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104ヶ月め

2019 年 11 月 11 日 月曜日


今日は2011年3月11日から3,167日
452週3日
8年8ヶ月
104回目の11日です。

10月19日から22日までの期間で、
宮城県塩釜市、福島県喜多方市、群馬県富岡市と巡るご縁がありました。

それぞれの市の人口は今年の秋の時点で、

宮城県塩釜市
54,064人

福島県喜多方市
46,592人

群馬県富岡市
48,349人

5万人前後で似た規模の自治体、
被災地と呼ばれたり、台風被害が受けたばかりのエリアも含む自治体ですが、
それぞれの今にそれぞれの元気な姿がありました。

10月19日は塩釜市の杉村惇美術館で開催されたチルドレンズ・アート・ミュージアムで、
子どもたちと(一部オトナも)お面を作るワークショップセッションを開催。
チルミュ詳細> http://sugimurajun.shiomo.jp/archives/4335

チルドレンズ・アート・ミュージアムは、もともと岡山県倉敷の大原美術館で行われたものを参考にし、
倉敷と塩釜で人的な交流も重ね、今年で2回目の開催となるイベント。

地域に生まれた美術館を、どれだけ地域のものにしてゆくのか?

コンクリートの箱を造って、しかし地域のニーズに応えられぬでいる美術館などが見られ日本で、
しばらく使われずにいた公民館だった歴史的な建物を、リノベーションし美術館に変えた杉村惇美術館。

もともとの志がこれまでと違うスタートで生まれたはずで、
美術館に紐つく人たちがオープンで、塩梅の良い緩さもあって、
本来アートってこんな感じだよなと、
自分の表現の原点を確認出来るような場所でもあるように感じています。

そんな場所があること、
そこに美意識とコミュニケーション能力を持つ人が1人、2人と関わることで、
発信される言語も窓口となるデザインもより平易な表情になり、
美術館は、さらには地域は、こんだけ楽しそうな表情を見せるんだなあ〜と、
感激の現場、思いっきりハードワークしてまいりました。

打ち上げでは、日本の各地からやってきた、
アートに関わる人や子どもに関わる人たちと交流。
では自分は絵で何が出来るだろうか?
とても明快に考えることが出来たはずです。

明けて20日は会津の喜多方へ。
秋の東北の風景や台風被害の様子が見えたらと、
仙台からバスで会津若松まで移動してみました。

東北の秋はただただ美しく、
200kmほどの移動の間、目に見える台風被害の爪痕には出会わず、
しかし、こうしてのほほんと風景を楽しんでいる今も
困難な状況に置かれている人がいることへの想像がバスと並走していました。

日常の足元から視線を上げ美しきもの見る。
その美しさはその先に美しさにつながり、被災のヘリに至ります。

台風被害の実像は、顔を合わせてお話しする方の実体験だったり、
どなたかお知り合いが苦しい立場にあることが語られることで浮かび上がり、
ボクのようなものでも、当事者としての足場を得るように感じました。

美しきものと悲劇が隣り合わせにしてあること。
そのどちらにも視線を送り想像を働かせ続け、美しき人に出会うことは、
いつかなにかの時に人を助ける力へと育ってゆくことを、
2011年3月11日から今に至る時の中で経験し実感しているボクです。

喜多方では、喜多方市美術館で開催の、ボクの絵と生き方の師匠、長沢節先生の展覧会が開かれ、
美術館の企画としてボクのワークショップを開催しました。

喜多方はとても美しい町です。

会津に「北方」に在る喜多方ですが、
江戸から近代へと続く時代の中、会津と新潟を結ぶ交易の拠点として栄え
戦後の高津経済成長期を超えた先で、
ある意味ひっそりとその美しさを維持してきたような印象を受けます。

たとえば、街路に植えらた花が、華美に陥ることなく当たり前に佇んでいるような姿であること。
こうしたセンスって簡単に手に入れられることじゃ無いなと思うのです。

たとえば、ワークショップ終了後に見上げた空の深く複雑な色合いの美しさ。
こうしたものに日常から包まれ生きてこれたらからこそ育まれる美意識ってあるなあ。

だから、ワークショップに参加された方々の醸す色も複雑に深く美しかったです。

普段絵を描いていないなんて人が多かったけど、ほんとかな?

これなんか小学生の描いた絵だよ。。

今回のワークショップを企画してくださった学芸員さんは、
ボクが塩釜で開催した展覧会やワークショップも見にきてくださり、
とても丁寧なコミュニケーションのもと、この日を創ってくださいました。

うかがえば塩釜がご実家とのこと。

とても落ち着いた美しさを宿す喜多方市の美術館で、
市民のニーズに応え美術館という装置を生かすアイデアを創造してゆくことは、
美しくも人口減少などの社会問題を抱えている中、
社会にいかに持続可能な「生きる喜び」を創造するかというと重なるはずだと思います。

塩釜では、社会の中でなにか楽しいことを創造しようとする際のモチベーションが、
8年8ヶ月経った今も震災で社会が壊れかけた(壊れた?)ことへの危機感によって、
束ねられているように感じています。

この熱量の一部が喜多方で生かされるイメージを、
1人の学芸員さんとのコミュニケーションから得たセッションでもありました。

などと呑気なことを考えていると、
帰り道の郡山で台風被害の傷跡を目にし、自然というもの不条理を実感し、
旅先で出会う人たちが、これからも心穏やかに生きてゆけたらいいなと、
ただただ願うのでした。

そして群馬の富岡へ。

台風被害の片鱗に触れながらも、
やはり美しく長閑な風景の連なった先で友人の結婚式。

世界遺産富岡製糸所を有する街の市役所は、隈研吾氏のザインで建てられていて、
周辺の景観と共にとても気持ちの良い空間が生まれていました。

友人は群馬のアパレルのコミュニティの真ん中あたりにいて、
そこに音楽やアート、スポーツなのでコミュニティが緩やかに重なり合って、
なんだかオシャレでオープンな人の輪を形成しています。

オシャレにオープンに整備された富岡の街を、
今回は手作の結婚式という形で利用した彼ら。

オシャレにオープンに整備された富岡市も、
実は財政的に苦戦していることも伺った今回。

こうしたフレッシュな試みがさらに持続的に行われ、
富岡ならではの幸せの形を創ってゆけたらいいのだろうなと思う中、
同規模の街、塩釜でやれていること、そこに関わる人のあり方など、
愛しき群馬の人たちとシェアすることで、これからの活動が確かなものになるんじゃないか?
なんて思ったのです。

富岡に至る風景は、台風の傷跡も目に入るも美しく豊かで、
思いがけぬ変化を見せ連なる山の稜線は、目に新鮮な喜びを与えてくれました。

それはこの土地に暮らす人にとっては当たり前のものかもしれませんが、
やはり特別なことなことなんだと、東北を巡った後だからこと強く感じたかもしれません。

群馬の友人たちが同規模の人口を有する塩釜や喜多方を知る事で、
あらためて富岡を知ることにならないかなあ〜。

喜びや幸せのベクトルがグローバルな方向に束ねられてゆくようなイメージでいる今という時代。

本来は1人ひとりあっちこっちの方に向かっていいものなんだろうけど、
人と違うことを恐れる風潮や、そもそもの手っ取り早さとかで、
本当に願っている方か分からぬまま足を向けてしまっていることはあるなと。

そうした1人ひとりの漠然とした恐れみたいなものを、
生活が営まれているローカルコミュニティの中で醸造された美意識でもって、
1人ひとりの矢印はあっちこっちに向いたまま優しく束ね、
持続可能な幸せの形を形成出来る方に導くようなことやれたらいいな。

たとえば、絵やイラストレーションはなにが出来るだろうか?なんて考えた
宮城-福島-群馬の時でした。

いや、しかしいい結婚式だったなあ〜
感動した!
そして、楽しいことは愛に溢れ狂おしいほど馬鹿げたものがいい。

おめでと!エバちゃん。

ところで、
美しい本が届きました。
熊本の街の路地裏で、弱くも美しき人々の交差する本屋。
ボクにとっては、ビールの小瓶がどこよりも美味しく飲めるカウンターのあるカフェ。

橙書店のツッパリ店主 田尻久子さんが綴る、
橙書店の日々をオレンジ色に彩る人々の33篇の風景。

生きることに閉塞感を感じる時代にあって、
デカイ花火を上げるでなく、弱き人に視線を送り続け、ただ愛すこと。

こんな時代に自分が愛する本だけ売る本屋。
そこには並並ならぬ苦労と、ある意味の狂気さえあるでしょう。

が、こんな場所があるから生きてゆける人ばかり。

被災地と呼ばれる場所をめぐる中、
よく「熊本には橙書店てのがあるんですよ〜」なんて語ってきたボク。

「復興」という言葉の中には、
「こんな店と出会えるようになった」という物語があるはずと考えています。

よかったらぜひ手に取り、ページをめくっていただけたらと。

田尻久子さんにしか出来ないこともあるだろうけど、
それは「私にしか出来ないこと」と薄い壁ひとつ隔てたものだと思うんよね。

なんてことを思いながらページをめくると、なるほど、ボクのことも書かれています。

俺のなんたるかもザクっと掘り起こしやがって、、
晶文社より1650円でホロリリリース。
久子、ラブだぜ〜〜〜

103ヶ月め

2019 年 10 月 11 日 金曜日


今日は2011年3月11日から3,136日
448週
8年7ヶ月
103回めの11日です。

9月14日に台湾の取材から戻ると、
次の週末は宮城県塩釜へ。

震災直後から企画され8回めの開催となるフェス
GAMA ROCK FES で子供達の顔を描くワークショップを担当しました。

GAMA ROCK はm東日本大震災で被災した宮城県塩竈市を拠点に支援活動を続けてきた
同市出身の写真家・平間至とATSUSHI(Dragon Ash)が中心となって2012年にスタートした野外フェスです。

2013年1月に初めて訪れた塩釜。

そこで魅力的は人、ひとりと出会い、
その1人からさらに1人、1人と知り合ってきて、
残念ながら失われてしまう人もあったけど、
ともかく焦らず1人、1人とやってきて、
今年の春に大きな展覧会を塩釜の美術館で開催。

そのご縁が今回の参加につながりました。

フェスの会場では、これまで知り合いになってくださった方が気軽に声をかけてくれて、
そんな雰囲気の中で子どもたちと向き合えたこと、
このタイミングでこのフェスに関わられたことは、実に自分らしいことだと思えました。

また、このタイミングだからこそ、
息子を一緒に連れてこれたなと。

息子越しに見る塩釜、そして塩釜の人たち。
もしくは、8年前にこんなことがあったんだと、
街を歩きながら語れたこと。

あれからずっと、人ひとりでできることは限りがあるが、
1人だからこそ出来ることもあって、
それがどんなに些細なことでも継続してゆくことの必要を語ってきたけど、

まずは、その意味を息子と感じられた時間となりました。

そして、この歩みは未来に続く。

その前に、
10月19日、再び塩釜へ。

塩釜市の杉村惇美術館で開催されるチルドレンズ・アート・ミュージアムに参加。
詳細> http://sugimurajun.shiomo.jp/archives/4335

再び子どもたちと向き合って、一緒に楽しいものを作ります。

これから先の未来がどんなものなのか?
大人が言葉を詰まらせる

子どもたちが大人になる過程で、困難に向き合った時、
多少のことは自分の力で乗り切れる柔軟な強さを手にしてくれたらいいなと。

そのために、子どもの頃に思いっきり楽しいことを味わってもらいたと願っております。

そんな願いは福島でも。

9月30日の月曜日。
福島市の晴明小学校1年生、2クラス33人の子どもたちと、
思いっきりワルドな絵を描きました。

子どもたちと元気な未来創りたい。
子どもたちのママさんが企画し、
助成金の申請なども行い、
学校の親子交流会として開催になりました。

福島市の1年生、とても良い子!
日本のいろんな場所で子どもたちと接してきたけど、
1番くらいに整然としてるかも。

まあ、学校のクラスという単位なので、そうなのかもだけど、

でも、丁寧にワイルドに彼らの殻を破ってやると、
めちゃくちゃ元気で、ほんとワイルド!

こんなこと何度も経験する必要ないと思うけど、
でも1年生の今出来て良かったんじゃないかな〜〜

リミッター外したらどこまで出来るのか?
自分のサイズを知るところから、本当の優しさなんてものが生まれると思うんだ。

そんなことを信じつつ、お立会い下さったママさんパパさん先生さん、
楽しみや喜びを子どもたちと共有しながら毎日を進めてくれたらいいな。

ママさんたち、企画大変だったと思うけど、
お疲れ様のありがとう!

これは11月22日23日の東京代々木セッションに続く。

ところで、
ボクがこうして毎月ブログを書く中、
たまにフリー素材のイラストレーションをアップすることがあるけど。

この発想はイラストレーターの大先輩の和田誠さんから頂いたものです。

10年以上前、なにかの展覧会の後、青山のカフェでビールをご一緒させていただいた際、
突然「俺は戦争だけはやっちゃダメだと思っているんだ」と和田さんが語り始め、
「そういう俺の絵がインターネットてやつに載っていて、自由に使えるようになってるんだ」みたいな話をしてくれたのです。

和田さんは家が近所なこともあり、
イラストレーターの集まりの後、一緒に歩いて帰るなんてことが何度もあり、
そこで受けたイラスレーターとして、さらには人としての矜持は、
今ボクが生きる上でとても重要なものになっていて、
震災後の東北や熊本を歩く力にもなっていました。

そんな方の訃報が本日午後に届きました。

お亡くなりになったのは7日とのこと。享年83歳。

実は今日の昼前に息子と図書館に行って、和田誠さんが描いた絵本を借りてきたばかり。
やっぱ和田誠さん、一本の線で多くを語ってるなあ〜!なんて感嘆の昼メシ前。

悲しいなあーーーー

でもこの旅は続けてゆきます。
和田さん。

102ヶ月め

2019 年 10 月 11 日 金曜日


今日は2011年3月11日から3,106日
443週5日
8年6ヶ月
102回めに11日。

そして、台湾客家取材18日め。
東勢という街に滞在しています。

東勢という街は、
1999年9月21日の台湾中部大地震の直下にあって、
500名からの死者を出したとのこと。
(震災全体での死亡者は2400名以上)

東日本大震災から8年半の今日、
偶然にも地元の方がその被災の甚大さを分かる場所に連れていってくれました。

1999年9月21日の台湾の震災には、
1995年1月17日の阪神淡路大震災で経験を積んだレスキュー隊が駆けつけたこと、
ニュースで見た記憶がありました。
が!
東日本大震災の際、台湾から大きな義援のお気持ちを頂いたことは、
メディアを通して知っていて、「親日の台湾ありがとう!」という気持ちでいたとして、

では、1999年9月21日に台湾で起きたことに対して、
我々日本人がどれだけの知識を持っているのだろうか?

もしくは、
1935年、日本が台湾を統治していた時代に、
新竹・台中地震が発生して甚大な被害があったことは、
どれだけ当事者意識を持って考えられるのであろうか?

なんてことを思いました。

1999年の震災からの復興において、
東勢の街の方々の気持ちは「思い出したくない」ということが大勢を占めていること、
土地の方に教えていただきました。

台湾滞在18日で、日本と台湾との死生観の違いを感じていたところで、
“被災>復興” というベクトルで人が何を思うのか、
自分の発想や想像力の糧となる出会い。

地元の方のとディスカッションでは、

『被災に対してどんな考えがあろうと、悲しい出来事もこの土地で未来を創る若者たちの力に変えて行かねば』

そんな話をしました。

そして、
台湾と日本は海で隔てられているも、心と心同士は地続きでありたい。
地続きであるよう尽力したい。

そう思いました。

人ひとりの力ではどうにもならぬことが世の中にはあって、
しかし、人の良きマインドを束ねることで突破出来ることも、
確実にある。

20110911
19990921
PEACE!!!!

101ヶ月め

2019 年 8 月 11 日 日曜日


今日は2011年3月11日から3,075日
439週2日
8年5ヶ月
101回目の11日です。

7月19日20日と岩手県の岩手町で子どもたちと大きな絵を描いてきました。

人口12,000人ほどの町をいかに維持し盛り上げてゆくのか?

地域おこし協力隊で町の運営に関わっているグループからのお声掛けで、
3月に町を歩いてみて、まずは子どもたちの元気を町の方々に伝え、
そこから町を健全に育ててゆくための会話を持ったらどうかと提案し、
実現にいたりました。


ワークショップの現場は、町内に3つある小学校のうち、
一番児童数の多い沼宮内(ぬまくない)小学校の子どもたちが利用する学童保育の施設。

図書館や子どもたちが伸び伸びと遊べそうなホールも併設された立派な施設。
自然豊かな土地にあって、この環境は素晴らしいなあ〜。

岩手町の子どもたち、とても元気でいい子です。

「いい子」と言っても、オトナの言うことに従順ってことじゃなくて、
元気だけど優しく、ちょっとしたことに気づき人を尊重する力があるって感じかな。

いやいや、絵を描く局面局面、もうめちゃくちゃですよ、、
しかし、やはりどこかに優しさが通底している。

他の土地で出会うことのあるピリピリしたものは無く、
大らかに優しく元気。

地域はこの子たちをこのまま無事に育ててゆくことが、
この町を豊かにしてゆくことの一番の力になるんだと思いました。

ここで生まれた作品は、
新幹線の”いわて沼宮内駅”の構内にお盆の期間まで展示してもらっています。

こうしたものは基本「何が描かれているかわかんねえな〜」と言われるものと考えています。

ただ、そうして通り過ぎる人の中のひとりでもいいから、
「岩手町の子どもたち、すごいな!」と気づいてくれる人が現れ、
町や子どもたちの未来に力を貸してくれたらいいんだと思います。

地域振興は、公共事業投入や「中央」からやってきたコンサルタントの力技などで進められてきた部分があり、
しかしボクたちが目指すのは、もっと気の長い、持続可能で豊かな社会を創ることだよね。

一気に変化を求めるで無く、じっくりと聞く耳を持ったコミュニケーションのもと、
たとえば接するオトナが「そういえば俺もあんなだったなあ〜」なんて、
子どもたちが絵を描く姿に触れ、自身の生まれ育った土地での歴史を振り返る、
そこに掛け替えの無いものを再発見する。

そんなことだと思うんだよね。

で、それはまだ震災の爪痕が残る場所でやれるイメージは、ボクの中には無くて、
しかし、岩手町なら出来る。

人口12,000人に自治体が、街づくり人づくりといった部分で、
突然日本のトップランナーに躍り出る可能性はある。


町で始まった美術館のあるエリアの新たな楽しみ方の発見など、
今後ボクも緩やかに関わってゆくことがありそうな岩手町。

豊かな自然の景観。

北上川の源流を有し、
坂上田村麻呂の名前の刻まれる歴史。

たとえば「沼宮内」(ぬまくない)なんて言葉のアイヌ由来のロマンチシズム。

群馬生まれのボクが「懐かしい〜」と声に出した、
人の心が確かに込められた田園の美しき景観。

2015年を最後に廃校になった小学校の美しさ!

東北太平洋沿岸部が、震災後その姿を大きく変えている中、
岩手町が今の日本の中で担う役割、確かにあるなあ〜。

2時間に1本だけど、東京と直通の新幹線走っているしね。

ここまで町を育ててこられた先人の意思や知恵を尊重しつつ、
さてここでどんな未来を創造したら良いのか、
楽しみだな〜

願わくば自分の描くものもお役に立てるよう、
しっかり準備すると共に、さらに見る目や聞く耳を育てておきますね!
岩手町。

この1ヶ月は子どもと交わることが多かったです。

ダンボールの写真は東京の天王洲でのワークショップ。

新しすぎる街で過去に何度か繰り返して来て今回、
やっとこの街で暮らす人との距離が縮まったイメージ。

こちらは毎年恒例になってきた湘南T-SITEのLIFEsonの夏祭り。

今年は昨年に続き提灯作りと、あらたに花笠作り。

盆踊りチームが来てくれるってことで、より和なテイストを提案してみました。

オシャレでスタートした店も、
「和」だしヤンキーテイストでさえある。

こういうのいいなあ〜と思っていると、
参加者が「毎年これで正月迎えるようなもの」
「もはや私たちにとってFUJI ROCKです」って、
泣かせてくれちゃうね〜

やはり新しすぎる街で、ちょっと故郷が見えてきたかな?

これはカミさん案件。
彼女が施設長をしている保育園の運動会での”エビカニクス”の応援用グッズを息子と制作。

手作り楽しいですよ〜

そして、

昨年に続き、ボクの暮らす地域の子どもたち39名を連れて、
山登りサマーキャンプのお手伝い。

渋谷区運営の上原地区活動委員会の事業のひとつ。

ざくっと言えば、地域のおっちゃんおばちゃんが見守りボランティア活動の一環で、
子どもたちと遊ぶ時間を持つってこと。

ボクはこの土地に20年ちょい暮らすも、まだまだよそ者。
ただ息子にはここを故郷にしてあげられたらいいな。
そう考えると、息子と触れる友だちたちもここが故郷でなくっちゃ。
てこは、センスの合うわかり合った者同士でつるんでいるだけじゃダメで、
ちゃんと地域のことにコミットしなくちゃって考えで、
2200メートルの山の頂上に立ったわけです。

で、先輩たちがやってきたことは、ボクが真似できるようなことでは無く、
でも自分が出来ることは子どもたちへ。

キャンプファイヤーの点火劇ための衣装とか、
山登りキャンプの合間に作っちゃうとか、やっぱワイルドで楽しいです。

そして、子どもたちが「わーっ!」と楽しむ姿があれば、
オトナも動かざるを得ない。

恥ずかしいとか言わず”火の神”に成りきり、
本気の演技で子どもたちの喝采を受けていた会長、
かっこいいです。

うん、ほんと今「かっこいい」てことの意味が更新されている時代だと思う。

そして、
地区活動委員会のご縁で隣のエリアでも子どもワークショップ。

子どもたちが爆発的に表現し、ママさんたちの心が解放され、
地域にオープンな会話の風がビュービューと吹くよう、関わる皆さん全力です。

何かに反対することから導く平和もあれば、
子どもたちの表現を全肯定することから導く平和なんてものもあるだろうと考えた8月6日。

こいつらの頭の上で破裂さえて良いものなど何もないぞ!!

子どもたちの喜ぶ声が響けば、
オトナが動く。

こういうことに反感を持つ人もいるのが、
残念ながら今の日本という社会なんだろう。

しかし、
本当に苦しい立場に置かれた人を救う道には、
子どもたちの喜びの声が響いているべきだと思うのだ。

震災以降の東北を歩いていたら、
いつのまにか自分の暮らす街の子どもたちと遊んでいる自分がいて、
その足元から視線を上げると、やはり東北までの道が見える。

100ヶ月め

2019 年 7 月 11 日 木曜日


今日は2011年3月11日から3,044日
434週6日
8年4ヶ月
100回めの11日です。

6月は宮城県塩釜へ。
利府聖光幼稚園で子どもたちとのワークショップ、
3月に展覧会でお世話になった杉村惇美術館で大人向けのワークショップ。


聖光幼稚園でのワークショップは、
杉村惇美術館での展覧会で知り合った山田みちえさんのグループ、
えぜるプロジェクトが主催で、共催はシオーモ絵本のなかまたち。

震災以降の塩釜で、子どもたちの元気のために尽力されてきた方々が、
利府聖光幼稚園のご協力のもと開催してくださいました。

聖光幼稚園、驚きの敷地の広さと子ども大喜びの高低差を有する施設です。

この日集まってきた子どもたちの半分はこの園の在園生か卒園生。

ここでのびのびと育ってきたんだろうな〜と想像できる子どもたちは、
コミュニケーションのあり方がある程度出来上がっていて、
みんなとても元気なんだけど、ちょっとしたことで譲り合いがあったりで、
ボクがここに来て何をやるまでも無く、みんないい子!!

なんだが、
セッションが進むにつれリミッターが外れ、みんな見た目以上の力を発揮!

はい終了〜!と告げた後も「もっとかきたーい!」だって。
いやー、ワイルドに美しいものに出会えてボクは嬉しいよ!

みんなまた遊ぼう!なんて言っていると、
多くの子どもたちが片付けを手伝ってくれる。

これ大人の誰に言われたってわけじゃなくて、自分から。

ボクは子どもとのワークショップで「描いて楽しかった!」だけ持って帰ってもらえればいいと思っていて、
実際、子どもたちは絵を描くと「プイ」って次の楽しいことに向かっていったりしちゃうものなんだけど、
ここの子どもたちは自分からお手伝いをしてくれる。

震災以降の子どもたちとのワークショップで、
子どもたちが自分の一歩で絵を描く手前で、
どうしても親の顔色を見てしまう傾向が高まった、
特に東日本でそういう傾向が強くて、

それは、震災以降の人を思いやる気持ちの高まりが、
大人同士の会話や社会との関わりに過度な遠慮(リミッター)を生み、
結果子どもたちの表現へのアプローチにも影響しているんじゃないかと。

この傾向は、震災からある程度距離のある都市部で特に感じることなんだけどね。

しかし、塩釜に隣接する利府の大らかな敷地を有する幼稚園に集まってきた子どもたちは、
表現することを恐れず、しかし他人を労り、最後の片付けまで手伝ってくれようとした。

これは、この幼稚園やこの企画に携わってくださったオトナたちが子どもたちとどう接し、
子どもたちの親御さんたちとどんな親鸞関係を構築してきたか、なんだろうな。

そうしたことにおいて、
被災地と呼ばれる土地のおいて醸し出されてきた人のマインドは、
被災から遠くの都市部のそれよりずっと未来にあり、
ボクはここで感じたことを、今度は東京の自分の暮らす場所に持ち帰らなくちゃって思いました。

現場を整えてくださったみなさん、ありがとう!
打ち上げの寿司、美味かったー
震災がきっかけで出会った塩竈から、今は豊かさを頂いている俺っす。

そして2日目。

塩釜市立杉村惇美術館でのワークショップは、
秋に開催される「チルドレンズ・アート・ミュージアムしおがま」のキックオフ企画。
*「チルドレンズ・アート・ミュージアムしおがま」去年のサイト> http://sugimurajun.shiomo.jp/archives/4335

アートを通して子どもと接するであろう大人の頭を柔らかくしておきたい!てワルダクミです。

企画は高田彩さん。

今年春の展覧会でもご尽力いただいた美術館スタッフであり、
ご自宅で展開のアートスペース”ビルド・フルーガス“の運営もされています。

ローカルが面白くなるために必ず必要とされる丁寧な汗かきさん。

そもそもボクの名前じゃそんなに集まるはずも無い人を、
現場のキャパきっちり集めてくださり、
ボクの予測不能な現場進行を邪魔することなくスムースに行える環境を作ってくれます。

春の展覧会の運営やワークショップで彼女の能力に驚き、信頼し、
今回はより自分らしく現場を創ることが出来たはずです。

「絵が描けなくて、、」と語るオトナなみなさんが創造する、
その人だからこそ描けた1枚の絵の素晴らしさ。

そこにはボクだからこその何かがきっかけとしてあるだろうけど、
高田さんのような方の力がしっかりと足場としてあるからこその、
安心感の上に咲いていることでもあるなと思うのです。

彼女のような能力を持った方を何人か日本の中で知っていて、
その土地その土地で色々とお世話にもなっていますが、
しかし、残念ながらどこにでもいるってワケでは無く、
これから未来、彼女のような人が生まれ育ってゆく社会であるよう、
ボクは出会う人と語り合ってゆかねばと思っています。

今回の塩釜では、さらに多くの方と言葉を交わすことが出来、
そこは未来を思い描く会話の現場であると共に、
今の厳しさをシェアする時であり、失われたものへの慈しみの場所でもあり、
これは100ヶ月なんていうことを「節目」にしてはいけない、
今まさにそこに息づく人の感情の問題であることだと、
さらに、さらに心に刻んできました。

ひとつひとつのことはこのような場所で言葉にすることでは無く、
ただ、それは誰にでも開かれていることなので、
今からでもぜひ、東北の太平洋沿岸部を歩いてみてください。

もちろん、熊本でも西日本でも、北海道でもどこでも、
ひとりのサイズで受け取れることは、実はとてつもなく大きなことなんだと、
確かな実感のもと感じている今です。

ところで、
そうやって知り合えたひとり、
塩釜在住の彫刻家 佐野美里さんの展覧会が東京の清澄白河のondoギャラリーであったので、
息子と一緒に行ってきました。


小学4年生男子が作家さんに質問ぜめの展覧会。

そこにはたくさんの会話と笑顔があって、
しかし、そこに至る彼女の創作のマインドはどこまでも真摯で、
それは3月11日以降風景や花の絵を描いてきたボクのなにかと重なることも多く、
俺ももっと頑張らなくちゃなあ〜
もっと朗らかなもの作ってゆきたいなーー!
なんて思えた展覧会でもありました。

ほんとありがた出会いばかりだぜ。

そして塩釜、こんどは秋だね!

その前に、来週は岩手県岩手町へ。

その後、福島市や喜多方市でもなんやかやのワルダクミ。

みなさん、みちのくで会いましょう!

なんて思っていたらピンポ〜ン。。

塩釜から米が届いた。

山田さ〜〜ん!
ありがとう。。
心していただきます。

人に生かされているなあ、俺。