2013真冬の東北


先日は東北へ、
盛岡、宮古、一関、気仙沼、仙台、塩竈と駆け足で廻ってきました。


3月11日から1年10ヶ月。
あれから何度目かになる東北への旅ですが、

意識してフラットな状態を保った心に、
真冬の東北の空気を吸い込ませてみました。


相変わらず懐の深い東北の自然が見せる美しい風景に、
ボクは東北の冬への恋心がさらに増したように思います。


そんな美しさがある日牙を剥くことがある、
それを受け入れることが
日本で生きることなんだと思い知らされます。

宮古市の田老で出会った高さ10メートルの堤防は、
ボクたちに「日々想像力を働かせ続けて生きろ」と
静かに語りかけているようでした。


津波被害に遭った土地は、
去年の今頃にはまだ残っていた被災建築物の多くが撤去され、
その分広がった空間に重機の音が響き続ける荒涼としたイメージ。

これから先に初めて足を運んだ人は、
そこがどんな土地であったのか、
もしくは震災の凄惨さを想像することは
難しくなってゆくのだろうと思いました。


街ですれ違うお年寄りたちは、
去年は気丈な笑顔を見せてくれていたはずですが、
今はとても疲れて無口で、
さらには、外から来たボクのような存在に対して、
警戒の気持ちみたいなものさえ投げかけているような、
そんな感じを受けてしまいました。


ちょっとお話をうかがった方によると、

たとえば行政とのやりとり1つでも、
その仕事量に対して行政側の人が足りてなく、
とても時間と労力がかかってしまう。

前に進もうと思っていた気持ちも、
苛立ちから疲れに変わってしまっている。

そんなことの積み重ねの中、
被災者の中でも格差を生んでいる。

そんな話。

生活路線である三陸鉄道は一部で復活し、
路線バスは病院の玄関先まで廻るきめの細かい仕事をしていて、
現場のダレもが必死に復興を目指し頑張っていることが分るけど、

それでも人が足りていない。


それから、
去年は「こんにちは」なんて気軽に声をかけてくれた子供たちも、
明らかな警戒心を持って「よそ者で大人」なボクと距離を取っている?

確かにこんな季節の平日のまっ昼間にブラブラ歩いているオトナは、
本来存在してちゃいけないのかもしれないけどね、
もしかして、震災後の地元の方のプライバシーに対して、
ボクたちは想像力を欠いたことを重ねてしまっていなかっただろうか?
そんな想像と自戒の念を持ちました。


被災地からこちら側に在って
「神戸が2年で出来たことが、なぜ東北では出来ないのか?」
そんな疑問の声に出会うこともありますが、

沿岸部600kmに津波被害に遭った自治体が点在し、
それを貫く交通インフラに相変わらず不備のある現実の中、
「復興はこれからだ」と口にする被災地のみなさんの言葉に
うなずくばかり。


3月11日に出会いボクたちは確か
「これは10年、20年とかかる事態だ」と感じ、
言葉にもしたはずですが、
しかし、
今は心のどこかで
「もう考えないようにしよう」と思う気持ちが働いていると感じています。


3月11日を経験し、
その想像を超える被害の甚大さを目の当たりにし、
途方に暮れたボクたちは、
「今までと変わらず普通に生活すること」の大切さを
薄暗い自粛の街で確認したはずです。

ただ、多くの苦しみを知ったボクたちが
「今までと変わらず」いられるはずはなく、

つねに弱者の存在を生活の片側に想像しながら、
「本物の普通」を創造し獲得すること、
それは闘いのようなものでさえあるはずだけど、

そうすることが3月11日更新された
「今までと変わらぬ普通の生活」であるはずです。


そうだけれど、
ボクたちは「被災」も「絆」もひとまとめに消費してしまわせられているような、
そんな違和感を今の社会に感じます。


被災地と呼ばれる土地では、
スマホの画面をのぞいている人には1人も出会いませんでした。

そんな沿岸部を内陸の中核都市を結ぶ生活路線の列車の中では、
乗り合わせた中高生のホトンドが一切会話をせず、
スマホのタッチパネルを忙しく操作し画面を覗き込んでいる姿に出会いました。

昨年お世話になった気仙沼の復興屋台村は、
一時のブームから次を考える時の中にあるように感じました。

東北最大の都市仙台の駅の周辺では、
東京以上に元気を感じる経済の活況さに出会いました。


わずかな時間に駆け抜けた東北ですが、
それは震災の現実を目の当たりにしながらもなお、
日本の今の姿と出会ったような時となりました。

昨年12月16日に総選挙で政権が変わり、
その後から今に至る時の流れが一気に加速したように感じ、
それは2013年の1月が風に吹き飛ぶようにして過ぎていった
生活レベルで実感としても家族や知人と確認していること。

そんな中で廻った東北の土地は、
その時の流れを押しとどめてくれたような、
このわずかな旅の日々がとてつもなく濃厚な質感を持ち、
もはやずっと昔の親密な記憶のようにさえ思えています。


ボクらは生きるための想像力をさらにしなやかに鍛え、
今からでも弱い立場に立たされている人に出来ることを考えてゆきたいですね。

ボクの関わる絵や音楽なんてジャンルのものは、
今からこそ本当に人に必要とされる仕事が出来るんじゃないだろうか?

それは被災者への「ほどこし」のような発想の段階を越え、
地に這うようにして生きる人々とこしらえてゆく生きるための文化。


今回の旅では盛岡で友人に会い、
トコトン呑んで語ることが出来ました。

10年ちょっと前、
東京でお互いの身を削って表現の現場を創っていた仲間。

10年以上経って交わす会話は、相変わらず表現への熱い思い。

今はもう失われてしまった時間だけど、
お互いの中でフツフツと燃え続けているものに出会えたことは、
シアワセなことでした。

それは東京でこれから生きて表現を続けるエネルギーに変わるはず。

佐々木親也くん
ありがとう。


宮古の被災地区で仮設の酒屋さんでは、
地元のやはり被災した酒蔵“菱屋酒造店”の
純米山廃仕込の「菱屋」を購入。

宮古の銘酒「千両男山」を造ってきた酒蔵が、
青森の銘酒「田酒」を造ってきた杜氏、辻村さんを迎えて造った酒。

それはそれは苦労の果てに造られた酒は、
切れがあるけどドシッとした旨味のある
ボクにとっては「The酒」て感じで美味い、美味い!


それを販売している酒屋さんが、
ホントにこの酒を誇りに思っているのが伝わってきてね〜。

津波で店が流されて、
しかし、その1ヶ月後には店の在った場所で
軽トラック1台の青空営業を始めたんだって。

周りは今だってヒドい風景なんだけど、
人はそんな時でも酒を販売しようって意思を持つんだ!

これこそ What a wonderful world だよ!!


一関で飛び込んだ居酒屋さんは、
素晴らしい仕事と心地よい客あしらいの店。

そこで頂いた気仙唐桑産のブランド牡蠣「水山カキ」の美味さ!

海を生かすために山を育てる、そんな発想で有名な牡蠣。
それを育てている生産者の心意気と、
気仙沼出身の店主さんの心意気と誇らしげな顔!
これが美味くないはずが無い。

海無し県である群馬で生まれ育ったボクが
やっとたどり着いた本物の味。

これだけでも「また帰ってきます」という気持ちになったな〜

そして、お店の方や常連さんに聴かせてもらった、
震災直後の話。

そもそも一関辺りの話なんてなんにも伝わっていなかったわけで、
震災の報道では、
その「臭い」と「寒さ」は伝えられないなあと感じていたけれど、
あらたに「暗さ」も伝わっていないのだなあ〜と、
今となってはみなさん朗らかに語られる「あの夜」の話に、
想像力が鍛えられました。

居酒屋「こまつ」さん
ありがとう。


初めて足を運んだ塩竈の港で買ってきた牡蠣も
素晴らしく美味しかったなあ〜。。

仮設の市場、しおがま・みなと復興市場の中の1店舗
「共栄丸水産」の気さくな奥さんが、
これを売ることがホントにうれしそうにしてた牡蠣。

「ウチは船が流されなかったからね」
「年寄りはやめちゃった人が多いけどね」
「国のやることまってられない」

そんな言葉1つヒトツに澱み無し!

ボクはこんな牡蠣のような絵を描きたい。
そう思ったよ。


そんな奥さんが最も誇らしげな顔になったのは、
「この人が育てた」ってダンナさんを紹介した瞬間。

くそー
この牡蠣が美味く無いはずがない!

そして
海に生きる男と女
セクシーでかっこいい!

以上!!

2013
0131
0202
PEACE!!

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コメント / トラックバック 6 件

  1. aska kaneko より:

    アミイゴさんありがとう。これ読んでじんわりきたさまざまな思いを今言葉にできないけど、16日音で!

  2. 小池アミイゴ より:

    >aska kanekoさん。
    只今ドローイング46枚描きました。
    どんなに描いても描き足りないのですが、
    まずは16日にご一緒出来るだけの枚数にはなったはずです。
    16日、どうぞよろしくお願いいたします!

  3. オトシゴロ より:

    いつも裸な心のレポをありがとうございます。
    これ読んで、またちょっと覚悟して明日から石巻釜石福島廻ります。
    やっと花*花でツアーに出られます。
    そうして得たものを、また私も音に変換したいな。
    行く前に読めて良かったです。

  4. 小池アミイゴ より:

    >オトシゴロさん。
    お!東北ツアーやんの!!
    オレも向うで聴いてみたいなあ〜〜。

    で、もしあっちに行くとしたら、
    「覚悟」と併せて、
    「フラット」でもあっていいんじゃないかな?

    なんつーか、
    世の中のことすべては「明日は我が身」
    (オレの場合、金儲けだけは我が身にならんが、、)

    人ヒトリの大きさと「はじめまして」の謙虚さがあれば、
    思いがけずもたくさんのものが見えてくるはず。
    そう思うのだな!

    ところで、
    わりかし近いタイミングで、
    大阪の池田で東北のスケッチの展覧会をやるかも。

    なにかご一緒できたらいいな〜と思っています。

  5. オトシゴロ より:

    アミイゴさん  

    ただいま^^無事戻りました。
    フラット、大事な声かけもらいました。ありがとう!

    沢山の人達と歌ったし、街ではお互いの日常の「初めまして」から
    始まる出逢いもいろいろ。

    ’池田でスケッチ展ですか!嬉しいなあ。
    うんうん、なにかぜひ楽しい企みさせて下さい♪

  6. 小池アミイゴ より:

    >オトシゴロさん。
    おかえりなさいませ〜!

    良い時を刻んできたみたいだね。

    なんか生意気なことを語ってしまいましたが、
    まあ、そういうことだと思います。

    池田での展覧会は4月末のほうになりそう。

    そこから派生させ、
    京都でもなにか出来たらなあ〜なんて思っています。

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