思いやりを持てることが、人としての資質の上位に置かれる世界。

しかし、
子どたちにはあと一歩も二歩も踏み出して良いことを伝えてあげたい。
紙の上ならどこまでも突っ走って大丈夫!

そんなことで誰彼を傷つけるようなことは無いよって。
ただ、その勢いが暴力に変わる瞬間を見極め、
暴力より美しい表現の方がカッコいいことを伝えてやるのがオトナの仕事。

子どもが思いっきり絵を描いているから、
オトナの心も開き、より豊かなコミュニケーションが生まれる。

そんな中から、オトナも創造と暴力の際を見極める能力を獲得してゆくことの必要。

ボクがワークショップを通して見せていること、
今を生きるオトナの1人ひとりが、
そしていつか子どもたち1人ひとりが出来るようになればいいな!

高崎の peace tree
素晴らしい発見の現場をありがとう!

アミイゴ
2017
 to
2018
PECAE!!

成城学園前 小池花店 閉店御礼

2017 年 12 月 31 日 日曜日

春の始まる日の朝に思いついたのだ。

「そうだ、その辺に咲いている花を摘んで花屋を始めよう」

そうしてボクは花屋になった。

道ばたに木の箱をいくつか置き、
いくつかの花瓶を並べた店だ

1日のお客は多くて2人。
1人も来ないなんて日もざらである。

そもそもその1人2人のお客だって、
花を買ったりしないのだ。

町のみんなはボクを「愚か者」と呼んだ。

もっとも花屋を始めなくても、
みんなはボクは「愚か者」と呼んだだろう。

そう呼ばれることでボクのなにかが変わることは無く、
大切なのはただ花に出会うことなのだ。

春、夏、秋、と季節は巡り、冬が来た。

「そうか、冬か」

ボクはそう思い、花の絵を描くことにした。

花屋は春になったらまた始めればいい。

+++

小池アミイゴ花の絵の展覧会「成城学園前 小池花店」
沢山のお運びありがとうございました。

皆さまの2018が花咲くものでありますよう、
引き続き土を耕し種を蒔き、水を汲み、与え、
共に日の光をあびて行こうと思います。

アミイゴ
2017
peace!!

花の絵の展覧会

2017 年 12 月 18 日 月曜日


今年も大晦日まで花の絵の展覧会を、
今年は成城学園前のカフェ Quo vadisで、
12月19日から開催いたします。

小池アミイゴ花の絵の展覧会「成城学園前 小池花店」
12月19日~31日(休/月曜日)
13:00~20:00 (日曜~18:00マデ)

= cafe Quo vadis =
〒157-0066 東京都世田谷区成城2-38-16 アトリエ第Q劇場2F
TEL 03-6874-7739
​​ https://www.seijoatelierq.com/about 
小田急線成城学園前駅中央口改札より徒歩2分。
北口~ 成城石井の手前を右折、次の交差点を右折、左手に見える駐輪場の間を通る。
南口~ 三井住友銀行の前を左折、居酒屋こじまの十字路を左折、右手に見える駐輪場の間を通る。

詩人で編集者でもある平岡淳子さんのワルダクミも今年で3年目。

今年は搬入の直前までバタバタしていて、さて作品が揃うかどうか、、
ただ、自分にとってとても大切に思えるいくつかの花の絵を描けた今年でもあります。

年末の慌ただしい時期でございますが、
この一年を静かに振り返ることが出来る展示にしますので、
みなさまどうぞ足を運ばれてみてくださいませ。

81ヶ月め

2017 年 12 月 11 日 月曜日


今日は2011年3月11日から2,467日め
6年9ヶ月
81回目の11日です。

ボクは先ほどまで台湾にいました。

台北で開催された第二回Culture & Art Book Fair in Taipeiに参加。
東日本大震災発生後、国を挙げて義援の気持ちを届けてくださった台湾、
この国の方々の他者を思いやる心がどんなものなのか、
限られた条件の中ではありましたが、ちょっと触れられたように思います。

「とうだい」という絵本を通して多くの方と語り合い、
ワークショップでは「だれでも出来る」シンプルな表現の中で出会った台湾の若い人たち。

彼らは自分の内側で ”HAPPY” を創造する力がすごい!

極論で語ってしまうと、
日本人の ”HAPPY” とは「経験」や「関係」の中から手にするイメージなんだけど、
台湾の若い人たちは、「カルチャー」や「アート」という言葉の元に集っても、
そんな「なにか素敵なもの」をただコンプリートしてゆくだけじゃ無い、
自分から率先し動き楽しさを見つけ出し、自分ならではのHAPPYに変えてゆく、
そんな自家発電能力がとても高いように感じました。

その辺、あらためて言葉にしてゆこうと思いますが、
まずは台湾、LOVEです!ありがとう。

11月10~15日のスケジュールで、
福島県の奥会津、柳津という山間の美しい町に滞在し、
“ジャンプやないず”という柳津小学校に付随する学童保育を利用する子どもたち、
1年生から4先生まで38名と、街を歩いたり、只見線に乗ったり、絵を描いたり、
3日間に渡るセッションとして格闘してまいりました。

福島藝術化計画』の一貫として、福島県の事業で、福島県立博物館の学芸員の主導で開催。

こうやって書くと漢字ばかりの並ぶ難しいことみたく思われてしまいますが、
会津、中通り、浜通りと、ひとつの県であっても、生活習慣や文化の違う福島で、
なにも分かっちゃいないボクが突然現れて偉そうなこと言えるはずは無く、

『柳津で生まれ育った子どもたちから柳津の魅力を教えてもらおう!』
そんなコンセプトの元、子どもたちと向き合いました。


現場は斎藤清美術館

柳津を愛し描き続けた世界的な版画家の美意識の側で、
2011年3月11日前後に生まれたであろう子どもたちの価値観に触れる。

彼らは学校や学童保育の現場で顔馴染みであるグループです。

ボクにスキがあればすぐにナマイキ爆弾を投げてよこします。

学年が上がれば上がるほど、
コミュニティの中での自分をキャラ設定してしまい、
本来の個性とは異なる自分を演出して生きてしまうのは、
大量の情報にまみれて生きて行かねばならない日本中どこでも一緒の現象。

もしくは、
挨拶のひと言めからして「え〜、わたし絵かきたくな〜い、」
だもんね、、

でも、そういったある意味「馴れ合い」も含めて彼らの今。

それを決して否定すること無くマルッと受け止めた上で、
1人ひとりそれぞれの個性に出会って行かなきゃならないと、
これはボクの経験からそう思うことです。

学校での生活に近い現場に集う子どもたちには、
日々それなりに厳格なルールのもと生活をしなくちゃならないです。

子どもたちの紹介されるボクも、まず「先生」と呼ばれてしまいますし、
日頃彼らをケアされている方々からは「絵を描く上での注意」が語られもします。

でも、ボクも含めたオトナがどれだけアートを語れるのか?

そもそも藝術って何?
アートって面白いの?

ボクと子どもたちの間でなにも共有できていないのに、
ルールを先に作るわけにはいかないので、

まず、彼らと電車に乗って地域を見て回り、
街を歩いて彼らの自慢話しを聞きまくって、
「もういい加減にしろ!」ってくらいの元気さを浴びた上で、
ワイルドに手を動かし絵を描く時間を設けました。

そうしたら、
四季によって豊かな色彩に溢れる柳津で生まれ育った子どもたち、
とても豊かな色彩を持っていました。

「図工」や「美術」で「描いちゃダメ!」と言われるキャラクターも、
実に生き生きとした色彩を放っています。

今まで色んな場所でこんなワークショップを開催してきましたが、
この山間の小さな町で今れ育った彼らの色が一番カラフルかもしれない。

こんな美しさが生まれる過程では、
普段生活を共にしている同士だからこそのコミュニケーションの事故みたいな現象が
キャンバスの各地で発生するのです。

ただ、事故も含めてコミュニケーション。

彼らは思いっきり絵を描きながらも、
お互いちょっとづつ気を配りながらコミュニケートしています。

その中で事故が起きても、それが暴力でない限り「表現の喜び」を優先させる。

彼らの表現の喜びをとことん守り、
ただ、暴力だけは見極める。

そんなオトナの仕事ということをこの現場で確信的に発見出来たように思います。

柳津の子どもたちの絵を描く姿を思い返しながらタイプしている、
台湾から戻ったばかりのボクは、

台湾の自己発電能力に優れた若い人たちと、
柳津で美しさを発揮しまくった子どもたちがガチッと結びついて感じられています。

柳津の子どもたちが、今の感性をそのままに、
自分から”HAPPY”を創造出来るオトナになった時、
柳津は、会津は、福島県は、日本は、どんな国になっているだろうか?

アートとか芸術を難しく考えることより以前に、
ボクはそんな想像が楽しくて仕方ないのです。

実際には、少なからずの子どもがオトナになる過程で、
この町から出てゆくんだと思います。

それでも、ある日変なおじさんと思いっきり絵を描いた記憶、
その楽しさが身体のどこかに残っていてくれたら、
それがこの土地の次の時代の宝を生んでくれるんじゃないか。
ぜひ、そうあってくれー!と願うのです。

彼らとのセッションは来年1月にあと2回。
次はぜひ彼らの素晴らしさを、
彼らの親御さんにも知ってもらえるようなやり方でやってみます。

まってろ!柳津っこ。

こんな試みを見にわざわざ尋ねてくれた人が、
福島市でもなにかやりたいと申し出てくれたり、

ワークショップに先駆け展示していた、
ボクが描いた福島県いわきの豊間の海岸の絵を見てくださった方が、
ご自身の、まさに現地での被災のお話を、まるで昨日のことのように語ってくださり、
あらためてそんなお話をうかがいうゆく約束をさせていただいたり、

宿の女将さんが、原発事故から避難してきた人たちをケアした話を、
やはり昨日か一昨日のことのように真摯に語ってくれたり。

あの日から7年なんて声が聞こえてくる手前で、
ボクの福島へのアプローチは、やっと始まったなあと。

それは、2011年3月11日に出会ったことに対して、
時間をかけてやってゆかねばならないことがあると思ったこと、
その時想像した時間の流れと一致するものだという実感でいます。

ともかく確かに一歩一歩。