「セツブレンド」


15年くらい前になにかの雑誌に寄稿した「セツブレンド」というカフェを巡るエッセイ。
細部を手直しして掲載してみます。
写真は2015年11月10日。
「めぐみめぐる」という展覧会初日の朝、ランニングでタンバリンギャラリーに向かう途中で撮影。

『セツブレンド』

午前11時
「ガガガガ ガ ガー」とミルの働く音が聞える

午前11時15分 
鳴らされる鐘の音
3階のアトリエまで登ってきたコーヒーのにおい

季節は5月にしておく

ボクらは痩せっぽちのモデルから視線を外し
親指と人差し指と中指の間で火照った鉛筆を置く

2階のロビーへ

人とすれ違うのがやっとの階段は建物の西側にあり
窓に中庭の大きなポプラの樹が演出する木漏れ日が差すのは
午後1時を過ぎたころから

セツモードセミナーはまだ春の名残の朝の冷ややかさの中にある

階段は最後の4歩で右にカーブ
その先にコーヒーに並ぶ人の姿が見える

デッサンの合間に置かれた30分のコーヒーブレイク

コーヒー  100円
カフェオレ 100円

その隣りには
『下品な缶コーヒーはセツに持ち込まないでください』
と書かれた張り紙が見える

セツモードセミナーの通称『セツブレンド』

長沢節が「コレ」と指定したブレンド
長沢節が「コレ」と指定した深めの焙煎

両手の平で包んで余るくらいの大振りなミル
30センチの背丈のホーローのポットに移されたお湯
手鍋イッパイに温められたミルク

白髪のH先生の淹れた一杯がボクのお気に入り

バイトちゃんの落としたヤツはマズくて飲めたもんじゃない

コーヒーは人なんだと知る

ロビーは吹き抜けのギャラリーになっていて
大きくL字にとられた2階フロアの手すりはヒザほどの高さしかなく
『そこに座って足を投げ出すのがセクシー』とは長沢節の目論み

ボクらはそんなワルダクミとは関係無く
ひとりとひとりの心地よい距離を保ちながらコーヒーを口にする

ボクはロビーから外へ

中庭にはザクッと植えられた草花が野草のような顔をして
どこかから降ってくる初夏の風に煽られ揺れている

その影だか光だかがセツモードセミナーの壁の白さに揺らめいて
ボクらの揺らめく孤独と共鳴したり相反したりを繰り返す

そんな曖昧たる輝きに目を細め
珈琲をまたひと口

揺らめくボクら1人ひとりの孤独は珈琲の苦さと甘さに支えられ
確かな像を結び、かける。

ボクらは孤独であることを好ましいものとして受け入れ始めている

孤独でなければ気づくことのできぬ自分以外の孤独があることを
一杯の珈琲が教えてくれている

30分は30分のまま
再び鳴らされた鐘の音にかき消され
ボクらは30分前よりきっちり孤独になって
痩せっぽちなモデルの前に立ち
再びその痩せっぽちな線を追った

「弱いから好き」

1999年6月
長沢節はボクらにそんな言葉を残して逝く

ボクらはそんな言葉と引き替えに
100円のセツブレンドを失った

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