118ヶ月め

今日は2011年3月11日から3,594日
513週3日
9年10ヶ月
118回めの11日です。

Facebookにアクセスしたら、
2013年1月に撮影した蠟梅の花の写真が上がってきました。

家のキッチンの窓辺に一輪挿しにしていた蠟梅の花の開花。


震災から1年10ヶ月め、
8年前の自分はこの花になにを見たのだろうか?

当時描いた風景や花の絵を見返してみると、
今作っているものと比べて混乱や迷いを感じるものばかり。

そもそも何を見れば良いかの視線が定まっておらず、
しかし、見るものから何かは感じていたんだろうな。

自分の「わからない」には気づいていたはずだけど、
「わからない」は分からないまま、ともかく絵は描いておかなくちゃって、
勢いにまかせ描いた花や風景の絵は、やはり自分らしい弱い顔してる。

ボクはこの蠟梅の花を見たあと、
何度めかとなる東北へのフィールドワークに出るのだけど、
そこで出会った人が「被災」というものの輪郭を明快にしてくれ、
そこからゆっくりと関係性を深めることで、
さらなる人との出会いを手にしてゆけた。


そうすることで少しだけ自分の絵というものが形になり、
そうすると今度は絵が新たな人との繋がりを作ってくれる。

2014年の2月には2度めの開催となる「東日本」という展覧会を作ったけど、
それがスタートラインとなって生まれたことは多く、
それは「あれから10年」と言われる今も続いていることだし、
たとえば、新型コロナの感染拡大などという事態の中での行動の指針にもなってくれている。


8年前に家で見た蠟梅の花は、
なにがあろうと繰り返す命の循環なんてものを確認させてくれたと共に、
ボクに「人に会いにゆけ」ということを伝えてくれたのではないか、
などと思う「あれから10年」と言われる今。


今は人に会いにゆくということがはばかれる状況ですが、
ならば、あの時の自分を振り返り、
あの時は言葉に出来なかったこと、
絵にしきれなかったことなど形にしてゆく時だろうな。

良いものをしっかり作ってゆき、
愛しき人たちとの再会がより美しいものなればいいなと願うのです。



あれから10年。
「被災者」とは「困難を共有出来る友人」であると勝手に思い始めていて、
その考えはここからさらに10年先の未来に続いてゆくイメージでいます。

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コメント / トラックバック 2 件

  1. 西城 奈穂子 より:

    あの時は、私たちは被災者でしたが、今は『困難を共有できる友人』であり、困難を共に戦う同士です!また、必ず会える事を願って、戦いそして乗り越えましょうね❗

  2. 小池アミイゴ より:

    西城さん。メッセージありがとうございます。普段会えずも、心の持ちようで見える風景は代わり、日々の励みに変わり、身近な弱きものを助ける力なども生まれ、人ひとり分くらいの幸せは醸し出されてゆく。
    友とはそういうものであるなあ〜と。
    震災は悲劇でありますが、そこから見つけ出し育てるべきものはありますね!
    そんな想像力のもと、いつか元気で会いましょう!

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