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91ヶ月め

2018 年 10 月 11 日 木曜日


今日は2011年3月11日から2,771日め。
395週6日
7年7ヶ月
91回めの11日です。

描いたのは熊本県水俣市にある島子の漁港の夕暮れ時の風景です。

昨年“つなぎ美術館”での展覧会開催のため滞在した水俣。

群馬県生まれで東京で活動しているボクにとって、
実際に足を運ぶまでの水俣は、イコール「水俣病」であり、
それにまつわる過去の報道やユージン・スミスさんの写真で見るモノクロの世界でした。

しかし、実際に歩いた水俣はとてものどかで、
柔らかな色に彩られた土地でした。

特にこの島子の集落の美しさ。

入江の奥の漁港の海面が、鏡の表面のように滑らかで、
そこに映り込む山や集落、漁船の影が微笑ましくて、
外海である不知火の向こうに見える天草の島影が神々しくて、

そこに暮らす人にも、その向こうに暮らす人にも、
優しい気持ちをもって想像力を働かせることが出来ました。

夕暮れ時のことを、
その薄暗さの中に佇む人が誰なのか分からぬことから「誰そ彼その時」と呼び、
それが訛って「たそがれ時」になったというのは、
ハナレグミの仕事で知ったことですが、

1日の労働を終え、社会の一員から「ひとり」に戻るこの時間、
これがどれだけ優しく美しいものであるか、
それがその街に生きるための1番の魅力になるんじゃないかと思っています。

もしくは、その街の魅力にしてゆくべきと思っています。


昨年、今年と、魅力的と言われるポイントを隈なく案内していただいた、
水俣の対岸、熊本県天草市ですが。

いわゆる観光スポットと呼ばれる場所、
夕日の絶景ポイントと呼ばれるようなところ以上に心に響いたのは、
夕暮れ時の市役所近くの川の風景。

ボクを一生懸命アテンドしてくれた市役所の若手職員さんちが、
普段働いている現場のすぐそばのなんでも無い風景だけど、

そこには確かな人の気配が息づき、
しかし、それが誰であるのか分からぬよう「たそがれの光」が優しく包んでくれている。

自分の足で立つことの出来る場所で、
安心感に包まれながらも
自分までもが何者であるのかわからなく面白さ。

たそがれの街で自分を失い、
しかし、灯りの点された家に帰り我にかえる。

社会で生きてゆく上で、人は多くのものを背負わなくちゃならないのだけど、
1日の中でそんな「たそがれ」の時を持てることは、
長い人生を息切れせずに生きてゆくために必要なことなんじゃないかと。


昨年の今頃、やはり町内をくまなく案内していただいた北海道の斜里町。

知床の大自然や、活況を見せるシャケ漁や大規模な農業の現場、
斜里町の魅力は圧倒的ものでした。

それでもボクが心惹かれたなは、斜里川にかかる鉄橋の夕景。
なんでもない日常の、目の端に捉えられるかどうかの風景。

熊本の夕暮れ時と違うのは、
この「たそがれ」の後、外気は一気に下がること。

うっかりしていては死に至る寒さとの境目に置かれた一瞬の、
ピンと張った緊張感を緩めることなく佇む深い深い優しさの風景。

この街の人の優しさ温かさに触れれば触れるほど、
こんななんでもないたそがれの風景に心奪われ、
またこの街を好きになってゆくボクです。


やはり去年3月に歩いた、岩手県宮古市の田老地区では、
日中、震災の津波で甚大な被害を受けた漁港を去年の夏に描き、

しかし、他の土地を歩いて得た感覚をもって、
最近描き直しました。

生活インフラの整備や巨大防潮堤の建設が進む地区で、
しかし、住宅の再建は未だ手付かずといった印象で、
「この地区の黄昏時の風景が〜」なんて呑気なことは
語ることは出来ないでいます。

この絵を去年描いて完成したと思った時は、
もっとキラキラしていた水面ですが、
今回の描き直しでは、よりトーンを抑えつつ、
以前より海に深みを与えてみました。

「ああ、これがボクが見て感じた田老の海だ」と気がつくまで、
1年半くらいかかったということです。

田老では、工事関係者とすれ違い、
漁師のおじちゃんと一言二言言葉を交わすくらいが、
人との触れ合いのすべてでした。

いつかこの土地の「たそがれ」の景色に心奪われる日がくるといいな。

そう出来る日が来ることを願いながら、また足を運んでみようと思います。

天草では、まるで天草の人そのもののように見えた、
海沿いの道路の脇に咲くポピーの花を見ました。

震災からの復興
TOKYO2020に向けての開発

ボクの身の回りの世界の風景がググっと変わってゆく今、
街は「たそがれ」を失わないでいてもらいたと願うし、
そうあるよう街に暮らす1人ひとりが守るべきものがあると思う、
91ヶ月めの午後です。

この秋、各地で開催したワークショップのこととか、
ちゃんとアーカイブしておきたいことがたくさんあるのですが、
今日はちょっと、日本の各地で出会いお世話になった幾人かのことを思い、
言葉を紡いでみました。

90ヶ月め

2018 年 9 月 11 日 火曜日


今日は2011年3月11日から2,741日め。
391週4日
7年6ヶ月
90回めの11日です。

8月のある日、
塩釜にゆきました。

東日本の悲劇ののち、
一番の友人になってくれた水間さわ子さんとのお別れの式に参列。

こんなことをここに記すのはとても嫌なことだし、悲しいことだし、
しかし、こうやって毎月の11日にブログを書き続けていたことは、
こんな時、東日本の方と悲しみを共にするためなんだよなと、、

大規模な自然災害に対して無力な存在でしかないボクに、
水間さんはその51年の人生をかけて教えてくれたようです。

ボクは遺されたご家族の悲しみの大きさを語ることの出来る言葉を待たず、
ただ自分のことを無責任に語るに終始するばかりですが、

ボクが好きになる方は、
頑張り屋で働き者で、自分のことより人のことに夢中になるような人ばかりだと。

そんな人柄がその人生を縮めてしまうこともあるんだろう。

が、今はボクこそ頑張って、その喪失をこれからの人生の隣に置きながらも、
そんなひとりが生きていた時間を受け継ぎ、前へ進んでゆこうと、
なんとかそう出来るよう目の前の一個一個をやってゆこうと思います。

宮城県東塩釜の水間さんご一家の共栄丸水産さん、
並びに、東北の太平洋沿岸部で養殖漁を営まれるみなさん、
水間さわ子さんという方が、ボクという1人に与えてくださった「海に生きること」
そこから得られる想像力を絶やすことなく、
みなさんが丹精込めて作られるワカメや昆布や牡蠣を食いにゆきますね!


こうしてブログを書いている間にも、
猛暑や水害、大きな地震と続いたこの夏の日本です。

命の喪失の前に、やはりただ自分の無力を知るばかり。

被災された方やその周辺に暮らす方々に対して、
絵なんてものが力になれるようなことはずっと先となるはずです。

ただそれでも、
もし小さなお子さんをお持ちの方で、
1日の中でちょっとでも余裕を見つけることが出来ましたら、
お子さんと絵本を読むようなことをされてみてください。

きれいな絵と言葉で優しい物語が綴られた1冊。

それがたとえば被災の現場ではなく、ごく当たり前の日常の中でも、
どうしても生活に追われてしまう中、
お子さんに対する言葉もきついものを並べてしまいがちになる。

そんなことはほとんどのご家族の当たり前であり、
そうした生活のリアリズムに対して一々目くじら立てるようなことやっていたら、
日々はとても息苦しいものになってしまうはずで、
ボクの立場でそういったことを否定するつもりはありません。

ただ、そんな中でもお子さんとの間に心を寄せ合える絵本という形であったら、
ちょっとだけ深呼吸し、
そこに綴られた物語をお子さんと会話するようにして読んでくれたらいいなと。

これは長野県茅野市の今井書店の高村さんの受け売りなんすけどね、、

美しい絵本に綴られた美しい言葉をお子さんと共有するちょっとの時間。

絵があることでお子さんが何かを語る。
それを説明する必要もなく物語を語ることだけで、
お子さんとの間に豊かなコミュニケーションが生まれるのが絵本だと思うのです。

教訓や教養を得るなんて立派な目的である必要は無く、
「読み」「聞かせる」のではなく「見て」「語りあう」

人の命が奪われてゆく事態の中に置かれても、
すぐれた絵本の中には普遍的な物語が流れています。

それをお子さんと語り合うようにして楽しむことで、
物語は生きたものに、そして親子の物語へと育ってゆくはずです。


厳しい現実を前に何を呑気な、
そんなお考えの方もあると思います。

ただ、厳しい現実を前に頑張る親に対して、
子どもたちもまた、親に迷惑かけまい、ワガママ言うまいと頑張りすぎている場合があります。

そんな時に心優しい物語を親と子で訳あうことが出来たらなあ〜
そんなちょっとの瞬間に豊かな笑顔や涙を共有することで、
救われることはたくさんあるんだってこと、
これまでの東日本や熊本などなどでの経験から実感しています。

そんなことを考えながら先日は九州へ。 

「うちはここまで水に浸かったよ」
なんて会話をあちこちで聞きながら、
絵本を読んだりみんなと絵を描きました。

子どもたちとの小さな会話を積み重ねていった先で、
とても勢いのある綺麗な絵に出会えた旅。

必要とされる現場があれば飛んでゆきますよ〜!

LOVE HOKKAIDO

2018 年 9 月 7 日 金曜日

想像力をフル回転させていつもと変わらぬ1日を大切に生きる。

今この瞬間に困難に直面している「ひとり」を想像し心を寄せる。

そうして生まれたものはいつか必ず人を助けるものになるという想像のもと手を動かす。

こういう事に慣れることも飽きることも出来ず、

相変わらず上手いことも言えず。

なにか使い道あるようでしたら使ってみてください。

88ヶ月め

2018 年 7 月 11 日 水曜日


今日は2011年3月11日から2,679日
382週5日
7年4ヶ月
88回めの11日です

こうやって毎月日数をカウントしてきて、
しかし、
大阪北部地震に遭われた方は、
2018年6月18日からの3週間ちょっとを、
振り返る余裕もなく今を奮闘されているであろうこと。

西日本豪雨に遭われた方は、
ここ数日なにかを考える余裕も無く、
恐怖と不安の時を過ごされていること。
もしくは、
2018年の七夕の夜が「恐怖と不安」で語られるであろうこと。

ボクはボクの想像力が追いつかないでいることにイラつきながらも、
今この瞬間困難に置かれている1人ひとりを想像し、
ボクのようなものでも誰かの力になれる瞬間があることを信じ、
いつもと変わらぬ毎日を大切にして過ごしておきます。

その前に、東日本に思いを寄せた絵を描いておきました。
なにか役に立つようなことがあればご自由にお使いください。

大きなデーターで必要な方はメッセージいただけたらです。

こんな絵を思いついた背景には、
関西で暮らす友人がボクのFBのポストに寄せてくれたコメントがあります。

お蔭で雨あがりました。
青空が、夕焼けが、俯いていた人々の顔をこんなにも上げさせるって知らなかった。

東日本大震災発生直後の宮城県塩釜の生産者さんは、
時が来て漁を再開した際、見上げた空を以前と変わらずカモメが飛んでいる姿に、
自身のなんたるかを確認したようなことを、ボクに教えてくださいました。

雨もあがり、見回せば自身の無力に押しつぶされてしまいそうな現実が、
洪水の水以上に押し寄せてくるのではないかと、
やはり足りぬ想像力を働かせてそう思います。

ただ、1日のどこか、わずかな時間でも空を見上げる余裕が生まれたらいいなと。

そんな簡単に思えるようなことでも、1人でいては叶わぬ場合もあります。

もしわずかでも心に余裕を見つけることの出来た方があれば、
身近の方へのちょっとした声掛けを大事に、
一緒にちょっと空を見上げてみる、そんな時間が生まれますよう、
こんな絵がそんなちょっとしたことに役立ってくれたらいいなと願っております。

大変暑い季節です。
被災された方も、それを助ける方々も、どうぞご自愛のほど。
ボクもやれることやってゆこうと思います。

先日は去年に続き「よよぎえほん」
渋谷区の”かぞくのアトリエ”主催で長野県茅野市の今井書店の高村志歩さんの講演、
『絵本でのびる子どもの力』がありました。

親が子どもと絵本を介し交わすコミュニケーションの「甘やかな記憶」
そうすることで子どもが手にすることが出来る想像力と言葉の力。

自然災害に遭ったお子さんが受けた恐怖を、
一気に晴らすことは難しいことなんだと承知しています。

ただ、生活の中のちょっとした時間で、
名作と言われる絵本を親子で共有することが出来たら、
お子さんの心はその時間分救われるんだと思います。

それがどんな「ためになる本か」なんてことはどうでもよく、
しかし、美しい絵と言葉の綴られた、
親と子の間で豊かな会話が生まれるものであったらいいなと。

高村さんの講演を聴きながら思いました。

高村さんはさらにこう続けました。

「母なる者の手を持った大人たち、子ども達に深い物語を届けましょう!」

子育てというものがお母さんひとりの力では叶わない時代にあって、
子どもに関わる大人がどんなマインドを持ち、子どもになにを与えたらいいのか、
端的に語っていると思います。

これは自分の仕事にも関わっていること。
今この瞬間なにが必要されているのか、
たえず耳をすませ、自分の中に落とし込んでゆこうと思います。

以下身近な場所の出来事をちょっと。

ボクが暮らす街にある20メートル×4メートルの壁面2面を、
息子の通う小学校の生徒全員とボクとで描くことになり、
先日は、小学校のオヤジグループで掃除を下地塗りを行いました。

息子の小学校のPTA会長sさんの発案で、
後々は学校カリキュラムの中でも時間をとっていただき、
このエリアの町会のみなさんや、
壁面に関わる電鉄や渋谷区や東京都、
画材総合卸しのバニーコルアートさんなどのご協力のもと、
それがみな並列に置かれるような関係性で、
渋谷区のある街に子どもたちの故郷を創るイメージ。

素晴らしい壁画を生まれることと共に、
それがどんなコミュニケーションのもと生まれたのか、
壁画完成の後、そんなコミュニケーションのあり方を「とみがやモデル」と名付け、
それを必要とされる地域にシェアしてゆくことまでも目標にしています。

壁画は2019年末あたりを目指して、ゆっくり姿を変えながら描かれてゆきます。

代々木八幡駅、山手通り高架下の20メートルの壁2枚、
その前を通り過ぎるみなさんに楽しんでいただけたら幸いです。

もしくは、
今の白い壁の前で写真をパチリ。

ハッシュタグ
#八幡白壁 #とみがやモデル
インスタにポストしてみてください〜


そんなこんなで、ここ数ヶ月地域の先輩方とコミュニケートすることが多く。
地域のお祭りで「提灯絵付けワークショップ」なるものまでやっております。

以前は、代々木八幡の例大祭になると、
街中にズラ〜〜っと提灯が並んだのですが、
徐々に、徐々によ減ってゆき、今はほとんど提灯が並びません。

ならば、地域の子どもたちが絵をつけた提灯が並んだら、
それは子どもと地域の先輩方を結びつけるとともに、
やはり、楽しいよね〜〜!って。

とりあえず実験的に始めています。

こんなアイデアがうまくいったら、
東北や西日本の小さな街とかにも持ってゆけたらいいな。

そう出来るようにも、
まずは自分の足元から。

88ヶ月めの自分。
足場がしっかり見えてきました。

LOVE OSAKA

2018 年 6 月 18 日 月曜日

使える人使ってみて〜
ちょっとした声掛けのきっかけにでもなればいいかな。

大阪、好きな人多すぎです。。

正方形も作りました。

ブラッシュアップ版。
大阪の友人たちの顔を思い浮かべていたら、
手の位置のアイデアに至りました。