池袋艦隊

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ボクらは長らく“おいしい艦隊”の乗組員であったわけで

その巨船の中での厳密な規律に守られ
世界中の何処へでも
もしくは宇宙の果てにでさえ行くことが出来るなんて夢を見続けてきた

厳密な規律とは

ひとつ
日本人は幸せでなければならない

ひとつ
日本人は豊かでなければならない

ひとつ
日本人は自分らしくあらねばならない

ひとつ
日本人は健康で長生きであらねばならない

ひとつ
日本人は一生のうち何度かハッピーな海外旅行をしなければならない

ひとつ
日本人はカワイイ彼女もしくはイケテル彼氏をゲットしなければならない

ひとつ
日本人はクリスマスにはレストランを予約し彼女もしくは彼氏と行き
ワインの産地を最低三カ所は言葉にして食事しなければならない

ひとつ
日本人は幸せな結婚をたくさんの友だちの祝福に包まれて行わなければならない

ひとつ
日本人はコドモという幸せを手に入れどこの家のコドモよりカワイク育てなければならない

ひとつ
日本人はハリウッドで作られる映画の知識を共通に持ち合わせ
人の集まる場所においてその感動を大声で語らなければならない

ひとつ
日本人は個人で車を所有し
休日は家族や彼氏、彼女と供に郊外に出かけバーベキューをしなければならない
その場合の車は定義上ドイツ、イタリア、イギリス、フランスで造られたものに限るが
トヨタの造る平凡以下のデザインのモノこそ当艦の求めているものであることを付け加えておく

以下
残り1495項目割愛

以上
当規律を遵守するためのスベテは
当艦で購入可能なものである

当艦乗船者及び乗組員においては以上の規律を厳密に守り
自分らしく個性的なおいしい生活を
愛に溢れた幸せなものとして健康に送らねばならぬこと
当艦及び日本国政府及びA国の願いとして伝えておくものとする

1986年○月○日
池袋艦隊総司令部長官 T

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座礁した巨船からボクらははい出し
一軒の喫茶店をみつけて入る

小太りでアニメ声のウエートレスが案内してくれた窓際の席から
海であった場所を眺め
「幸せ」という脅迫の数々を思い返してみる

地下から吐き出される土曜日の午前11時の人々

道を向こう側を走る都バスが
もう1台駐車中の飛ばすの真後ろで止まるのを見た

スーっとしたスピードで近づいてきて
「都バスと都バスはこの間隔で停車」という法律があれば
まさにそのものであろうと思われる距離を置いてピタッと

スーっとしたスピードから減速を一切感じさせること無くゼロ

もしそのスピードがわずかでも早いものであったのなら
前で停車していたバスの運転手の心に悪意が生まれるであろう
そんなギリギリ手前のスピードからゼロ

少なくともボクにはそう感じた見事なまでの都バスの停車

その運転手のことを考えてみる

彼の幸せがなんであるのか想像してみる

バスとボクらとの間を
ビックスクーターに乗った若いカップルが
池袋の午前の光を錆びたカッターで切り裂くようにして
走り去ってゆくのが見える

ボクらは靴底を張り替える仕事と合鍵を作る仕事について
しばらく語る

2杯目のコーヒーは1杯目より酸味がキツく
鋭角に射すようになった窓からの光と供に
そろそろこの街を立ち去れと教えてくれる

ボクは小太りでアニメ声のウエートレスに料金を払いながら
小太りでアニメ声のウエートレスを抱くことを想像した

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ともかくボクらは
これ以上無いくらい洗練された荒野を目指す旅の途中なんだ

すっぱいコーヒーと小太りでアニメ声のウエートレス

エレガントな都バスの運転手

船の中では買えなかったものは
けっきょくこの街に残してゆくことにして

ボクらは靴底と合鍵をポケットにねじ込み

地下道に潜り込み

次の街を目指した
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