2018 年 5 月 28 日 のアーカイブ

はるのあまくさ

2018 年 5 月 28 日 月曜日


4月19日から23日までの5日間、天草に行ってきました。

昨年8月に、やはり5日間滞在した天草。

77ヶ月め

夏の天草の魅力に触れ、ならば春の天草も知りたいと願い、
前回お世話になった天草市役所若手職員とのコミュニケーションも密に、
ボクがイラストレーションを提供した天草市役所職員の名刺で発生したギャランティの一部を還元するイメージで、
今回の天草行きを実現させました。

ボクの目的は、
・春の天草を感じること。
・市役所若手職員とのワークショップ
・天草の子どもたちとのワークショップ
・牛深のハイヤ祭り

加えて、天草市職員が用意してくれたのは、

・イルカウォッチング
・かかし祭り視察
・天草キリシタン館でキリシタンの歴史学習
・ハイヤ祭り前夜祭観覧
・ハイヤ踊り参加
・牛深での熊本県高森町との交流会参加
・市長さんへご挨拶
・副市長さんへご挨拶
その他などなど5日間シームレスなスケジュール。。
ハタチから30代前半の若手職員、
なかなかのハードワークを課してきますね〜!
イエイ。

去年は台風の影響で利用できなかった天草エアを利用し、
福岡空港から30分ほどのフライトで天草へ。

有明海、諫早の干拓地、島原雲仙、そして天草。

熊本県天草地方だけど、東シナ海と不知火の海に挟まれた天草は、
沖縄から奄美、鹿児島、長崎と連なる海の交易路の拠点というイメージ。

面白いな、天草。

天草空港に降り立つと、なにやらいい匂いがします、春の天草。

『採りたてのタケノコの皮を剥いだ時に香る瑞々しくも甘い匂い』ってイメージ。

海の近くにまで迫る山を見上げれば、
他の土地ではあまり目にしたことのない柔らかな緑。
黄色っぽく見えるところは、マテバシイなどの開花時期ってことなのか?

ともかく『緑の甘い香り』というものを初めて味わったボクです。

この香りに出会い、
春の天草を知ってみたいと思った直感は間違いじゃ無かったと確信。

「天草」の名前の由来を調べてみると、
・古事記に出てくる「天両屋(アマノフタヤ)」という島が天草のとことで、そこから転化した。
・天は海士(あま)の意で草は民草という意味。
・九州を中心として海浜に居住し、漁を生業として居た民族の島だったことからついた名ではないか。
・島に牧馬が多くいたため「うまくさ」→「あまくさ」に変化していった
・天草郡教良木に甘草が多かったため

などとあったけど、

たとえば、
その昔に船乗りが海の長旅の果てに春の天草に着いて、
この緑の甘い香りを嗅いだとしたら何を思っただろうか?

想像は尽きないなあ〜、天草。

そしてこの香り、天草滞在の5日間を通し、
山間の土地ではもちろん、街中でも海沿いでも感じ続けたのでした。

で、天草に着いた直後で天草市役所若手職員とのワークショップセッション。

去年の夏の天草アテンドは、
この小山薫堂さんのゼミ”N32″のメンバーによるものでしたが、
特に若い人たちは思いっきりカッチリとアテンドしてくれて、
それはそれで有り難かったのだけど、

大切なのは、これから天草の未来を創造してゆく彼らの、
職業を超えたところで感じる人となりってものが魅せてくれる天草だなと。

そんな「人に魅せる」ためのコミュニケーションの突破口として、
今回一緒に絵を描こうと提案しました。

結果、

ごくシンンプルな表現で描かれた「天草の甘い思い出」の絵、
その一枚一枚から、彼らに染み付いた天草の魅力をたっぷり感じることができました!

詳しいことは割愛させてもらいますが、
彼らの意識に通底する天草の海の色の美しさに出会い、
これはなにか素晴らしいものが作れるんじゃないかって確信を得ました。

で、なんつったって、ワークショップセッション終了後のみんなの湯上りのようは表情。
ボクの本当の天草は、彼らの笑顔からスタートするんだと思いました。

打ち上げ、呑んだな〜〜。。

2日目はイルカウォッチングなどなどから始まり。
もちろん、イルカとの出会いはたまらなくキュートなことなんだけど、
実は、イルカウォッチングに関わる人たちがそれ以上にキュートで、
そのユルさや大らかさが、やはり天草ならではと思えたり、
中国からの観光客がドバドバ参加した際の売り上げはどれくらい?
なんていう計算にクラクラしてみたり。

イルカちゃんたちも、この天草の人たがあってこと、
ハッピーにウォッチングされているんだろうね!

で、夜は天草の南端”牛深”のホールで、
牛深ハイヤ祭りの前夜祭「輝けハイヤの競演」観覧。

*牛深ハイヤ祭り
http://ushibuka-haiya.com

かなり疲れて眠かったのだけど、
いや、おもしろかったなあ〜〜!!

正調の本ハイヤ節だけじゃなくて、
ロックアレンジや和太鼓を入れたもの、
で、なんつっても古の宴会芸としてのハイヤを再現したもの。

すべてに通して言えるのは、
演ずるみなさん笑顔であること。

ハイヤ節とは、牛深に寄港した船乗りたちをもてなすために牛深の女性たちが歌い始めた唄です。古くから天然の良港であり豊かな海産物の産地でもあった牛深港は、日本各地に寄港する北前船などのシケ待ちの港としても賑わっていました。その酒宴の席で歌われ、江戸時代に全国へと広がったハイヤ節は、全国のおけさや甚句などのハイヤ節系統民謡のルーツとされています。

「祭り」というと「神様」と紐付けして、
ある意味地域をまとめ上げる機能のものって考えでいたけど、

牛深のハイヤは神様不在の「笑顔のおもてなし芸」だってことの面白さ!

面白いから日本全国に広がっていって、
場所によっては土地の神様が紐付けされて権威を纏うこともあっただろうけど、
牛深のハイヤはあくまでも大らかに、はじめましてのボクでも楽しませてくれちゃう。

ある市の職員さんとお話しさせてもらった際、
「ハイヤ踊りのYOSAKOIソーラン化を考えている」とうかがい、
「それはやめてください〜〜」と嘆願。

笑顔のおもてなしダンスであるハイヤ踊りは、
威圧的自己陶酔ダンスなイメージなYOSAKOIソーランでは無く、
これからも朗らかに大らかに続いていってもらいたいなあ〜

このマインド、今の日本が本当に必要としているものだと思うし、
そもそも、ソーラン節もルーツを辿ればハイヤ節なんだよね〜

牛深の方々〜、
ハイヤはハイヤとして今こそ日本列島を練り歩いちゃってくださいよー!


春の天草3日目は、牛深の公民館で子どもワークショップ。

牛深ハイヤ祭り当日ということで、参加者あるのか心配したけど、
来ましたね〜!天草ディープな牛深っ子。

古い公民館という素晴らしいシチュエーションに、
仕切りは市役所ヤングチームでも最ヤングな女子2人。

元気はつらつ過ぎな子どもたちに、
ソフトにフレッシュに対応してくれ、
結果、想像をはるかに超えた伸び伸びとした線と色彩が広がりました。

ネットを触れば日本中、てか世界中でほぼ均一な情報に触れられる時代にあって、
牛深の子どもたちは(崎津から参加の子どももいた)、独特の感性を持っているイメージ。

ボクがなにか与えるなんて以前で、世界の中でも稀有な感性を持っていて、
それをオトナが気づき、大切にしていってもらえたら、
20年後には『世界に誇れるささやかな文化』なんてものが醸造されてはいないだろうか。

そんな期待をしてしまえた子どもたちのエネルギーに出会えた現場でした。

この日牛深に来る前に、天草の大きなショッピングセンターに寄ってもらいました。

その利便性と共に、
土地の独自な文化を均一化させてしまうイメージもある巨大なショッピングセンターですが、

ハイヤ踊りや子どもたちとのワークショップを経験して、
天草はショッピングセンターの利便性と独自の文化を
社会の中で共存させゆける底力があるように思いました。

いや、ぜひそうしていってもらいたいな〜、天草。

この日も、観光ガイドに載っていない、なんでもない風景にグッときっぱなしのボクです。

このなんでもなさをキープすることは、大変なことなんだと、
自分の生まれ育った土地を思い、実感しています。

しかし、失われたものを取り返すことはさらに大変。

いや、どうしたってささやかでなんでもない風景なんてものは、
失われてゆくのでしょう。

ただ、それを愛した心持ちを失わないでいることで、
生かしてゆけるものはあります。

なんてことを、春の天草はボクに一生懸命語らせようとします。

そんな思いを抱いたまま、
夜は牛深のハイヤ祭り取材。

のつもりが、
市の職員さんに呑まされ「踊りますよね!」「ね!」と押し切られ、
踊りましたよ、ハイヤ踊り。

ハイヤの絵を描きたくてきたんだが、
踊ってしまいましたよ。。

でも、踊ってよかった!
1時間半の町内踊り歩きで足腰筋肉痛だが、
なるほどこれが牛深のハイヤ!

誰でもウエルカムで踊らなソンソン、
ヨイサー、ヨイサー

う〜〜〜ん!庶民から生まれた
『生きてる限りなんもかもあるさ、だからクヨクヨする前に踊っちまいましょー!』という哲学。
素晴らしいなあ〜〜。

牛深、アイルランドにもニューオリンズにもリオにも直結してるなあ〜。

あ、踊っていたので写真ありません。。

絵を描くためには、また行かねばだ、牛深。

で、そのまま牛深と熊本県高森町との交流会参加、深夜まで。
またまた呑んだなあ〜〜〜。。。


で、春の天草4日目。

昨晩の酒が、、と心配しながらも、
ハイヤ祭りの1つのクライマックス、
漁船のパレードに参加させてもらいました。

海の無い群馬と海のある千葉の暴走族の違いが、よーく分かった。
いや、海に生きる人々の誇り、素晴らしい!

春の天草の海の風、気持ちよか!!

こんな経験をさせてもらって初めて
天草の人たちが語る「天草のここを見て!」を実感として掴むことが出来ました。

と同時に、
生活の中になんでもなく存在する人の作る小さな風景ってものに、
さらにグッときてしまったです。

うん、どっちも天草。
素晴らしい!

そして牛深から本渡に移動。

ここが本来一番の目的、本渡の子どもたちとのワークショップ。
天草一番の繁華街であったアーケード街”銀天街”で
空き店舗になっている元化粧品屋さんが現場です。

当初「定員20名」で、
ちょっとくらい増えても大丈夫なんて話をしていたけど、

天草に着いてから予約がどんどん増えている連絡が入り、
その度に画材の買い出しとかに奔走、、
結果、予定の倍以上の子どもたちが集まりました。

天草の子どもたち、放っておいても力を出せる子たちです。

この辺、ここ1年で向き合ってきた都会の子どもたちとちょっと資質が違う。

で、もちろんこれだけ人数いたら、めちゃくちゃふざける子も、
アプローチがなかなか出来ない子もいるんだけど、
その個性が明快に見えるということでも、天草素晴らしいなと。

ボクのやってることは教育じゃ無いので、
絵が描けない子は無理して描くことはなく、
この状況で自分の居場所を見つけてくれたらまずはOK。

そうできるためには、
ボクだけでなく、見守っている親御さんがどう子どもたちに接するかが大切で、

これは福島の柳津でワークショップでも語ったことだけど、
オトナは子どもたちに自由を与えるんじゃなくて、
子どもたちが自由になれる現場を造ることが大切なんだなと。

子どもたちがダンゴムシのようなカッコして絵に没頭している限りは、
ただ見守っていれば良くて、
興味が薄いようであれば、まずは次のアクションを待っていれば良いし、
飽きてしまったら、しょうがないと思ってもらえばいいし、
ただ、みんなが描いているのを妨害するような行動があれば、
それよりもっとカッコいいことがあることを確認しあってくれたらいいな。

そんな考えでやってみたら、
やっぱすごいのが生まれちゃうんだよね。

写真の絵は「アミイゴさん」だって、、

こんなん、オトナが描かせようとしても描けるものじゃない。

そして、ハイヤ踊りの絵!

素晴らしいなあ〜!

この部分、綺麗に撮影して、天草のポスターとかなにかに利用したらいいね!

っと、、よく見るとチョイチョイ版権で言われちゃいそうなキャラが、、

でも、ほんとこんな力強いものは、社会で共有してもらいたいし、
育てていってもらいたい。

で、ヘロヘロに疲れてワークショップ終了。

天草のワルイ子ちゃんたち、すごかったよ〜〜〜!!!

で、
あらためて今回最大の成果は、
8月に出会って色々良くしてくれた天草市役所若手職員チームN32のみんなが、
夏には出会えなかった笑顔を見せてくれたこと。

市役所職員、市民の下僕としてキッチリとした仕事をしなくちゃなりません。
が!人を幸せにする施策を考え出す際は、笑顔の発想でいてもらいたいな。

それは独りよがりの笑い顔じゃなくて、
広い視野で見て出会った地域の大切なもの1つ1つが生んでくれる笑顔。

清く正しく質実剛健に、がしかし、しなやかにセクシーに寛容的に。
春の天草にはそんな多様性を受け止める力を感じたのです。

打ち上げ、
呑んだ〜〜〜。。。

カラオケも行ったなあ、、

天草5日目は朝イチでフライト。
天草エアで熊本空港トランジット、午後の羽田へ。

家から乗り換え4回で天草かあ〜〜。

天草のみなさん、ありがとう!
と語る前に、
もう「次どうします?」なんて連絡が届く。

この軽さ、日本を救うぜ!

俺の絵でポロシャツ作ってるし、
その売り上げでまた俺を天草に呼ぶって言ってくれちゃってるし。。

ところで、
銀天街で営業を再開した「まるきん」のたい焼きとコーヒー。

たい焼きっていっても、ほぼ洋菓子。
それもかなり上品な味わいで、コーヒーによく合う!
疲れた体と心にしみました。

「は る の あ ま く さ」

声に出してみると、
なんだかほっとしますね!

そんなこんなのきっかけ作り、
小山薫堂さんありがとう!!

天草のみなさん。
LOVEです!!!

「はるはあまくさ」
日本の常識に変えてゆきますね〜!