花の絵の展覧会


今年も大晦日まで花の絵の展覧会を、
今年は成城学園前のカフェ Quo vadisで、
12月19日から開催いたします。

小池アミイゴ花の絵の展覧会「成城学園前 小池花店」
12月19日~31日(休/月曜日)
13:00~20:00 (日曜~18:00マデ)

= cafe Quo vadis =
〒157-0066 東京都世田谷区成城2-38-16 アトリエ第Q劇場2F
TEL 03-6874-7739
​​ https://www.seijoatelierq.com/about 
小田急線成城学園前駅中央口改札より徒歩2分。
北口~ 成城石井の手前を右折、次の交差点を右折、左手に見える駐輪場の間を通る。
南口~ 三井住友銀行の前を左折、居酒屋こじまの十字路を左折、右手に見える駐輪場の間を通る。

詩人で編集者でもある平岡淳子さんのワルダクミも今年で3年目。

今年は搬入の直前までバタバタしていて、さて作品が揃うかどうか、、
ただ、自分にとってとても大切に思えるいくつかの花の絵を描けた今年でもあります。

年末の慌ただしい時期でございますが、
この一年を静かに振り返ることが出来る展示にしますので、
みなさまどうぞ足を運ばれてみてくださいませ。

81ヶ月め


今日は2011年3月11日から2,467日め
6年9ヶ月
81回目の11日です。

ボクは先ほどまで台湾にいました。

台北で開催された第二回Culture & Art Book Fair in Taipeiに参加。
東日本大震災発生後、国を挙げて義援の気持ちを届けてくださった台湾、
この国の方々の他者を思いやる心がどんなものなのか、
限られた条件の中ではありましたが、ちょっと触れられたように思います。

「とうだい」という絵本を通して多くの方と語り合い、
ワークショップでは「だれでも出来る」シンプルな表現の中で出会った台湾の若い人たち。

彼らは自分の内側で ”HAPPY” を創造する力がすごい!

極論で語ってしまうと、
日本人の ”HAPPY” とは「経験」や「関係」の中から手にするイメージなんだけど、
台湾の若い人たちは、「カルチャー」や「アート」という言葉の元に集っても、
そんな「なにか素敵なもの」をただコンプリートしてゆくだけじゃ無い、
自分から率先し動き楽しさを見つけ出し、自分ならではのHAPPYに変えてゆく、
そんな自家発電能力がとても高いように感じました。

その辺、あらためて言葉にしてゆこうと思いますが、
まずは台湾、LOVEです!ありがとう。

11月10~15日のスケジュールで、
福島県の奥会津、柳津という山間の美しい町に滞在し、
“ジャンプやないず”という柳津小学校に付随する学童保育を利用する子どもたち、
1年生から4先生まで38名と、街を歩いたり、只見線に乗ったり、絵を描いたり、
3日間に渡るセッションとして格闘してまいりました。

福島藝術化計画』の一貫として、福島県の事業で、福島県立博物館の学芸員の主導で開催。

こうやって書くと漢字ばかりの並ぶ難しいことみたく思われてしまいますが、
会津、中通り、浜通りと、ひとつの県であっても、生活習慣や文化の違う福島で、
なにも分かっちゃいないボクが突然現れて偉そうなこと言えるはずは無く、

『柳津で生まれ育った子どもたちから柳津の魅力を教えてもらおう!』
そんなコンセプトの元、子どもたちと向き合いました。


現場は斎藤清美術館

柳津を愛し描き続けた世界的な版画家の美意識の側で、
2011年3月11日前後に生まれたであろう子どもたちの価値観に触れる。

彼らは学校や学童保育の現場で顔馴染みであるグループです。

ボクにスキがあればすぐにナマイキ爆弾を投げてよこします。

学年が上がれば上がるほど、
コミュニティの中での自分をキャラ設定してしまい、
本来の個性とは異なる自分を演出して生きてしまうのは、
大量の情報にまみれて生きて行かねばならない日本中どこでも一緒の現象。

もしくは、
挨拶のひと言めからして「え〜、わたし絵かきたくな〜い、」
だもんね、、

でも、そういったある意味「馴れ合い」も含めて彼らの今。

それを決して否定すること無くマルッと受け止めた上で、
1人ひとりそれぞれの個性に出会って行かなきゃならないと、
これはボクの経験からそう思うことです。

学校での生活に近い現場に集う子どもたちには、
日々それなりに厳格なルールのもと生活をしなくちゃならないです。

子どもたちの紹介されるボクも、まず「先生」と呼ばれてしまいますし、
日頃彼らをケアされている方々からは「絵を描く上での注意」が語られもします。

でも、ボクも含めたオトナがどれだけアートを語れるのか?

そもそも藝術って何?
アートって面白いの?

ボクと子どもたちの間でなにも共有できていないのに、
ルールを先に作るわけにはいかないので、

まず、彼らと電車に乗って地域を見て回り、
街を歩いて彼らの自慢話しを聞きまくって、
「もういい加減にしろ!」ってくらいの元気さを浴びた上で、
ワイルドに手を動かし絵を描く時間を設けました。

そうしたら、
四季によって豊かな色彩に溢れる柳津で生まれ育った子どもたち、
とても豊かな色彩を持っていました。

「図工」や「美術」で「描いちゃダメ!」と言われるキャラクターも、
実に生き生きとした色彩を放っています。

今まで色んな場所でこんなワークショップを開催してきましたが、
この山間の小さな町で今れ育った彼らの色が一番カラフルかもしれない。

こんな美しさが生まれる過程では、
普段生活を共にしている同士だからこそのコミュニケーションの事故みたいな現象が
キャンバスの各地で発生するのです。

ただ、事故も含めてコミュニケーション。

彼らは思いっきり絵を描きながらも、
お互いちょっとづつ気を配りながらコミュニケートしています。

その中で事故が起きても、それが暴力でない限り「表現の喜び」を優先させる。

彼らの表現の喜びをとことん守り、
ただ、暴力だけは見極める。

そんなオトナの仕事ということをこの現場で確信的に発見出来たように思います。

柳津の子どもたちの絵を描く姿を思い返しながらタイプしている、
台湾から戻ったばかりのボクは、

台湾の自己発電能力に優れた若い人たちと、
柳津で美しさを発揮しまくった子どもたちがガチッと結びついて感じられています。

柳津の子どもたちが、今の感性をそのままに、
自分から”HAPPY”を創造出来るオトナになった時、
柳津は、会津は、福島県は、日本は、どんな国になっているだろうか?

アートとか芸術を難しく考えることより以前に、
ボクはそんな想像が楽しくて仕方ないのです。

実際には、少なからずの子どもがオトナになる過程で、
この町から出てゆくんだと思います。

それでも、ある日変なおじさんと思いっきり絵を描いた記憶、
その楽しさが身体のどこかに残っていてくれたら、
それがこの土地の次の時代の宝を生んでくれるんじゃないか。
ぜひ、そうあってくれー!と願うのです。

彼らとのセッションは来年1月にあと2回。
次はぜひ彼らの素晴らしさを、
彼らの親御さんにも知ってもらえるようなやり方でやってみます。

まってろ!柳津っこ。

こんな試みを見にわざわざ尋ねてくれた人が、
福島市でもなにかやりたいと申し出てくれたり、

ワークショップに先駆け展示していた、
ボクが描いた福島県いわきの豊間の海岸の絵を見てくださった方が、
ご自身の、まさに現地での被災のお話を、まるで昨日のことのように語ってくださり、
あらためてそんなお話をうかがいうゆく約束をさせていただいたり、

宿の女将さんが、原発事故から避難してきた人たちをケアした話を、
やはり昨日か一昨日のことのように真摯に語ってくれたり。

あの日から7年なんて声が聞こえてくる手前で、
ボクの福島へのアプローチは、やっと始まったなあと。

それは、2011年3月11日に出会ったことに対して、
時間をかけてやってゆかねばならないことがあると思ったこと、
その時想像した時間の流れと一致するものだという実感でいます。

ともかく確かに一歩一歩。

知床にて


1ヶ月ほど前、10月末、秋の終わりの季節の知床、斜里町を巡ってまいりました。

初めての知床。
「アミイゴさんが知床に行ったらなにで出会い、なにに気がつくか楽しみ」と言ってくださった方の導きより、
地域ブランディングに奔走されている方々にお会いし言葉を交わし、人の肩越しに見えてくる風景に出会ってきた。
そんな感じです。


初日の移動は台風の風雨と共に、

次の日からは地元方が「この季節にしては出来過ぎ」と語った気持ちの良い天気のもと、

美しい泉に出会い、

大自然とのキワで生きた人の息吹を感じ、

この土地で生きる必然とそのダイナミズムに驚愕し、

ささやかな花の美しさに心奪われ、

「はるか国後」を

意外や身近に感じ、

そんなこんなをすべて人の暮らしと大自然の交わるあたりで感じることが出来た時間でした。

思いっきり語り、思いっきり描きたい、そんな知床ですが、
以下出会った方のお話から。


大型の農業機具の製作販売をされている方。

もともと鍛冶屋を生業にされていたお父様の代からの起業とのこと。

「わたしはこの辺りで一番貧乏でした」
「昔はこの辺に多くの鍛冶屋がいましたが、その中でも父は鍛治の腕が良くなかった」
「時代の変化の中で、鍛冶屋がどんどん廃業して行く中、父は腕が悪かった分、早くから大型の農業機具の製造のほうにシフトしていったので、生き残ることが出来た」

そんな話。

人が大自然に挑んできた土地を生き抜いた方の大河ドラマ、
ズシンと心に響きました。

また、これは今の時代でも置き換えられることはありますね。


知床自然センターで出会ったお話はこんな。

クマが人里に降りてくる目的は、食べること、生きること。
なので、クマは人に出会ったとしても、無闇に襲うことはしない。

それは、襲ってしまうことで自分が怪我を負ってしまえば、自然の中で生きてゆける確率が一気に下がってしまい、
本来の目的と外れてしまうからだ。

もし人がクマに出会ったら、刺激することなく、静かに後ろに下がればよい。

そう聞いて触らせてもらったクマの牙も爪も先が丸く滑らかで、
人を引き裂くようには出来ていないものだと知りました。

知床で出会ったエコロジーは「人は動物として自然との距離間を思い出せ!」ということであり、
それは普段の街の中での生き方にも、
国と国の関係なんてものも生かして行かねば、
クマに笑われてしまうことなのだと思いました。

そしてあらためて、知床で出会った美しいビーチにて。

美しいビーチは人の暮らしと自然との領域を曖昧にし魅せてくれる。
だから美しく感じ、しかし描くのがとても難しい。

人の暮らしの「キワ」を一本の線としてどこに引くべきなのか?

そんなギリギリの命題を描く絵の上で永遠と悩み続けなければならず、
それでも上手く描けたと思う瞬間を得るも、次の瞬間にはもう「これは違う」と。

仕方なくその線を潰して上書きするのか、またべつにで絵を描くのか、
そんなことを繰り返すばかりで正解になんか至らないんだ。

震災以降ボクが描き続けてきた波打ち際の風景がなんであるのか、
知床で出会った美しいビーチは、
ボクが描こうとしているものが「人の暮らし」であることを逆説的に教えてくれたように思っている。

この穏やかに美しいビーチの風景に出会う2日前、
ボクは同じ場所が台風の風雨で荒れ狂っているのを見た。

それは人が立ち入ってはならぬボーダーを明確に知らしめてくれるもの。

そして嵐の去った後、その言わば生死のキワから数十メートル先の波打ち際を歩けたこと。
そのささやかさ。

日々を生きる上での喜びは「立ち入ってなならぬ生死のボーダー」の先に広がるささやかな余白にあるんだと実感した。

知床は、ある季節から先、人の日々は生死のキワに置かれる。
厳しい寒さの冬にそのへんでフラフラしていたら、人は死んでしまうのだ。

そんな想像の中、これまで歩いた西表島、竹富島、石垣島、沖縄、天草、津奈木、水俣、百道浜、唐津、尾道、淡路、湘南、塩釜、富山湾、新潟港、大原港、銚子、鹿島、石巻、気仙沼、唐桑、宮古、東京などの水際の風景を差し替えては、人の暮らしというものを考えている。

ビーチに押し寄せる波のカタチに1つとして同じものは無く、
ビーチを訪れる人の時もまた一瞬でその表情を変えてゆく。

ただ人は一々そんなことを考えることもせず、「
寄せては返す波」という定型文のリズムの中に我が身を置くことで、
毎日を生き抜く術を得ているんだ。

台湾でのイベントに参加します。


12月9日と10日に台湾の台北で開催されるイベント、
日本と台湾のアートやサブカルチャーが交わるCulture & Art Book Fair in Taipeiに参加します。

今年4月に第一回が開催され、かなりのお客様に支持されたことで、
今回の第二回の開催となったそうです。

日時:2017年12月9日(土)、10日(日) 11:00 – 18:00
場所:華山1914文化創意産業園區(中4A紅酒作業場)
入場料:150元
主催:Culture & Art Book Fair 実行委員会
協力:華山1914文化創意產業園區、佔空間Artqpie、秋刀魚、LIP 離譜、haveAnice 有質讀誌、台北月見ル君想ヲ、BIG ROMANTIC RECORDS/大浪漫唱片、Time Out Tokyo、HereNow、Shopping Design、RETRO印刷JAM、SAMSUNG、niko and…、西武鉄道株式会社、株式会社プリンスホテル、FUJIN TREE。
FBページ> https://www.facebook.com/events/1709677742670600/?……_tab=about

内容の説明を見ると、
・台湾&日本の独立系出版社、ブックストア、セレクトショップ、アーティストなど合計55ブースの展示販売
・台湾&日本の独立系出版社、ブックストア、セレクトショップ、アーティストなどによるワークショップ
参考:前回(2017年4月)のイベントの様子→ https://goo.gl/lY0Kmz

とあります。

ボクは絵本「とうだい」を原画とともに持って行ったり

ジャケを担当した台湾出身のEri Liaoさんのアルバムを持っていったり

青山のSHOZO COFFEE STORE の松本さんと作った映像を持っていったり

その映像で使ったシーンをTシャツにして持っていったり

知床と台湾を結びつけるきっかけの絵を描いたり

そして、
誰でも絵が描けるワークショップを開催したり

【haveAnice…WORKSHOP&TALK EVENT】
第二回的CABF增加了許多不同主題的WORKSHOP&TALK EVENT!
立即報名▶︎ https://goo.gl/BybaXo
無論是充滿實驗性質、使用不同媒材的藝術創作,或是因為眷戀紙本溫度而相聚在一齊,透過經驗分享,共同製作出一本獨一無二的Free Paper等,都希望提供大家更多元更好玩的活動體驗!每場次至多20個名額,機會難得趕快報名!!
【活動一覽】
12月9日(六)
・11:00-12:00 URBAN GALLERY「CULTU-RE EXPERIMENT文化實驗」
・12:30-13:30 只本屋的Free Paper教室「おいしいおはなしvol.2」
・14:00-15:00 SOTOKOTO / ソトコト x 秋刀魚 TALK EVENT
・15:30-16:30 小池アミイゴ「人人都可以是小畫家WORKSHOP」
・17:00-18:00 BRUSH LETTERING WORKSHOP
12月10日(日)
・11:00-12:00 Noritake x Big Issue TALK EVENT
・12:30-13:30 URBAN GALLERY「Unnoticed 邊緣色」
・14:00-15:00 RETRO印刷JAM「電解金屬印刷WORKSHOP」
・15:30-16:30 只本屋的Free Paper教室「おいしいおはなしvol.2」
・17:00-18:00 BRUSH LETTERING WORKSHOP

ボクが参加することに関しては、仕掛け人みたいな方がいるのですが、
ともかくこの現場にボクがいることが面白いのだそうです。

あと2週間後には初海外のワークショップだったりするけど、
今の所いつもと変わらぬ気持ちで、
目指すのは台湾でも「ひとり」との出会い。

そんな考えの中、
クリエイティブな時間を創ってゆくつもりです。

お近くの方、ちょいと台北へ!

私の心を温めてくれる歌詞


マガジンハウスの”&Premium”2018年1月号の見開き2ページで
「私の心を温めてくれる歌詞」を5つ紹介し、なぜ心が温まるのかを語っています。

素晴らしい歌詞、特に今回選んだ古い3曲は、
活字として並んだ姿がとても美しく、
目で見ても心温まるページになっています。

実際には2時間ほど語り倒した取材でした。
ここでは紙面に載らなかったこと、いくつか。

今回のテーマではピックアップしなかったけれど、
宇多田ヒカルが「First Love 」を発表した時をもって、
ごく私的な歌詞の世界は紀元前と紀元後に分けられました。

忌野清志郎、桑田佳祐、山下達郎、荒井由実、
もしくは松本隆やスピッツとか、
自分の地肉になっているはずの歌詞がピックアップ出来なかったのは、
「温かさ」を超えた「熱さ」や、「温かさ」の隣にあるヒリヒリ感に
触ってしまうからだと思いました。

70年代のある時期まで日本人は「幸せ」であることを振り回さなかった。
中にはそういう人もいただろうけど、
ほとんど人にとって幸せの実感は胸の奥に留めておくものだった。

当時のプロが作り出す唄の言葉の凄みは、
市井に生きるなんでも無い人たちの心に寄り添い、
その1人ひとりの心の中に「自己発電装置」を造ったとだと思います。

自分の幸せなんておおっぴらに語れない。
しかし、自分の幸せを良く出来た歌に紛れ込ませ、
明日を生きる熱に変えてゆけた。

80’sの曲がピックアップできなかったのは、
日本人は誰もが幸せでなければならないという考えに追われた時代に、
幸せは程よい温かさの中で育てられるものではなく、
手っ取り早く金を使ってコンプリートするものになってしまっていて、
唄はそんな考えに確信を持たせる道具、
もしくはアンチテーゼを唱えるものという二極化が進み、
一見温かさを表現したような唄であっても、
必ず棘や毒が仕込まれている感じがしたからです。

90’sの渋谷系あたりまでがピックアップ出来なかったのは、
アンチテーゼも突きぬけて、ともかく『世界で一番クールなボクら自慢』な感じ、
もしくは『ダサい日本人以外の何者かに対する憧れ』から紡ぎ出されるものが、
かなり冷ややかなものだと感じたからだと思います。

で、ボクのごく私的な唄世界の紀元前最後の年である1998年に
SMAPと名乗る若者が歌う「夜空ノムコウ」は、
「あれから僕たちは、なにかを信じてこれたかな?」と語り、
「握り返したその手が、ボクの心の柔らかい場所を今でも締め付けている」ことに気づき、
1999年の宇多田ヒカルの「First Love」の誕生を待つことになったなあと。

宇多田ヒカルは「ひとり」を歌う。

それから8年たって安室奈美恵は大きな責任を背負い、
女の子たちの背中を押す唄「baby don’t cry」を発表。

紀元後の草食の時代、
温かさの発生装置を持つ男子はとうの昔に失われ、
そもそもそんなものに期待をもたぬ女子たちは、
その心の柔らかい場所の外側同士を擦り合わせた摩擦熱でもって、
今日を生きているように思うのだ、な〜。