1週間

4月14日の熊本地震発生から1週間
snsに投稿した言葉を整理してまとめておきます。
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微力ポストカード、
とりあえず印刷あがってきました。

衝動的に印刷屋に放り込んだので、
「KUMAMOTO」でいいかどうかだし、

そもそも、
こんなもんで被災者が「救われる」とか
「癒される」とか一切思ってないけど、

被災の向こう側で使い道を思いつく人があれば、
静かにシェアしてゆこうと思っています。

「東日本」なんてタイトルをつけた展覧会を、
東日本大震災から3年とか4年とかのタイミングで西日本を巡回させ、
東北を描いた絵の前で多くの人と言葉を交わしてみると、

多くの人が「まだなにも出来てない」ことを
心苦しそうな表情で口にしてくれました。

いやいや、そんな苦しそうな顔しないで、
「出来てない」を受け入れるってことにも
大きな意味があるんじゃないか?って。

震災のような事態を前に、
初動で動かなくちゃならない人もいるし、
瞬発力を持って駆けつけられる人もいるし、
時間をかけアプローチする人もいる。

「何も出来ていない」とうつむきながら語った心優しき人たち。

その優しさが必要とされる時は必ずある。
デカイものの前で無力な「ひとり」であっても、
「ひとり」に向き合い「ひとつの熱」を手渡せるのはそんな人だし、
その小さな熱がどれだけ人を救うのか、
ボクが東日本で見たものはそんなことです。

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2005年福岡西方沖地震の被災を博多港で受けた
群馬生まれ東京在住のボクは、
その直後で何度か福岡に通ったのだけど、

その時、活動の拠点になっていたcafe sones 見た、
カウンターに置かれた牛乳パックで作られた募金箱が、
今の自分の活動を支えるひとつの原風景になっています。

被災で営業がままならなくなった街のあるコーヒー屋、
その一軒に向けられた義援活動。

なんも大げさじゃない、

しかし、
関わる人の顔の見える確かななアクション。

福岡という街のサイズと、風通しの良い人の関係を羨ましく思いながらも、
「東京」ではデカすぎて手に負えないことばかりだけど、
「渋谷区代々木」くらいの概念であれば、
なんとか牛乳パックひとつ分の顔の見える関係を構築出来るんじゃなかってね。

そんな規模のものを、
ゆるやかに繋いでゆく社会の姿を想像し、
そんな関係の中で生きるものを作ることを考え続けている。

2016年の4月のsonesで、
ボクの描いた絵が募金箱の上でうつぶせになっているとか、
手書きで添えられた文字とか、とても面白いことだと思うのです。

イラストレーションのフリー素材
引き続き使い道ある方は使ってみてください。

LOVE_KYUSHU
・Googleフォト
https://goo.gl/photos/rXrDMBWGKKrqXxVb6
・当ブログ
http://www.yakuin-records.com/amigos/?p=12166

ところで、
被災の向こう側で使われる
「いつもと変わらずやってゆこう」って言葉、
金言すぎて聞こえちゃうんだよね。
(もしくは、経済用語すぎる?)

ボクは弱い人間なので、
これだけの災害を目の当たりにして
いつもと同じでなんかいられない。

弱いながらに考え、なんとか言えることは、

「昨日よりも想像力を働かせて『いつも通り』を生きなきゃだ!」

です。

今日、2年かけて進めてきた仕事の絵を描き終え、
20点の作品を編集者に渡してきました。

東日本の悲劇に少なからず影響を受け、描き始めた絵は、
2016年4月14日を超えたところでは、
やはり、熊本の悲劇に答えた、
今は上手い言葉がみつからないけど、
今だからこそ描けた(描くべき)絵として仕上がりました。

それがプロとして是か非かは、
仕上がったものを見たみなさんが判断してくれればいいのだけど、

少なくともボクは、そういったことに左右されてしまう
大波の中で揺れ動く小舟のような「ひとり」であるなあ〜

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ところで、
熊本地震の後、
東北太平洋沿岸部に暮らす友人数名とコンタクト。

「あれから5年」の春
5年分の疲労感と共に、
経済的な厳しさを伝えてくれました。

大きな「復興」は目につくのだけど、
ボクのようなものが見なければいけないのは、
そこじゃないよね。

で、すべてはお互い様。

東北も熊本も東京もボクの心の中では地続き。
地震ごときで揺らいだりしないって!

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