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5度めの「東日本」終了

2019 年 1 月 23 日 水曜日

青山のspace yuiで5度めの開催となったボクの個展「東日本」
1月19日に無事に会期10日間を終了することが出来ました。

年明けのゆったりした空気の残る1月10日に始まり、
足を運んでくださる方の口コミで、お客様が加速度的に増えてゆき、
最終日の賑わいはこれまでで一番ではなかったかと。

そんなワサワサした瞬間でも、しっかり作品や空間を楽しんでくださり、
ボクに温かな声をかけて下さったみなさんに感謝いたします。


最後のお客様は同業の方。

閉廊時間ギリギリのタイミングだったけれど、
それでも1点1点の絵にしっかり慈しみの視線を注いで下さる姿が、
なんだかとても美しく思えて、
今回の展覧会を記憶するものとして、1枚写真を撮らせてもらいました。

足を運んで下さった方お1人おひとりが、
それぞれの時を大切にされ、
1枚1枚の絵と語り合うようにして向き合って下さった展覧会。

震災から8年、5回続けてきたことでボクの中で像を結んでいった、
消費されてしまわない表現のあり方。

向き合う人の想像力を信じ、
心の奥に埋まっている「その人なりの美しさ」を掘り起こせるような
絵やイラストレーションのあり方を、さらに追求してゆける力を得られた、
青山での1枚の絵を介したみなさんとの語らいの10日間だったはずです。

これまで以上に東北の、いわゆる被災地と呼ばれる土地以外を描いた絵が多かった今回。

会期を通して自分の視点を振り返ってみると、
北海道の知床でも、熊本の天草でも、
そこに東北的な価値を見つけようとする目でいた自分に気がつきました。

生と死が隣り合わせの冬の厳しさを擁する知床では、東北で感じた温かさを、
とりあえず人が生きてゆけるであろう天草の温さの中で、東北で得た凛とした清涼感を、
それぞれの風景から削り出したような「ポスト3・11」の僕の視線。

もしくは水俣。

東北を描き続けた先で、熊本の津奈木町のつなぎ美術館にご縁が繋がり、
その隣、幼い時から見てきたニュース映像やユージン・スミスの写真で、
ボクの中ではモノクロの世界だった水俣が、絶対的な夕焼け色に染まり、
その豊かな色彩の変化の中で、東北の太平洋沿岸で失われたものを想像した時間。


これまでの5回を振り返ってみます。

2012年3月の1回めの「東日本」は、
2011年3月11日の時点で1歳3ヶ月だった息子に、
将来「震災」や「被災」を自分の言葉で語れるようにと、
ともかく弾かれるようにして巡った東北で、
思いがけず出会った美しさにクラクラしたまま、
思いつくままの言葉を絵にしていった展覧会でした。

2度めは2014年1月末
東北でのフィールドワークを重ねる中、
「確かなひとり」に出会い、言葉を交わす中、
それまでに出会ってきた東日本から、余計な言葉をそぎ落とし、
心に飛び込んできたシンプルな言葉にフォーカスし、絵を描き始めた展覧会。

3度めは2015年夏
過去2回の「東日本」を、主に西日本に巡回させていった中、
今まで以上に柔らかなの視線でローカルと向き合う術を手にし、
東日本から西日本へと漂白していった、ごく私的な東日本の記録。

4度めは2017年1月
東日本で手にした世界観や絵の技術を「とうだい」という絵本に結実させ、
これまで描いてきた絵を社会で活かす発想や、
今まで1人でやってきたことの隣に並走者を見つけられた頃。
会期を終えた時、少なからずの疲労感を感じ、
次は確かな並走者の必要を言葉にするも、展覧会は”つなぎ美術館”へ巡回。
今に繋がる人との確かな関係の構築が始まりました。

そして5回めの今回。
人との確かな関係は、作品からさらに余計な言葉をそぎ落とし、
絵がシンプルになった分、それを介して接する人との会話は、
よりスムースに饒舌に深めることが出来たかもしれません。

もっとも、
「人との確かな関係」の中には、
どうしようもない喪失がいくつも含まれています。

父の死や、古くからの友人、お世話になった先達、
震災があったからこそ友人になれた人、などなど。

「サンテンイチイチ」などと記号的な言葉で語られ、
放っておけば風化し、ある意味消費さえされてしまうことに対し、
ボクという人ひとり分の血肉を与え、考え、言葉にしてゆく作業には、
決定的な喪失が伴うことだと、想像はしていたけれどね、
現実はとてつもなく容赦無いものです。

それでもボクたちは、
足元に咲く名も無き花視線を投げかけ、
その美しさを記憶してゆかなくちゃならないんだ。

そう思える強さを、
やはり東日本を通して出会ってきた1人ひとりから学んできた8年です。

6回めの開催はあるのだろうか?

その答えを先回りせず考え続けるのは、
2011年3月11日の夜に直感したことに準ずるとして、

そもそもこんな展覧会の必要を感じられない世界であることが
一番なんだけどなあ。

5回めの今回、「東日本」というタイトルの必然についてずいぶん考えたけど、
会期を終えた今、まだ必要としている人ばかりであることを、
南青山のspace yui という美意識の現場で確認出来た2019年1月。

個人的には「イラストレーション」というものの日本語化みたいなことを、
漠然と考え始めています。

今の日本だからこそ生まれる美しい何か。

それも答えを焦ること無く、一歩一歩。

今は「東日本」という展覧会を3月の宮城県塩釜に持ってゆく準備を進めています。

94ヶ月め

2019 年 1 月 12 日 土曜日


今日は2011年3月11日から2,863日
409週
7年10ヶ月
94回めの11日です。

と毎月書いているブログ、
現在個展開催中で1日遅れてしました、、

東日本大震災発生後に開催を始めた個展「東日本」も今回で5回め。
http://www.yakuin-records.com/amigos/?p=13905

同じテーマで飽きられたりしないか心配もありますが、
それでも続ける意味を感じられる、ギャラリーでの人との語らいの時。

人との出会いから多くを学び、次への導きを得ているボクです。

今回の東京青山での展覧会を終えたら、
3月2日から10日まで、宮城県塩釜市の杉村惇美術館のギャラリーをお借りし、
「東日本」として描いてきた作品の展覧会を開催します。

まとまった作品の展覧会としては、
2年前の岩手県宮古に招待を受けた展覧会以来となりますが、
今回はボクの意思で開催を決めました。

3月11日に被災を受けた土地へ、
「東日本」と名付けた絵を持ってゆくことに、
おこがましさや恐れを感じてしまう部分もあるのですが、
それでも、今こそ見てみていただかなくちゃって理由が自分の中に芽生えた、
あれから8年の今です。


東北の太平洋沿岸部をめぐり絵を描き続けたことで、
その他の土地で出会う「東北らしき風景」というものが、
とても新鮮に心に迫ってくるようになりました。

この歳になり、いまだ世界を新鮮なものとして感じられることの幸せ。

未曾有と言わる悲劇があり、
しかし、そこからも美しいものを削り出し、
未来をより良いものへと変えてゆく作業は、
ほんとこれからが本番だと思っています。


2019年3月2日(土)~10日(日)
杉村惇美術館、市民ギャラリー1・2
http://sugimurajun.shiomo.jp

・展示
塩釜をはじめ東北太平洋沿岸、そして日本の各地を歩いて描いた風景や花の絵
羽田空港で小山薫堂氏と展開中の「旅する日本語」の原画
絵本「とうだい」や東松島の宮戸島を舞台とした絵本「うーこのてがみ」の原画
モノクロの線画で描いたスケッチによる映像作品

・絵本や絵葉書の販売

・イベント
3月2日(土)だれでも絵が描けるワークショップ、大人編 @大講堂
だれにでも出来る表現で、絵やイラストレーションの楽しさに出会える時間。
「わたし絵が描けないから、」という人こそウエルカムです。
3月2日(土)14:00~ 2時間ほど
・参加費500円、画材等こちらで準備します。
・汚れてもよいオシャレで参加ください。

3月10日(土)だれでも絵が描けるワークショップ、親子編 @市民ギャラリー
表現の最初の一歩が幸せなものであるようにと、日本の各地で開催している絵の時間です。
絵本の読み語りなども交え、親子で楽しむアートのあり方をお持ち帰りいただけます。
3月10日(日)10時~ 1時間半ほど
・参加費500円、画材等こちらで準備します。
・年齢制限無し
・汚れてよいオシャレで参加ください。

詳細はあらためますね〜

個展「東日本」5回めの開催

2019 年 1 月 1 日 火曜日


2012年3月の開催から5回めとなる「東日本」と名付けた展覧会です。

小池アミイゴ個展「東日本」そして「旅する日本語」原画展
2019年1月10日(木)-19日(土)
・日曜日休廊
11:00~19:00・最終日~17:00マデ

SPACE YUI
〒107-0062 東京都港区南青山3-4-11
早川ビル1F
TEL.03-3479-5889
http://spaceyui.com/
会場の都合上、お花等のお心遣いは謝辞いたします。
前回までの横浜仲町台への巡回展は今回ございません。

「あの日から8年」の今、絵だからこそ出来ることはこれからが本番と確信し、
今回もこのタイトルで展覧会を開催することにしました。

=展示内容=
日本各地を巡り描いた風景や花、人の暮らしの絵
天草や知床を描いたスケッチによる映像作品
羽田空港第1ターミナル出発ロビーで展開中の「旅する日本語」の原画
近作の絵本の原画で今回のテーマに沿うものなど。

yuiでは絵の販売と共に、絵本「とうだい」や「うーこのてがみ」
yui企画によるジークレー版画や花の絵のポストカードセット
オリジナルTシャツの販売も行います。

東日本大震災を機に巡った東北の太平洋沿岸部、もしくは「東日本」と呼ばれた地。
そこでの人との出会いは、ボクに絵を描く大きなモチベーションを与えてくれ、
そうした人との繋がりやそこから生まれた作品は、ボクをさらなる土地へと向かわせ、
また1枚と絵を描くモチベーションを膨らませ続けてくれています。

今回5回めの開催となる「東日本」では、知床や天草など新たな土地での発見や、
個人的なモチベーションで描いてきた絵が、イラストレーションとして昇華したものなど、
同一のテーマで5回続けて来たからこその「今」を表現してみます。

特に小山薫堂氏と羽田空港第1ターミナル出発ロビーで展開中の「旅する日本語」では、
1辺4メートルほどのサイズにレイアウトされ展示されている絵の原画が、意外と小さいことなど、
イラストレーションという仕事の面白さにも触れてもらえるはずです。

「平成最後の」とか「TOKYO2020を前に」など、
世の中のザワザワと一線を画したところで、
ボクたちがこれからも大切にしてゆくべき美しさについて、
心穏やかに語り合えるような展覧会であろうと願っております。

寒さ厳しい時でありますが、
みなさんどうぞごゆるりと足を運ばれていただけますよう、
美しい空間を創ってお待ちしております。

なお、
今回の展覧会は内容を改め、3月2日~10日の期間で、
宮城県塩釜市の杉村惇美術館でも開催いたします。

東日本で受け取ったもの、
確かな形でお返ししてゆくあれから8年の春です。

2019花の絵のカレンダー

2019 年 1 月 1 日 火曜日

あけましておめでとうございます。
皆様の無病息災を祈念し、花の絵の仕事をアップしてみます。

SBIいきいき少額短期保険株式会社が採用してくれた
「その辺に咲いている花」を描いた花の絵のカレンダーです。

ほんとに地味な花の絵ばかりですが、こんな絵にも理解を注いで下さり、
こういったものを必要に思ってくれる人を想像し、繋いでくださる方のおかげで、
気持ちの良いカレンダーが生まれました。

ごくごく私的な創作として描き続けている花の絵ですが、
これからもしっかり育ててゆこうと思います。


表紙:知床の野菊 野に咲く花はじっとしていてくれたりしません。
知床で出会った花は、知床の風に吹かれた姿が美しいのだと思いました。


1月:春の七草 栃木県の黒磯に大好きな珈琲屋があります。
そこの若くて働き者のスタッフたちのことを思い、描きました。


2月:紅梅 とても気持ちの良いご家族と時を過ごした後、渋谷で見た紅梅です。
ボクは人と出会うことで花を見つけることができるようです。


3月:サクラソウ 群馬で農家を営む伯父は、ボクの描いた花の名を次々に言い当て、
サクラソウは一株くらいがポツンと咲いてるのがいいと言いました。


4月:染井吉野 渋谷区近所の桜の老木が切られてしまうことを聞いて、
小学3年生の息子が泣きました。それを見てボクもちょっと泣きました。


5月:ポピー 天草を案内してもらっている時出合った花は、
天草で出会った人そのもののように、天草の海風に揺らめいていました。


6月:額紫陽花 大家さんの家の庭に咲く額紫陽花は、
その手入れに丹精込められていた奥様を忍ばせる姿で、雨の中にありました。


7月:ルドベキア 友人のお父さんが働いていた長崎県の炭鉱の島で出会った花は、
やはり出会った頃の友人のように見えたのです。


8月:朝顔 明け方近くの窓ガラスにシルエットで見えた朝顔。
窓を開け「おやすみ」をしてみてから、布団に潜り込んだボクです。


9月:コスモス 震災直後の熊本の益城町で出会った花が、あまりにも凛々しく見えたので、
その後ろ姿だけを記憶に留めることにしました。


10月:野菊 宮城の塩釜の復興市場で働いていた彼女は、 自分の事は二の次に、
その朗らかさでこの地の美しさを語ってくれました。


11月:山茶花 津波で多くが失われてしまった福島の豊間の海岸、そのキワに咲く花は、
ここが多くの人に愛された場所だってことを想像させるのでした。


12月:かすみ草 一年の終わりを静かに過ごしたいと思い、手にした花は、
それでも心に引っかかる焦る気持ちを見透かしたように、ただユラリふわふわ。


一昨年から去年の春と、父の闘病、そして死に至る時に立ち会い、
医療や介護の現場を利用する人にとって癒しになるものを作れたらいいなと思うようになりました。

今回、ご縁をいただいて作れた花の絵のカレンダーですが、
これをさらに発展させたものを企画し、
こんなものを必要とされる方に届ける仕事をしてゆきたい2019です。

93ヶ月め

2018 年 12 月 11 日 火曜日


今日は2011年3月11日から2,832日
404週4日
7年9ヶ月
93回めの11日です。

ちょうど1ヶ月前の11月11日は、
福島県喜多方市山都(やまと)町の有機農家の大江ファームで、
大江さんと福島市の食堂ヒトトとボク主催の畑ワークショップでした。

以下、開催後のヒトトの投稿から抜粋してみます。

「小池アミイゴ×大江ファーム 子どもと畑のワークショップ」
では子どもから大人までたくさんの方々にご参加いただき本当に、ありがとうございました。

大豆のさやから種を取る作業は初めての体験であった方がほとんどのはずでしたが、大江さんが丁寧にとり方を教えてくれ
こんな風にして大豆は種取りするんだ、というとても貴重な経験になりました。

続いてのさつまいも掘りも
子どもたちは真剣そのもの。
土に顔を突っ込んで覗きこむ子もいたりして 笑
一生懸命土を掘り返す、ひたむきな姿にグッときました。

土に触れて気づいたことは、大江さんの畑は歩いていても、土に触れても、ふかふかで温かい。
それは、菌を発酵させて土を本来の状態に戻しているからなんだとか。
土を育てることで、おいしい野菜が育てられる。
長い間土を守り続けてきた、大江さんが積み上げてきたことの上に、今があることを実感しました。

畑仕事でひと汗かいた後は、採れたての野菜でヒトトの料理長夢ちゃんがおいしいご飯をこさえてくれ、みんなで食卓を囲みました。
普段野菜を食べないというお子さんも、おいしそうに食べている様子。
大江さんの瑞々しくも力強い野菜は、野菜嫌いのお子さんでも食べれてしまうおいしさなのかもしれません。
畑でみんなで食べるご飯は格別でした。

午後は子どもたちが待ちに待った、アミイゴさんと絵を描くワークショップ。
大きな真っ白い布に絵を描いていきます。
最初子どもたちは少し戸惑いながらも、
アミイゴさんの「いい線だ、いい線!元気だなー」「いいね、カッコいいね!」そんな言葉に応えるように、
嬉しそうに子どもたちはどんどん想像を超えるような表現をしてくる。

決して否定せず、一旦受け止める。

子どものあるがままの一瞬の美しさを見て、感動して、シンプルな表現で伝えてあげる。
アミイゴさんのワークショップは、大人サイドに大きな問いかけをくれる。
子どもを信じて待つことも、のびのび生き生きできる場を作ることも大人ができることなんだと、感じた時間でした。
そうして出来た絵は、畑のような1枚になりました。

絵の具で描いた鉢植えは、大豆の種と一緒にご自宅へ持ち帰っていただきました。
それぞれ育てた苗を来春に大江ファームに植えつけに、秋に収穫し、冬にはそれを使ってお味噌作りや、きな粉を作る作戦です。
大豆の一年の物語を、子どもたちと一緒に紡いでいきます。

ただ、子どもたちにとって楽しい1日になればいい。
福島の土と風を感じてもらえたらと思って企画したイベントでしたが、
逆に子どもたちから、学ぶことが多く
わたしたちが普段料理させてもらっているものは、
大江さんのような土を守り、種を守り続けているからできることで、
ただそこに謙虚に向き合っていきたいと、イベントを通して改めて感じることができました。

大江さん、アミイゴさん、イベントを作り上げてくれたみなさん、お越し下さったみなさんに心から感謝を。

以上
栃木県黒磯のSHOZO 04 store でその丁寧な仕事ぶりに出会い、
SHOZO退職し、震災後の福島市でヒトトの立ち上げに奔走し、
今は吉祥寺のオーガニックベースで食の喜びを伝える仕事に就くも、
さらにその先に進もうとしている大橋祐香さんの言葉。

彼女を知ることで2011年3月11日後に「FUKUSHIMA」もしくは「フクシマ」として語られている土地には、
「福島県喜多方市山都町三津合字上小坂」という地名があり、
そこには美しい畑が広がっていることを、足の裏から知ることが出来ました。

先日行った台湾や九州、いや関東ですら、
福島県は「FUKUSHIMA」だったり「フクシマ」で語られるの耳にしますが、

ボクは、
『大江さんという農家さんが耕すあぜ道の雑草さえ元気な畑が「福島県喜多方市山都町」という場所にある。』
ということを知れたことで、自分の今を朗らかなものに感じることができた。
もしくは、息子の未来に希望を感じられるなあ〜。です。

大江さん、ヒトトのみんな、次がさらに楽しみです!!


ところで、今年の冬に初めて大江さんの畑を訪れた時のことを描いた絵、
これは現在羽田空港第一ターミナルに展示されている11点の絵のうちのひとつですが、
畑の広がる風景の中に小さな森がポツンとあるのが面白いなと思ったことが、
ここを描くモチベーションの1つになっているはず。

今回、大江さんにそのことを伝えてみたところ、
あの森の中には隠れキリシタンの墓があるとのこと。

会津磐梯山を仰ぐ会津盆地のヘリで、只見川と阿賀川が合流する複雑でダイナミックな土地が、
田畑として切り開かれたのは、割と最近のことだと伺いました。

それ以前、原生林に覆われていた土地は、
迫害を受けてきたキリシタンの隠れ地として格好の場所だったのでしょう。

人はなにをもって生きるのだろうか?
想像力を鍛えられた、”山都”と書いて「やまと」と呼ぶ山間の土地です。

11月の後半には、やはり隠れキリシタンの地、熊本県天草でフィールドワークを行いましたが、
福島県の会津の山都という土地を知ることで、
天草を見る視野が一気に広がったように感じたりもしました。


天草の旧枦宇土(はじうと)村の美しい田んぼを抱く景観。

そして、

天草の牛深の海岸沿いに点在するわずか数軒の戸数の集落。

もしくは、このワークショップの直前で歩いた奥会津。

さらに山を抜けた先の昭和村

大自然の縁で自然と共生する人のあり方や、

今では過疎と呼ばれてしまっている土地にあって、
子どもたちに豊かな教育を与えることを使命としてやってきたオトナのあり方に感服。

もしくは、
会津と天草行きの間で足を運んだ大分県杵築市旧山香町の友人宅での、
夜の暗さと食卓の豊かさから感じた、生きるということ。

それぞれの土地に違いはあるけれど、
それぞれの土地に通底して響き続ける太く静かな音。

今描くべきものがなんであるのか、
確信を持って手にできた2018年11月。

今回言葉にしなかったことも含め、
これまで続けてきたことが、ささやかだけど確かな人との繋がりを生み、
これから未来を生きるための発想の地ならしのようなことが起きている、
あれから7年9ヶ月の今です。

大切に思ってきた何人かが、
ボクより先に旅たってしまった今年。

だけど、多くはボクの中で生きているし、
生かしてゆかなくちゃだと思っています。