「とうだい」生まれました

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とうだい」美しく仕上がり本日発売になりました。
みなさまぜひお手に取り、とうだい君に出会ってください。

「とうだい」

昨晩はTISの企画の中で20冊を手渡しで販売しました。

そんな売り方がとてもうれしく思える「もの」です。

お買い上げくださっったみなさん、
末長くとうだいを宜しくお願いいたします。

今朝は息子の小学校のクラスと、卒園した保育園、
カミさんの勤める保育園へと旅立たせた「とうだい」
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半年前までは息子と歩いていた朝の保育園までの道で、
震災の次の日に書いたブログのことを思い出しました。

「灯」

震災直後からずっと同じことを繰り返し語り続け、絵を描き、
少なからずの必然をもって「とうだい」の原作に出会えたんだと思います。

2011年3月11日以前の10年は、
ほんと良く日本のローカルをめぐり続けた10年でした。

その10年は、その土地になくてはならない、
それこそ灯台のような人との出会いの10年。

そんな1人ひとりは「名もなき善意のひとり」であり、
ボクのようにフラフラ歩きまわることもせず、
その場所で真摯に仕事に取り組み続ける人です。

だからボクは安心して旅を続けられ、
うん、ずいぶんと甘えさせてもらってたはず。

ではボクはなにが出来るんだろうか?

絵は、イラストレーションは、
どんなことが出来るんだろう?

東日本で起きた悲劇は、
否応無くそんな命題を突きつけてくるものでした。

福岡薬院あたりの人たち
大阪の船場や北堀江で出会った人たち
京都の北の方で志の場所を営む人
熊本の小さな本屋
諫早の元気な雑貨カフェ
那須で一杯のコーヒーに命をささげる人たち
山口でひーこら言いなが営むライブハウス
青森のじょっぱりな店主が営む茶葉店
八重山の島で生きることを決めた人
大分の森に暮らす一家
今はもう失われてしまった場所もあるけれど、
そんな心の灯台の灯を頼りに迷わず歩けた先で、
今は気仙沼唐桑の小さな灯台のような店にも出会い、
近所のコーヒー屋やパン屋やなんかと同じ空を見て、
保育園や学校なんてものに再会したり、

そこで出会った1人ひとりを思い、
どうしようもなく自分らしいものを作れた。

そういうことです。

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