79ヶ月め


今日は2011年3月11日から2,4006日め
6年7ヶ月
79回目の11日です。

ちょっと前、夏の終わりの頃の話です。
福島県の山都町の有機農家、大江ファームさんより野菜がひと箱とどきました。

福島市で美味しい野菜料理を提供している「食堂ヒトト」の大橋さんからの差し入れ。

お店でも使用している大江さんの野菜を「ぜひ食ってくれ」とのお心遣い。
端正込められ育てられた夏の名残の野菜を家族で食べたこと、
いつか2017年の夏を振り返った時、舌に心にと蘇るんじゃないかと、
そんな力強くも優しい味わいの「THE くいもの」でありました。


枝豆はペペロンチーノに。


モロヘイヤは山芋たっぷりのチジミに。


じゃがいもはごくシンプルにフレンチフライ。
このシンプルな美味さにわが家の小二男子くん
「どんなに食べても食べるのをやめられないよ〜」


だったらトマトはそのまま
やはり「食べるのをやめられない」とのこと。


2種類のじゃがいもを素揚げにし鶏肉のコンフィに添えたら、
皿の上でトリちゃんと主役を張り合っていました。


「生で美味しい」と書かれていた赤いオクラ、
すみません、加熱しちゃいました、、
が、やはりとても美味しかったです。

なんだか安っぽい食レポか「つながり自慢」になってるかもですが、
ボクはなんでこの野菜を食べているのか考えています。

大江さんはまだお会いしたことがありません。
この野菜を食ったら、うん、近々大江ファームに行ってみよう!
そう思っています。

大江さんの野菜を送って下さった「食堂ヒトト」の大橋さんは、
栃木県那須黒磯のSHOZO COFFEEのアパレル店「04 STORE」で働いているのに出会い、
その丁寧な仕事っぷりから感じる熱っぽさに惹かれた方。

震災以降のふるさと福島県でなにかできないかと思い、辿り着いたのが「ヒトト」であり、
ボクは「あの熱っぽい仕事をしていた人」のその後に興味を持ち続けているのです。

そんな出会いの現場SHOZOへは、
大阪の堀江で「ロカリテ」という喫茶店を営んでいたご夫婦さんと一緒に、
初めて足を運びました。

とてもとても美意識の高い、しかし敷居は高くない喫茶店だったロカリテ。

その店主ご夫婦と共にした時間、
ライブイベントだったりワークショップだったり、
いっそなんでもなく静かな語らいの時だったりは、
ボクのものづくりのクオリティーを見直すきっかけになり、
共に行った超有名店のSHOZOでも、自分ならではの発見ができました。

そんなロカリテに導いてくれたのは、
大阪の中津で中古レコード屋をやっていたHawaii record の店主。

好きなアーティストに対する思い入れの熱さがまさに「大阪」
その勢いで「今大阪で一番好きですわー!」とロカリテも紹介くださいました。

そんなハワイレコードは、
大阪の舟場で、ある意味日本のカフェカルチャーの西の先駆けとして牽引していた
コンテンツレーベルカフェの店主奥山さんから紹介を受けました。

コンテンツレーベルカフェ、今から10年ちょっと前にもらい火で消失してしまいました。
それでも、それまでの数年のお付き合いの濃厚さは、
現在店名を「ミリバール」として再開した今も継続しています。

それもこれも店主奥山さんの「人好き」のなせる技。
ミリバールとして再開後、米つくりから関わっているごはんのことや、
独自の野菜の仕入れについて熱っぽく語り合った夜が懐かしいです。

そんなコンテンツレーベルを紹介くださったのは、
福岡出身のユニット”small circle of friends“のサツキさん。

small circle of friendsとの出会いは1994年7月30日。
ものすごく暑い夏の「わすれもしない」福岡西中洲のクロッシングホールでのライブイベント。

「渋谷系」の渦中にいたボクが、
福岡の人のあり方に感銘を受けたイベントの楽屋裏の風景。

人が「人が作りがちなボーダー」をいとも簡単に飛び越え交わってくる風景。
その中心で緩やかなグルーヴを叩き出していたsmall circle of friends

あ、ボクが必要なものはこんなグルーヴだなと直感し、
そんな人たちの作る風景を俯瞰しながら、
「東京でいきがってる場合じゃねえ」と思い、
「東京でこの風景を作らねば!」と思ったひと昔前の経験は、
巡り巡って那須黒磯のSHOZOへ、福島の「ヒトト」へと導いてくれたんだと、
野菜を食って確認した2017の夏でもあります。

ボクは「ひとり」と出会うことで新たな「ひとり」と出会うチャンスを得て、
今に至り、美味い野菜を食った。

ということです。

未だに「フクシマ」や「 FUKUSHIMA」として語られることの多い「福島県」

1人ひとりと丁寧に知り合ってゆけば、そりゃ良いも悪いも感じることが出来る。
でもそこには記号化した「FUKUSHIMA」は無く、
1人ひとりの立っている場所、足の下につけられた地名を知ることになる。

そんな1人の足元にたどりつくのは、ボクひとりでは不可能であり、
そう考えてボクは今在る場所で立ち止まってまわりを見回してみる。

そんなこと考えてたら、群馬のおじさんから野菜が届きました。

お礼の電話をいれると
「クズ野菜でわりやいね〜!」といつもの感じで。
「でも、ナスは近所の人が作ってるやつだから食ってみてくんねえかい」とかね。

もう30年ちかく前に脳梗塞で身体半分をうまく使えないでいるおじさんの野菜。
(「まさおおじさん」> http://www.yakuin-records.com/amigos/?p=5930 )

美味い福島の野菜に出会った直後で食べたら、
ボクが生まれ育った群馬の土の味がグワッと口の中に広がってね。

なるほど野菜の味は土の味なんだとあらためて実感。
福島の美味しい土が群馬の土を際立たせてる感じさせてくれた、
「俺はこれを食って育ったんだ!」という喜び。

ボクが表現しなくちゃならないもの、
息子をはじめ下の世代に伝えたいことって、
こんなことなんだよな〜。

では、
野菜の味を絵にする?
土っぽい絵を描く?

う〜〜ん、、なんだろ。

答えはすぐには手にできないだろうけど、
ともかく手を動かしてゆかなくっちゃだ。

そんな思いのもと、
先日会津での仕事の打ち合わせの流れで福島市へ。
去年のオープンから2度目の「ヒトト」へ。

群馬、東京、福岡、大阪、那須黒磯、会津
そんな漂泊の先で、当たり前にこで食事をしている。

その当たり前がとびきり美味しい。

大橋さんはじめスタッフさんとお互いの息災を確かめ合う、
なんでもない会話がうれしい。

あとは福島の酒があればなあ〜〜〜〜〜〜〜、、

だが、
夕方には池袋で大切な用事があるんよ、、
と「またね」と店をあとにする。

美味い野菜を食った夏の終わり、
思い返したのは、これまで出会ってきた人のこと。

その1人ひとりを育んできた「土」のこと。

これからさらに日本の各地の人と関わる仕事が続きます。

今はそれが動きだす前の慌ただしさの中に身を置いていますが、
3月11日から6年7ヶ月めの日に、愛しき1人ひとりのことが浮かんできたこと、
次に足を運ぶ場所で生かしてゆこうと思いました。

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