36ヶ月め・そしてTHK巡礼

JAPAN3y585
今日は2011年3月11日から3年
1096日
36回目の11日です

曇りでちょっと肌寒かった2011年3月11日の記憶の質感は
今も変わらず「1096回めの昨日」のままであり

ぼくの想像を超えた困難に遭った(遭い続けている)人
1人ひとりの「今日」はどんなものであるのだろうか

これからも「わからない」という地点から
「見る」「聴く」「感じる」ことを
謙虚に続けてゆこうと思っています

先日は東北へ
2月中に開催した「東日本」なんてタイトルの展覧会を通し手にした
多くの人とのコミュニケーションの熱が冷めてしまわぬうち
東日本の今にちょっとでも触れられたらと思いました
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晴天の関東平野
遠くに富士

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那須の手前

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福島市

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盛岡の手前

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陸奥

670kmほどの移動中
雪が降り積もっているかと思うと
次の瞬間には雪解けの土地だったり
「東北」とひと言で語ってはしまえぬ
多様性の土地を進んでいるんだという実感

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青森市のコノハト茶葉店 / コノハトカフェ&レコーズは
2011年の3月11日を挟む期間で
ボクの描いた花の絵を展示してくださっていた場所

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先日の青山の個展の初日
日帰りで(!)足を運んでくれた
情熱家でじょっぱりな店主さんとは
6年前に福岡のイベントでご縁を頂いてからのお付合い

やっと足を運べた美意識あふれる店では
茶や音楽を巡る会話が弾みました

そんな中店主さんの語る
こんな話し

*雪は白くて良かったです
*地元の人間にはこれがどんなに大変なものか分かっているけど
*こうやって引いてみると、やっぱキレイだと思っちゃいますもんね
*これが黒かったら、最初から敵ですからね

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雪に閉ざされる地方の人は
厳しい冬の間を通し
哲学者としての資質を育ててゆきますね

そして
不規則に舞い降り積もる白い雪を眺めることは
心の揺らぎと共鳴し
人の儚さを受け入れる心の隙間を広げ

たとえば
コツコツと手仕事され生まれたようなものに
深いけど柔らかなコントラストの陰影を与える

そんな東北のひとつのイメージ

それは南国産の色鮮やかなグルーヴと比べる意味の無い
北国ならではのグルーヴをボクに与えてくれているようです
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コノハトさんと再会を約束し津軽へ
BARを営む唄うたいの友人に会うために弘前へ
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駅に着いたところで発熱

残念
ふきたくん、
ボクはホテルで14時間眠っただけだったよ
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今回は会えなかったけれど
また来るよ
ふきたくん、
それまで元気で!
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そして津軽の雪はやはり
その厳しさを一瞬だけでも忘れさせる
美しき風景を魅せてくれました

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鉛色した津軽の海に心底冷やされ
3月の割に度を超した雪に巻かれる北国の洗礼を受け
多少ふらつきながらも南へ

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東日本を北から見たら何を思うのか
そんな旅

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八戸のあっけらかんとした空は
それだけで津軽と南部の資質の違いを想像させるもの

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そして大平洋

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その昔
雪国からやって来てこの地に立ち
大平洋というものに初めて出会った人は
なにを感じただろうかね?

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ボクたちは北上山地と大平洋とのわずかな隙間を通って
さらに南へ

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久慈は以前ほどではないにしても
「あまちゃん」の効果で今も多くの人が足を運んでくれているとのこと

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それでも変わらぬ厳しい現実はあり
それは日本の地方すべてに置き換えられることでもあって

久慈の方々がブームをホンモノに変えてゆけたとしたら
それは日本の希望にもなるんだと思いました

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ところで
街ですれ違う高校生とかの若い子たちが
意外やみんなハツラツとした空気感を発散していて
それもブームが力を与えていたりするのかな?

ともかくそんな空気感に出会えるだけで
旅の「次へ」の力が湧いて来るね

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去年は宮古駅から田老まで乗ってみた三陸鉄道北リアス線
4月の全線再開通を前に
今年は久慈から宮古へ向かってみました

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車内では観光スポットや「あまちゃん」のロケ地が丁寧にアナウンスされ
「これにかける」という地元の方々の熱い気持ちを感じました

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どちらかと言えば山を縫い走るというイメージの北リアス線

16ある駅によっては
1日の乗降客が一桁なんてとこもあったみたいだけど

「交通手段」というだけでは語りきれない
地域の魂みたいなものが走っているんだって感じ

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ブームはいつか冷めてしまうだろうけど
その時代時代でこの鉄道が走り続ける意味を見つけ出してゆくことは
その地域を生かしてゆく力になるんだろうと思いました

そんな際に必要とされる絵を描けるのか?
そもそも必要とされるのか?
これからの課題だな〜

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田野畑駅から小元駅までの2駅の区間は
震災の影響で全線開通の日まで不通のため
バスでの代替運行(といっても料金は別体系)

思いがけずイッキに山を駆け上ったバスルートによって
三陸沿岸部に点在する街の構造やスケールを体感出来ました

そして
「高台移転」の構造やスケール感も
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「高台」と言ったら本当に高い場所でビックリ
(!)この写真は高台移転の候補地でないはずですが、
この手前で見た造成地は同じ雰囲気の場所でした。

三陸での被災というと
『リアス式海岸に点在する港を有する街が壊滅的な被害に遭った』という
絵なり写真なり映像なりで知らされるわけだけど

人の生活は広大な山地と広大な海との間の
川が削り出したわずかなスペースで営まれ

それは
海に暮らしているけれど
同時に森に暮らしていることでもある
もしくは「あった」ということなんだよな〜って想像

それにしたって
「高台」は「森」ではなく「山」のイメージだ

けっこう走ってバスは小元の駅に着くも
三陸鉄道との乗り継ぎは1時間後
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震災後のこの不便さ
知っておけて良かった

体調イマイチだけど
カップ酒呑んで暖をとり
居合わせた方と長話し

北リアス線宮古までの残り区間
途中の田老の風景は去年歩いた時と変わらず
「被災地」の顔のまま
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こんな現実はボクが写真をアップしてもあまり意味は無く
今からでも1人ひとりが見に行ったら良いことだと思います

そして宮古駅着
2012年1月、2013年1月に続き3度目の街
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去年震災から2年目の冬に尋ねた時は
みなさんとても疲れているように感じた

けれど

今年の駅前や街中に
ちょっと吹っ切れたよう活気を感じ
その意味に触れられたらと思いました

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小元駅で知り合った方に宮古での宿を紹介してもらいつつ
お気に入りだという喫茶店での晩メシにお供させてもらいました

オムライス美味かったな〜
(結局次の日の昼メシもここでスパゲティー)

店主さんの心意気を食らって
店主さんご夫婦とお話しもさせてもらえたんだけど

震災当時から今に続く恐怖感や
お店再建の苦労などの話しなど
そういった話しの行間には

未だ再建に至らぬ人たちへの憐憫の情も感じ

「がんばろう!」の1年目があり
「つかれた」の2年目があり
今は「しょうがない」と言わざるを得ない現実もあるのだと
想像しました

次の日は体調も幾分回復
今まで歩いていないコースを歩いてみました
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宮古湾に臨む宮古の街は
実は4方を山に囲まれたように見える街でもあり
豊かな水量を誇る閉伊川の河口に沿って
人の生活の連なる街でもあり

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やはり美しい街なんだと再確認

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ランニング中の高校の野球部くんたちが
次々と「あざまーす!」と声をかけてくるもんで
ボクも「うっす!」と返し続けた良く晴れた日曜日の朝

若い子たちを未来に駈け続けさせた
土地の大人たちの気骨は
彼らの誇らしくも元気な「あざまーす!」の中で躍動している

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震災直後はまだ1歳だったボクの息子が
分別のつく歳になったとき
ボクはなにを語るべきなのか

そう思ったことは
こうして自分の足で東日本を歩くモチベーションに変わったけど

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語るべき言葉のシッポくらいは掴めたかもしれない2014年3月

しかし正解への近道なんてあるはずないことも
さらに確信をもって感じた2014年3月

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津波で失われた場所は
去年と変わった印象はなく

去年仮設の店舗で気丈な心意気を魅せ
地元の酒を奨めてくれたおじさんは

すっかり痩せてしまっていた
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「やっぱり人が帰ってこないからね〜」
「特に若い人がね〜」と

85歳になったおじさんは
85歳だからこそ
土地の人々を元気づけようと
この場所で酒屋を再開するという心意気を魅せられた?


しかし
「しょうがないけど、やるしかない」と

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あれから3年後でも
仮設は存在し続け
区画整理はこれから

これは多くの人にとって
想定外だったんじゃないだろうかね

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東日本の中で、東北の中で、岩手県の中で、宮古市の中で、
宮古市湾岸部の中で、浸水した地域の中で、結局人ヒトリの中で、
被災はその姿を変えてゆく

そこに「格差」という言葉さえ使う気力の失せる
「しょうがない」という感じ

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大規模な漁業関係の施設の改修や新設
防波堤の再建などは
目に見える復興として感じられる被災地

今回の旅の移動を通して常に目に入り印象に残ったのが
自民党のポスターであったのも今のリアル
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そもそも
人はなんでこの土地に住もうとしたのだろうか?

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山と海に囲まれたわずかな土地にたどり着き
ここで生きようと初めて決めた人にインタビューしてみたい

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ボクはそれほどこの街の美しさに魅了されているわけで

そんな街を「しょうがない」とあきらめ
出てゆかざる人の気持ちはわかるはずもなく
しかし
想像し続けてゆこうと考えている

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宮古を後にする直前で
コドモたちのたくさんの元気な声に出会いました

小さな子からバンドをやってるねーちゃんとか
野球のにーちゃんもそうだし
自分たちで街を創ってゆこうと集まっていた高校生とか

そんな1人ひとりに答えられる絵ってどんなだろうか?

これも答えにはいたらないかもしれないけれど
向かって行くべき方向は明快になったように思いました。

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2時間のバス移動で盛岡へ
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約100kmの山道の旅

道中の風景は相変わらずダイナミックで
そもそもここに道を通したのは誰だ?
鉄道を敷いたのは誰だ?
この執念の正体はなんだ?

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ボクらは便利の時代に生きながら
それでも山に海に暮らすのはなぜだ

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盛岡でも
まず出会ったのは若い子たちの元気

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沿岸部の被災地と言われる場所ではほとんど感じられなかった
「あれから3年」のアクションが
内陸部の盛岡ではごく自然な顔をしてあったこと
これはそのまま日本全体に置き換えられそうな現象かもだね

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もちろん
ここで力を発揮しているボランティアの若い子たちのピュアネスは
眩しいほどステキなものだったし
3年続けてきたことで「ものづくり」のスキルが上がった
なんて逸話はハッピーなこと

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ただ
ボクが彼らから感じたことと
マスコミが欲しがる「被災」というカメラのアングルには
決定的なギャップがあるんだってことの確認

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人は美しさをエネルギーに生きることが出来たはずで
美しさの単位を何か違うものに置き換えてしまった時代があって
しかしそれじゃねーぞと気がつけたのが
大震災による被災の良き副産物であればいいし
失われた人のためにもそうしなければならない
はず

いつのまにか大雪
そのなかで高校生のコーラスグループが唄い始める
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テントなど関係無く吹き込む雪に
真っ白に染まってゆくコーラス隊
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これは正面から聴かなくちゃ申し訳無いってね
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彼らのまっすぐ過ぎる唄は「絆」を結うものというより
音楽の神に捧げ
唄の女神と共に美しさの勝利を目指すものなんだと感じた

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だから
そんな1人ひとりの誰かヒトリが失われてしまっても
ボクらは世界が終わってしまったような場所に叩き落とされるだ

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「そんなの当たり前だろう」ということでも
日々祈るようにして
愚直に考え続けるのが人間だ

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だからメンドクサク

しかし

だから美しい

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息子に伝える「東日本」
その1番最初はこんな感じで始めるんじゃないかと思った

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ではね
さよならね
またね
北に暮らす美しき人々

2014
0311
PEACE!!

そして東京
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