10年

昨日は朝まで代田橋CHUBBYで某展覧会のフライヤー制作のための撮影。
出会って2年ちょっとのCHUBBYだけど、
「若い」と思っていたスタッフも2年ちょっと分の顔つきを身につけ、
それでもなお若い。
そんな新鮮さに対して、
こちらもゼロからの発想で臨まないと失礼だし、
ウソにもなってしまいます。
今までもそうやってきたし、
これからもだ。
でもって、
今回はCHUBBYは「初めまして」
ボクとは15年以上のお付き合いになる、
絵とPUNKを知るデザイナーとタッグ。
さて、新鮮な絵が生まれるかどうか?
仕上がりが楽しみです。
その撮影の直前には笹塚のcafe tojoへ

10年前、1999年に起こったこと、
その10年後を語り合いました。
1999は多くの友人を亡くした年
数少ない師である長沢節も6月に逝ってます
そんなヒトツヒトツの生に対して
静けさで向かい合った10年であったと思います
その10年はその前の10年を足場にして立ってるいるように思いました。
1989
6月に雲仙普賢岳が噴火したり天安門事件があったり
東欧の革命やベルリンの壁崩壊
コンクリートに詰め込まれてしまったヒトリの人生や
連続して失われていった幼い命
日本はバブル経済という戦争状態で
ボクはアルバイトを止めイラストレーターとしてのみ生計を立て始め
しかし生きるか死ぬかの病気で入院
「なんじゃこりゃー!」な1年です
そんなヒトツヒトツの矛盾や疑問をプチプチ潰しながら1999へ
プチプチ潰すことことそが仕事のようであったね
イラストレーターとして決定的な出会いであった
レベッカ・ブラウン×柴田元幸さんの仕事『汗の贈り物』が
Olive400号に掲載されたのも1999
その原稿を友人の訃報と共に
西表島に向かうJASのボーイング737の機内で心に刻んだこと
先日のことであったかのように思い返されます
その西表島に行ったのはこの時が初めてで、
ボクがあちこち旅に出るようになったのもこの年からです。
この年にはそれまで続けて来たOurSongsというイベントを一旦ヤメて
「春夏秋冬」という唄のワークショップを開始。
その後OurSongsは何度か行うのですが
基本は“参加するスベテの人が表現者であり主役でもある”
そんな「春夏秋冬マナー」を理想に10年、
現在までやってきたんだと思います。
しかし、そろそろ時代はそれどころじゃなくなり、
やり方も変えなければならない必然を感じ、
SPUMAをヤメにすることに。
(結果、SPUMAも閉店ではあるのですが、、)
1889-1999がプチプチの10年ならば
1999-2009は旅するボランティアの10年
(「寅さんのようだ」と言われることもあるけれど、
少なくとも彼のカバンの中には売るべきゴムやバナナが詰まってるぜ、、)
で、これからは、ヒトツヒトツが作品と成り得る時にしてかなきゃ、
そんな次の10年を思っています。
その区切りが、
イベントに足を運んで下さった2人の写真家の展覧会であり、
この日のCHUBBYとtojoの直前
DJとして参加させてもらったパーティーでの景色

10年前に「春夏秋冬」で出会った唄うたいが作った、
決してボクでは成し得ない群像であったと思います。
10年前に作った唄の時間、
そのエッセンの多くを引き継ぎ彼女なりの唄の時を紡ぎ、
しかしそれはボクの美意識とは違ったの美しさを創り上げていました。
そんなんがポコポコ色んなところで生まれればいいんだと思います。
そんなこんなで流石に疲れが溜まりダウン。
ここ数日寝返りも出来ないくらいの背中痛に襲われていましたが、
まあこれも産みの苦しみですね。
ともかく絵がヘタクソなコト、どーにかしなければ!
