120ヶ月め

今日は2011年3月11にから3653日
521週6日
10年
120回目の11日です。

ボクは現在6回目の開催になる「東日本」という個展を開催中ですが、
http://www.yakuin-records.com/amigos/?p=14798
自分が10年続けてきたことを振り返るより、
会場にお越しの方と1枚の絵を挟んで語り合うことの中に、
次の10年でやるべきことが埋まっているように感じています。

それにしても、
出来ていなことの多さが気になる10年です。

被災地と呼ばれる場所に限らず、
人の誠実な生活の息吹の感じられる美しき風景、
それに向き合い記録してゆく仕事。
これからもただただ愚直に続けてゆかねばです。

2月に発表した絵本「はるのひ」は、
小さな男の子が森の向こうに見えた煙を見にゆくために、
畑で働くお父さんと「おーい」と声をかけあいながら走ってゆく、
小さな冒険物語です。

10年前の震災直後からネット上で交わされた棘のある言葉。

もちろん中にはとても有益な情報も確認出来ましたが、
それにしたって、これ見よがしの自己主張というものばかりを感じてしまい、
また、そうした言葉の洪水に呑まれるのうにして、
本来吐き出すべき言葉を押し殺してしまう人というものを感じ、
実際はどうなっているのだろうか?
せめて当時1歳だった息子にだけでも、自分の言葉でこの悲劇を語らねばと、
被災の現場に弾け飛んで行った10年前。


被災地と呼ばれる場所では、ネットを覗いて論争しているような人はおらず、
ただ目の前のやるべきことを粛々とやっている姿に出会いました。

そこが東京と被災地の1番の違いのように感じたのです。

目を覆うばかりの惨状のすぐ隣では、あっけらかんと美しい自然があり、
メディアでは伝わらぬ腐臭が漂い、足元には名もなき花が咲いている。
夏は暑く、冬は凍えるほど寒い。

ボクには被災の痛みも悲しみも代弁する言葉は持たず、
ただ何かのために尽力する人々の姿を目で追う。

「絶対」という言葉で未来が語れなくなった今、
ボクのようの人間ひとりで出来ること、やり続けられることはなんだろうか?

そんな自問の先で、1人ひとりと出会ってゆくという道に至り、
1人ひとりの中に埋まっている言葉に触れ、

「自分の力でどこまで走っていったらいい」

「しかし、そこから先は行ってはダメだ」

なんてことを今も測り続けているのだと思います。

未来を創る子供たちに向けて、
「行きたいところまで行ってみろ」と語れる大らかさと、
「もしもの時は俺を呼べ」と言い切れる強さと優しさ、
そんな力を身に染み込ませ、
人が生きるに足るものを作り続けてゆきたいです。

コロナ禍の中で思うことがあり、
子どもたちの登校の自主見守りを続けて8ヶ月ほどになります。

息子は11歳になり、
目の前を通り過ぎるのは震災後に生まれた子どもです。

学校行事をひとつ経験しただけで、顔つきがちょっと大人になる子どもたち。
もしくは、今日は今ひとつなだななんて表情で通り過ぎる子だったり、
良きも悪きもあるだろうけど、みんな何かしらの物語の中で生きている、
みんなかわいいし、みんな可能性の塊だと思う。

そうしたものが不当に失われてしまわぬよう、
自分が生かされてきた世界に報いるため、やれることやってゆかねばと思い、

こうして立つ自分の足の裏の地面は、
被災地と呼ばれる場所と確かに繋がっているという想像を続けています。

その想像に中には、
被災地と呼ばれる土地で出会った、ほんとにカコイイ大人の姿を次々と浮かんでくるのです。

なんつーか、
負けてられない。

これからも。

2011
0311

2021
0311

20〇〇
0311
PEACE!!

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コメント / トラックバック 4 件

  1. 白石晶子 より:

    毎年3月11日はあの日の気持ちを何度も思い返します。今も避難生活している方が4万人以上いると聞いてこの国、どうしたもんかと思います。
    自分が歳をとるほどその辺の子供達がみんな可愛いと思います。
    アミイゴさんのブログを見ると、これからの人達の為に自分は何が出来るだろうと考えさせられます。

  2. NAOKO より:

    毎年3月が来るとそわそわしだして、11日をどう過ごしたらいいのか分からず混乱する。どうしようもなくなってアミイゴさんの言葉をたどる。やっと、ほっとして泣く。生きることがむずかしいと思う時、迷う時、なぜか心は凍りついたままの11日へ向かいます。思い出すたびなぜか身体には熱い血が巡ってくる。わたしもこの熱い温度を、自分のできることで粛々と
    冷えてしまっただれかと分け合うことができるようになりたい。

  3. 小池アミイゴ より:

    >白石晶子さん。
    国とか考えちゃうと手に負えないけど、ひとりと向き合うことはなんとか出来るかな。
    そんなことを確信を持って考えられるようになった10年。
    無理せず、しかし出来る限りのことやって次につなげようと思うよ。

  4. 小池アミイゴ より:

    >NAOKOさん。
    まあ、11日限らず日々色々あるよね。
    そうした良きも悪きもが折り重なる日々が、なんとも不条理に失われてしまった大震災。
    大切にするべきものは、やはりなんでもない日常だと思えることが、
    こうしは悲劇に争うことなくも負けないことではないかと思います。

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