私の心を温めてくれる歌詞


マガジンハウスの”&Premium”2018年1月号の見開き2ページで
「私の心を温めてくれる歌詞」を5つ紹介し、なぜ心が温まるのかを語っています。

素晴らしい歌詞、特に今回選んだ古い3曲は、
活字として並んだ姿がとても美しく、
目で見ても心温まるページになっています。

実際には2時間ほど語り倒した取材でした。
ここでは紙面に載らなかったこと、いくつか。

今回のテーマではピックアップしなかったけれど、
宇多田ヒカルが「First Love 」を発表した時をもって、
ごく私的な歌詞の世界は紀元前と紀元後に分けられました。

忌野清志郎、桑田佳祐、山下達郎、荒井由実、
もしくは松本隆やスピッツとか、
自分の地肉になっているはずの歌詞がピックアップ出来なかったのは、
「温かさ」を超えた「熱さ」や、「温かさ」の隣にあるヒリヒリ感に
触ってしまうからだと思いました。

70年代のある時期まで日本人は「幸せ」であることを振り回さなかった。
中にはそういう人もいただろうけど、
ほとんど人にとって幸せの実感は胸の奥に留めておくものだった。

当時のプロが作り出す唄の言葉の凄みは、
市井に生きるなんでも無い人たちの心に寄り添い、
その1人ひとりの心の中に「自己発電装置」を造ったとだと思います。

自分の幸せなんておおっぴらに語れない。
しかし、自分の幸せを良く出来た歌に紛れ込ませ、
明日を生きる熱に変えてゆけた。

80’sの曲がピックアップできなかったのは、
日本人は誰もが幸せでなければならないという考えに追われた時代に、
幸せは程よい温かさの中で育てられるものではなく、
手っ取り早く金を使ってコンプリートするものになってしまっていて、
唄はそんな考えに確信を持たせる道具、
もしくはアンチテーゼを唱えるものという二極化が進み、
一見温かさを表現したような唄であっても、
必ず棘や毒が仕込まれている感じがしたからです。

90’sの渋谷系あたりまでがピックアップ出来なかったのは、
アンチテーゼも突きぬけて、ともかく『世界で一番クールなボクら自慢』な感じ、
もしくは『ダサい日本人以外の何者かに対する憧れ』から紡ぎ出されるものが、
かなり冷ややかなものだと感じたからだと思います。

で、ボクのごく私的な唄世界の紀元前最後の年である1998年に
SMAPと名乗る若者が歌う「夜空ノムコウ」は、
「あれから僕たちは、なにかを信じてこれたかな?」と語り、
「握り返したその手が、ボクの心の柔らかい場所を今でも締め付けている」ことに気づき、
1999年の宇多田ヒカルの「First Love」の誕生を待つことになったなあと。

宇多田ヒカルは「ひとり」を歌う。

それから8年たって安室奈美恵は大きな責任を背負い、
女の子たちの背中を押す唄「baby don’t cry」を発表。

紀元後の草食の時代、
温かさの発生装置を持つ男子はとうの昔に失われ、
そもそもそんなものに期待をもたぬ女子たちは、
その心の柔らかい場所の外側同士を擦り合わせた摩擦熱でもって、
今日を生きているように思うのだ、な〜。

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