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1年

2017 年 4 月 14 日 金曜日


熊本大分地震から1年。

先日、去年7月に益城町で見たコスモスを描きました。

ただ、
描いている最中にテレビで浅田真央さんの引退会見をやっていて、
かなり気持ちを引っ張られたかもな仕上がり。

こういう絵は画面上で描いては潰しを何度も重ねるのですが、
これは1発で描き終えてしまいました。

人ひとりが生きるということ、
反芻して考えている今年の春です。

昨日は絵本「とうだい」の原画展を開催させてもらってる、
長崎県諫早のオレンジスパイスさんからメッセージをいただきました。

陸前高田で被災された方で今は長崎で暮らされている方が、
オレンジスパイスでボクの絵に出会い、
生まれ育った土地や海を思い出し、
長崎に来て初めて津波で失われたお父様の話をすることが出来た。

それまでは周りのみなさんが気を使ってくださるのがわかり、
「そういうことを」を語れないでいたそうです。

まず、
そういうことをボクに伝えてくださったオレンジスパイスという場所と人に感謝。

ここまでじっくり育ててきたオレンジスパイスとボクとの信頼関係を誇りに思います。

そしてボクは『ボクの絵にご利益があった』なんて思い上がりに陥ること無く、
絵だからこそ出来ること、イラストレーションの可能性なんてものを、
真摯に(もちろんクレージーにセクシーにクールにも)追い求めて行かねばならない、
そんな責任を感じるお話を手渡されたと思っています。

あれから1年。

絵なんてものが必要とされる日がいつか来ればいいなと願い、
今日もつまらぬ絵を描こうと思います。

珈琲美美のこと

2016 年 12 月 10 日 土曜日


ここ数年で描いている花の絵、
その着想は福岡の珈琲美美で得たものです。
http://cafebimi.com

福岡滞在中はなにかとワサワサ動き回ってしまうのだけど、
美美でひとりの静かな時を持つことは、
心を自分の中心に留めておくための大切なルーティーンになってました。

そして、ボクをそうしてくれる一杯の珈琲、
ボクもそんな珈琲のような絵が描けないかって思うようになってね。
美美にはいつも目利きの確かな絵や書の作品が飾られていて、
その日は油絵の具で描かれた珈琲色の花の絵が描かれていて、
あ!これだと思い、
初めて店主森光さんにお声かけし、
画集を見せていただき、
自分なりの花の描き方を想像し、
東京に帰って描き始めた2008春の日

そんな絵は大阪の喫茶店ロカリテの壁から始まり、
SHOZOのような名店も含め、
沖縄から青森まで、
震災も乗り越え珈琲の現場で展示され、

ボクはといえば、
やはり珈琲一杯をドリップするような情熱と静けさをもって、
その辺に咲くなんでもない花の絵を描き続けているのだけど、

なかなか、なかなか、
美美さんの珈琲のようにはいかないなあ〜とね、

憤りはあるけれど、
しかし、あの珈琲を思えばイラつくことも無く、
やはりポタリ、ポタリと花の絵を描くのです。

森光さんと言葉を交わしたのはその1度きり。

しかし、悔いは無い。

54ヶ月め

2015 年 9 月 11 日 金曜日

R0011672

今日は2011年3月11日から1,645日め
4年6ヶ月
54回めの11日です。

今はお昼のちょっと前で、
テレビのニュースでは茨城や宮城の大雨被害の状況を伝えています。

2011年3月11日を思い起こされる映像と向き合い、
しかし、未だ多くの行方不明者がおられる中、
ボクは語る言葉を失っています。

まずは救助救難のプロの方々の奮闘を祈り、
今危機的な状況に置かれている人が
早く心の安堵を手にいれますよう願うばかりです。

昨晩は、刻々と変化してゆく大雨被害の状況を前に、
ボクより若い人とディスカッション。

若さというのは、こういった事態を全身で受け止め、
全力で思い悩むことなのだと、あらためて感じました。

こういった時、災害に対する特殊な技術を持った人であれば、
どんどん現場に入ってゆき、人の力になってゆけばいいし、
しかし、「なにもできない」という思いに陥ってしまう人は、
まずは「無力」であることを知っただけでも、
それはこれからを生きてゆくために、
さらには、
いつの日か危機的状況から生還された「ひとり」の人と
言葉を交わす歳の確かな道標になってくれるはずです。

ボクらは「弱く」「無力」なことを受け入れることで、
見つけ出すこと、広げられる発想があります。

そう出来るためにも、
未曾有の事態を前に、身近な「ひとり」との会話を作り続けなければならない。
そう思います。

たとえば、14年前の9月11日にニューヨークで起きた事に直面した時、

4年半前に東日本で起きたことに直面した時、

ボクは「人を想い、悩む、心やさしき日本人」を発見したようです。

1985年生まれの人は
バブル経済の喧騒をほとんど実感すること無く、
1995年の1月に阪神淡路で起きたことに10歳で直面し、
16歳でアメリカで起きた同時多発テロを
「映画を見ているようだ」と語り、
しかしそれを否定し、苦しみ、
26歳の春に東日本の惨禍に直面し、
「やさしく」あろうと願い思い、行動にも移して、
今は30歳です。

ボクは事あるごとにそんな世代に人たちの言葉を、
ボクより未来を生きる人の言葉なんだと感じ、
そこに通底する「やさしさ」を、
ボクたち世代が使う「優しさ」とは異質のもの、
文化的深度の深いなにかとして捉えています。

それは、ボクがボクの臭覚をもとに出会う人たちのことで、
今の日本人の典型とは呼べないことなのかもしれませんが、

それでも、5歳の息子の通う保育園で出会う
街に暮らし生活に奮闘人々の醸し出す「やさしい」空気感は、
ボクたちの暮らす街になにか起きた時、
人を助ける力に変わってゆくんだと思っています。

そんな人たちは
東京でオリンピックが開かれる2020年には
35歳前後の世代となっていますね。

数多の災禍に直面してきた中で出会ってきた人の「やさしさ」
それを失わないで社会であるためにはどうしたらいいんだろうか?

ボクのようなものが絵を描き生きてゆく中で、
今はとても重要な制作のためのモチベーションになっています。

ボクの個展「東日本」は、
青山yuiでの会期を終え、
今は横浜仲町台のYUI GARDEN で巡回開催しています。
(個展は9/19まで。詳細はこちらをご参照ください> http://bit.ly/1OMLtQm )
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あの日、3月11日から4年半の夏。

ボクは「震災について」
もしくは「それ以降のこと」などの会話が生まれることに、
あまり期待を持たずに臨みましたが。

しかし、まったくそんなこと無かった。

4年半が経ち、
ボクも「東日本」なんてタイトルの展覧会を3度重ねる中、
そこに足を運んでくださる人たちの中に
次の時代を生きるための確固たる決意のようなものを、
途切れること無く交わされた言葉の中に感じたし、

うれしかったのは、
絵やデザインに関わらぬ生活をしているような人に限って、
ボクの描いたものの本質的な部分を言葉にしてくれたりもして、

こうやって続けることで生まれる豊かなマインドはあると思ったし、
一枚の絵があるからこそ、
ボクたちはこうやって言葉を交わせてるんだと、
あらためて確信出来ました。

こんなことを、ボクの出来る範囲でしかないけど、
ちょっとでも被災地と呼ばれる土地の人とも出来るよう、
なにを描けばよいのかさらに頭を悩ませ、
心をハードワークさせてゆこうと、

こういったマインドはやはり
絵を見てくれた1人ひとりから手渡されたバトンなんだと思い、
そんなものを次の場所、次の人に手渡されるようなもの作り、
真摯に取り組んでゆきます。

2001年9月11日

その頃のボクは東京の青山で、
ボクより若い人たちと唄の現場を創っていました。

誰でも参加できる唄の時間。
それは表現することのヨロコビを分かち合う現場であり、
ひとりの唄うひとつの唄を大切にする時間でした。
夜遅くに始まり朝まで、ともかく唄。

そんな時を重ねている中、
9・11 同時多発テロは起きました。

多くの人が「映画を見ているようだ」と言葉を発する中、
ボクのイベントに出演していた若い人たち、
ハタチそこそこだったりするような人たちは、
「ひとつの唄」を頼りに、みんな自分の言葉で語り、
明け方のCLUBのバーカウンターの前で、
真摯なディスカッションを繰り返し、
いくつかの言葉は美しい「唄」へと昇華してゆきました。

その中には皆さん誰でも知ることになる曲もありますが、
大切なのは、
ボクたちは「唄」という表現を大切に共有したからこそ、
真摯な言葉の交換が出来たということ。

そんな言葉の1つひとつは今もボクの中でうごめき、
1枚の絵を描かせる力になっています。

そういった意味において、
みんなの小さな表現は生き続けているし、
そういったものを失わせるような社会は嫌だなあと、

どうにもならぬ自然の猛威に向き合い、
自分の無力を知るからこそ、
大切に思う小さな出会いや言葉を思い出すんだと思います。

この投稿のトップにアップした絵は
文芸誌「詩とファンタジー」で金子みすゞさんの詩に添えた絵

「土と草」

母さん知らぬ

草の子を、

なん千万の

草の子を、

土はひとりで

育てます。

草があおあお

茂ったら、

土はかくれてしまうのに。

春の展覧会に参加

2015 年 3 月 25 日 水曜日

宮古のチューリップ700
青山ブックセンターで開催の展覧会「春いっぱい」に参加します。
http://www.aoyamabc.jp/fair/tis-2015/

3月24日(火) ~ 4月6日(月)
10:00 ~ 22:00 (最終日~19:00)
入場無料

青山ブックセンター本店内ギャラリーウォール
渋谷区神宮前5-53-67コスモス青山ガーデンフロアB2F
03-5485-5511
http://www.aoyamabc.jp/store/honten/

主催:東京イラストレーターズ・ソサエティ
協力:青山ブックセンター 本店

「春いっぱい」のテーマに向けて色々描いてみた中、
先日歩いた岩手の宮古の街の花屋のウィンドウに咲いていた
チューリップを描いた絵をチョイスしました。

大きさはA4くらい。
板に直接アクリル絵の具で描いて、
額無しで45000円の値段をつけました。

イラストレーターの集まりでの展覧会ですが、
「ひとり」に購入して頂くことを考え描き下ろす場合、
その方の生活の邪魔にならず
末長く付き合える絵であろうと考えます。

それは表現についてまわる「毒」などを消してしまうということではなく、
人間が本来持ち合わせているであろう数多の感情を否定することなく、
「ひとり」の日々の心情の合わせ鏡であるような絵であること。

もしかしたら毒を消すどころではなく、
なにも描かないなんてことを目指しているのかもしれませんが、
まあ、まだまだの力不足を感じる作業であります。

今回描いたチューリップくんたちは、
ねずみ色のステージで地味に開花を待っているような感じですが、
本当に咲くべきは、この絵を見るお1人おひとりであればなあ〜
です。

今回平行して描いた花の絵。

ひとつは去年長崎の諫早の河原で見たレンゲの花。
諫早のレンゲ700

そして同じく諫早のアザミとハナダイコンの花。
アザミとハナダイコン700

東北の地を歩いて出会う花と、
長崎で出会う花とでは、
出会った瞬間に心をノックする「ハッ」の質感が違っているようで、

「春いっぱい」と題された展覧会に参加するにあたり、
いまひとつ「春いっぱい」な気分に追いつかないボクは、
三陸の港町の路地で身を寄せ合うようにして
本格的な開花に備える白い花たちを
東京の青山の春に添えたいと思いました。

にじいろチャリティー

2011 年 7 月 28 日 木曜日


2011年7月10日から15日までの6日間
青山CAYでOurSongs「にじいろの花


初日のワークショップ
で生まれた作品はCAYの壁面に展示

今回のフライヤーに使った
今年3月11日以降に行ったワークショップから生まれた作品も展示

希望者があれば1円以上で販売して
東日本大震災のチャリティーに充てることにしました

併せて
2000円のチャージから100円をチャリテーに充てました

これはチャージの5%
政府がもたもたしているの尻目に
民間でやることやっておくには
継続可能なパーセントじゃないかなと思います


で、
実際にイベントが進んで行く中で
チャリティーを呼びかける作業はタイヘンです

このチャリティーは「楽しい」と思って頂けることがなによりで
押しつけにならぬよう説明しなくちゃなんだけど

毎晩のLIVEが素晴らしいくて
どのLIVEも「今大変な状況に置かれた人」に対する
深いイマジネーションを感じるものだったりもして

ボクの貧弱なコトバでチャリティーを呼びかける必然があるのか?
一瞬一瞬で悩むんだよね

きっと一瞬一瞬で悩み続けることこそ
チャリティーの本質だったりするのかもしれないけれど
やはりどうしてももどかしい

それでも
壁面の絵には実に多くの方に興味を持ってもらえたように思います

LIVE出演者でも何組かの方が
ご自身のコトバで絵について説明してくれたりもして
それは特にボクがお願いしたことではなく
やはりお1人おひとりの「楽しい」という気持を
お客様に伝えてくれたことで
「こういうことなんだよな」と教えられてばかり


実際にこの絵も
ボクの日本地図の絵
さらに3名の人の手が加わって完成したもの

それが「楽しい」だったり
発見に溢れたものであることが1番

そうやって興味を持って下さった多くの方が
気に入った絵を購入してくれました

たとえば
「なんか元気になるよね!」と言って
ヒマワリに囲まれた日本の絵をご購入の
日本一のパン屋の店長さん

たとえば
「にじいろ」出演後
未来に向かった高まった気持を届けにきてくれたお2人

この絵は5月にbaobabの森で生まれた作品だから
baobabの盟友でもある2人に受け継がれたこと
何かの縁を感じるし必然も感じるね

そんなこんなでCAYの6日間で集まったお金が62000円
それにボクも絵を1枚購入して合わせて70000円を
郵便局から日本赤十字の東日本大震災支援の義援金として送金

みなさん
ご協力ありがとうございました!

日本赤十字の義援金が未だに被災者に支給されていない問題が
取り上げられていますが

まずは行政の被災認定が速やかに行われることですね

みなさんの貴重なお気持ちをお預かりしましたが
みなさんも引き続き被災者支援の行方を見守ってゆかれますよう
そしてまたみなさんのお気持ちのバトンを手渡してゆけるチャンス
創ってゆかねばです

と言う間もなく
7/10のワークショップに山形からご参加の方に依頼を受け
募金箱制作




どん

山形でガッツリ働いてこいよ〜〜

ついでに
CAYの壁面を飾っていたニホンちず子ちゃんの残りも発送

山形でいい人みつけてくるんだよ〜〜!

次回ボクのワークショップは8月11日に下北沢で
5ヶ月後の東京に花を咲かせるよ〜
詳細は後ほどー

PEACE!!